ポストテンション式PC桁の維持管理

1.はじめに

 PC(プレストレストコンクリート)桁は,内部に配置した鋼材を緊張してコンクリートにプレストレスを加えた構造で,プレストレスの導入方法によってプレテンション方式とポストテンション方式があります.鉄道では10,000連以上が供用されていますが,そのほとんどがポストテンション式PC桁となっています.近年,この形式において鋼材の破断が報告されており対応が求められています(図1).

  • 図1 ポストテンション式PC桁と鋼材の破断
    図1 ポストテンション式PC桁と鋼材の破断

2.鋼材の破断事例と現状

 ポストテンション式PC桁は,鋼材の劣化を防止するためにシースとPC鋼材の隙間をグラウトで充填することが必須となっています.近年,既設のPC桁にはグラウトの充填不良が散見され,その結果,鋼材が腐食し破断した事例が報告されています(図2).主鋼材が破断すると急速に耐荷力を失い落橋する恐れがあり,道路橋では,主鋼材破断による落橋が国内外において報告されています.鉄道橋では幸いにも落橋した事例は無いものの,供用中のPC桁の主鋼材が腐食・破断した事例が報告されています.

  • 図2 落橋したPC道路橋の例(英国 1985年)
    図2 落橋したPC道路橋の例(英国 1985年)

3.PC桁の変状検知法の開発

 グラウトの調査法として,削孔による調査や,X線透過法,弾性波法の適用が提案されています.一方,プレストレス力の低下によるPC桁の変状検知法として,たわみや振動数の測定が試されていますが,変動が小さく有効量として検知できないなど課題がありました.
 鉄道総研では,5~700kHz の広い周波数帯域にて一定の強度を有する弾性波を入力し,得られた出力波の卓越振動数からグラウトの充填状況を判定する,超音波法に関する研究を行いました(図3).そして,測定方法や受信波形の分析方法をルール化し,計測された出力波に含まれるノイズを除去した受信波形を整理したところ,計測精度が大きく向上し,受信波形の卓越周波数に着目することで,グラウトの充填の有無が判別できることがわかりました.従来,一つのシースごとに複数の削孔が必要でしたが,本手法を併用することで,削孔数を大幅に軽減できることが期待されます.
 また,PC桁の変状を検知するために,導電塗料によるひび割れ検知法の高精度化を行いました(図4).これは,通電可能な材料(導電塗料)をPC桁の表面に塗布し,通電の有無でひび割れを検知することで,PC桁の変状を検知しようとするものです.できるだけ早期にひび割れを検知することが要求されるPC桁に対して,実験の結果,噴霧により塗布厚を管理することで,目視では観察が困難な,幅が0.03mm 以下のひび割れの開閉でも電圧値が変化することを確認し,導電塗料で検知可能であることが分かりました.

  • 図3 広帯域超音波法によるグラウト充填調査
    図3 広帯域超音波法によるグラウト充填調査
  • 図4 PC桁へ導電塗料施工状況
    図4 PC桁へ導電塗料施工状況

4.PC桁の部分鋼板補強の開発

 グラウトが部分的に残留するPC桁では,鋼材が破断すると鋼材とグラウトの付着により,PC桁の部分的にプレストレスが減少する.したがって,この区間のみを補強することで,PC桁を経済的に補強することができると考えられます.
 そこで,PC桁のPC鋼材切断実験を行い,切断に伴うひずみ変化から,PC鋼材とグラウトの付着強度を算定する式を提案しました.この算定式を用いることで,PC鋼材が破断後のPC桁に残留するプレストレスを正確に把握できることを実大PC供試体の実験により確認しています.
 次に,プレストレス減少区間のみを対象として部分的に鋼板を接着する「部分鋼板補強工法」を開発しました(図5).本工法は,桁全体にわたって大規模施工が必要となる外ケーブル補強に比べて,狭隘な桁下空間において必要箇所に焦点を絞って簡易に補強できること,桁の上反りなど軌道変位が生じる心配のないこと,などの利点があげられます.この種の補強工法は鋼板と桁の応力伝達が特に重要となりますが,鋼板の取付には,コンクリートの劣化や耐久性を考慮して,底部が拡大することで接着機能を高める,拡底式アンカーを用いることとしました.そして,埋込長とアンカー径の比に依存して異なる破壊形式を考慮したアンカー耐力算定式を定式化しました.本工法については,実物大供試体による施工実験や載荷試験を行い,所定の施工性や補強効果が得られることを確認しています.

  • 図5 部分補強工法とその効果
    図5 部分補強工法とその効果

5.今後の取り組み

 以上の検討結果を踏まえ,グラウト充填不良PC桁の維持管理の合理化に資することを目的に,「ポストテンション式PC桁の維持管理マニュアル」を作成しています.今後,鉄道事業者に対して本マニュアルの周知徹底を図る.また,維持管理標準の改訂の際には本成果を反映する予定です.

