マルタイによる軌道変位保守計画支援システムの改修

1.はじめに

 バラスト軌道では,列車の繰返し通過により軌道変位(軌道狂い)が成長し,列車の走行安全性や乗り心地が悪化するため,主にマルチプル・タイ・タンパー(マルタイ:MTT)という保守用機械により保守がなされます.しかしながら,MTTは高価であるため,少ない台数で広いエリアを効率良く運用する必要があります.そこで,MTTの効率的な運用計画の作成を支援するため,筆者らはこれまでに軌道変位保守計画の支援システム1)を開発し,実用に供してきました.この程,本システムをさらに有効に活用してもらうため,材料状態の診断や交換計画の参考情報を出力する等の改良を行いましたので紹介します.

2.軌道変位保守計画システム

 軌道変位保守計画システムについて紹介します.本システムは,軌道変位の推移履歴データに基づいて将来の推移を予測して保守の必要箇所を選定し,次年度の軌道変位保守計画を作成します.本システムでは,計画対象線区をロット[100m]という単位に分割して