(記事:渡辺 健)

本震・余震を含んだ地震動群のシミュレーション

1.はじめに

 2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震は,マグニチュードM9.0という我が国史上最大規模の地震であり,社会全体に甚大な被害をもたらしました.また,その後に発生した余震においても多数の構造物が損傷を受けたとともに,復旧作業に大きな妨げとなりました.今後の大規模地震に対する鉄道の安全性を確保するためには、これらの余震に対する配慮もますます重要になってきます.そこで,過去の地震データを整理することで,余震の発生モデルを構築したので報告を行います.

2.余震発生モデルの構築1)

(1) 本震‐余震記録の整理

 余震のモデル化を行うために,まず過去に発生した本震・余震データの整理を行いました.具体的には,1923年~2010年9月に発生した約180万個の地震を対象とし,M6以上の本震と,それに付随する余震の対応付けをひとつずつ行いました.その結果,図1にあるように,内陸活断層による地震で50個,プレート境界で発生する海溝型地震で211地震を本震として抽出しました.以降ではこのデータをもとに余震発生のモデル化を行います.

(2) 余震発生の統計モデル化

 図1の本震・余震データを用いて,本震発生後の時間経過に伴って発生する余震のタイミングと規模について統計的にモデル化を行いました.得られた本震後の経過時間と余震規模の関係の例(内陸活断層による地震の結果)を図2に示します.
 この結果から,例えば本震とのマグニチュード差が-1程度の余震は,本震発生後数時間(10時間以内)で1回程度発生し,その後100時間程度までの間にもう1回程度の発生が想定されること等が分かります.この余震発生の統計モデルを用いることで,本震後の余震発生のタイミングと規模,回数を大まかに評価することが可能となりました.

  • 図1 検討に用いた本震の震央位置
    図1 検討に用いた本震の震央位置
  • 図2 構築した余震発生モデル(内陸活断層による地震)
    図2 構築した余震発生モデル(内陸活断層による地震)

3.余震を含んだ地震動波形群の試算

 提案した余震発生の統計モデルを用いて,大規模地震が発生した場合の本震-余震の時系列地震動群の試算を行います.今回は本震としてM=7.0の活断層による地震が近傍で発生する場合を想定しました.また,対象とする余震は,M5.0以上の地震(つまり,本震とのマグニチュード差が2以内の余震)とします.余震波形の評価を行う期間としては,本震発生から100時間以内としました.これは本震において比較的大きな損傷を受けた構造物の補修に要する日数が,概ね3~5日程度であると考えられるので,これを参考に設定した値です.
 図2の余震発生モデルから,本震発生後100時間以内の余震数としては,M=6.0の地震が2回,M=5.0の余震が10回と評価されます.そこで,本震・余震あわせて計13個の地震に対してそれぞれ時刻歴波形を評価しました.
 得られた地震動波形評価結果を図3(本震),図4(余震)に示します.これらの結果から,まず本震では700galを超える非常に大きな地震となるとともに,波の継続時間も20秒程度と比較的長くなっています.一方で,余震波形では,加速度は小さく,かつ継続時間は非常に短くなっています.これは地震規模が大きくなるに従い,断層の破壊面積が大きく,かつ破壊継続時間も長くなるためです.また余震③と余震⑪では,地震規模は等しい(M6)のですが,地震動の大きさは41galと217galと大きく異なっています.これは,余震の震源位置がそれぞれ異なっていて,余震⑪の方が対象地点との距離が近くなっているためです.この波形群を用いることで,検討対象地点において,余震も含めた構造物の安全性評価が可能となります.

  • 図3 本震の地震動評価結果
    図3 本震の地震動評価結果
  • 図4 余震の地震動評価結果(本震発生後100時間以内のM5以上の余震)
    図4 余震の地震動評価結果(本震発生後100時間以内のM5以上の余震)

4.まとめ

 過去の地震データを整理することで,鉄道の安全性を確認する際に考慮すべき余震の発生モデルの構築を行いました.これにより本震発生後,ある日数以内に想定される余震の規模と回数などを予測することが可能となりました.今後はこの本震‐余震モデルを活用することで,大規模地震に対する鉄道の安全性向上に繋げていきたいと考えています.

参考文献

1) 坂井公俊,室野剛隆:本震ならびに余震の時系列地震動群の予測手法,鉄道総研報告,Vol.26,No.9,2012.

(記事:坂井公俊)

地震後の運転再開支援システムの開発

1.はじめに

 現在,地震発生時においてその揺れが大きく,鉄道構造物や走行中の車両に影響が及ぶと懸念される場合には,鉄道事業者は可能な限り早く列車を停止させることとしています.その後に,事前に定められたルールに従って徒歩巡回等に基づく安全確認を行い,列車の運転が再開されます.ただし,徒歩等による安全確認は,目視で軌道や構造物などに変状がないことを確かめることから,多大な時間を要する場合があります.運転再開の早期化を図るためには,この安全確認をより的確かつ効率的に実施する必要がありますが,そのための情報として地震計の設置されている場所以外の地震動を精度良く推定することが望まれます.1995年の兵庫県南部地震以降には,(独)防災科学技術研究所(以下,防災科研と呼びます)などの公的機関により全国に多数の地震計が整備され,その情報は広く一般に公開されています.特に,近年の情報通信技術の発展により,これらの地震情報は準リアルタイムで入手できるようになっています.これまで地震時の運転停止や再開の判断には,鉄道事業者が独自に設置し管理する地震計の情報のみを用いていましたが,公的地震情報を併用することにより,鉄道沿線の地震計が設置されていない箇所の地震動を従来よりも高い精度で推定し,最適な巡回範囲を算出することが可能となってきました.その結果,状況によっては安全確認の時間を短縮することができると期待されます.そこで,公的地震情報を活用した地震動推定や構造物被害推定を行う早期運転再開支援システム(以下,プロトタイプシステムと呼びます)を試作しました.ここでは,プロトタイプシステムの概要等を報告します.

2.システムの概要

 製作したプロトタイプシステムは,図1に示す通りサーバシステムとクライアントシステムに分かれています.サーバシステムでは,気象庁や防災科研のホームページから震源情報や波形データを自動的に取得し,鉄道の運転規制に用いる地震動指標の計算などの処理を行います.一方,クライアントシステムでは,距離減衰法,IDW法(逆距離加重法)またはKRIGING法による地盤増幅特性を考慮した地震動の面的推定を行います.さらに,推定した地震動の分布を対象領域の地図上に示し,対象路線のキロ程(起点からの線路延長距離)に対して構造物被害ランクをプロットするなどの図化処理を行います.キロ程に対する図化により,現場での対応がよりわかりやすくなると考えています.図1のシステムブロック図には,プロトタイプシステムが行う処理の概要も併せて示します.
 なお,プロトタイプシステムの開発にあたり,モデル線区には鉄道総研が所有する宮崎リニア実験線を選定し,地震動推定を行う領域は九州地域としています.2012年1月30日の3時18分に日向灘で発生したマグニチュード4.9の地震に対する地震動分布の面的な推定結果を図2に示します.また,宮崎リニア実験線のキロ程に対する推定地震動(計測震度)を図3に示します.

  • 図1 プロトタイプシステムのブロック図
    図1 プロトタイプシステムのブロック図
  • 図2 地震動分布の面的推定結果例
    図2 地震動分布の面的推定結果例
  • 図3 キロ程に対する地震動の空間変化
    図3 キロ程に対する地震動の空間変化

3.推定精度の検証

 試作したプロトタイプシステムは宮崎リニア実験線をモデル線区としていますが,このシステムによる地震動推定の精度を検証する目的から,宮崎リニア実験線の沿線に地震計を設置し,地震観測を行いました.地震計は全長約7kmのモデル線区の中間地点(桁式高架橋地点)と終端地点(ラーメン高架橋地点)の2箇所に設置しました.図4には,キロ程に対する各手法の推定地震動と,地震観測による実測の地震動を示します.この図によると,桁式高架橋地点は概ね良好な推定ができていますが,ラーメン高架橋地点では,実際の地震動よりも大きな地震動を推定する結果となっています.
 地震動分布の面的推定には,防災科研の面的地盤情報を用いています.この情報は,例えば250mメッシュといったようにある程度の広がりをもった領域の代表的地盤情報として与えられるため,評価対象地点を必ずしも正しく評価できない場合があります.図4のラーメン高架橋地点の実測と推定の差異は,公的地盤情報と実際の特性が異なっていることが主な原因と考えられます.このような場合には,常時微動などの実測データに基づいた地盤情報なども用いる事により,推定精度の向上を図る必要があります.この件に関しては現在検討を進めており,別報にて報告します.

  • 図4 実測と推定の比較による精度検証
    図4 実測と推定の比較による精度検証

4.まとめ

 地震発生後に運転再開判断を支援する早期運転再開支援システムのプロトタイプシステムについて述べました.プロトタイプシステムは,公的な地震情報や地盤情報を活用し,対象路線のキロ程に対して揺れの大きさを推定するものであり,このシステムを活用することにより,精度の高い地震動推定を行い,安全確認の範囲や優先順位を効果的に決めることができると考えています.なお,本研究は国土交通省の鉄道技術開発費補助金を受けて実施しました.

(記事:岩田直泰)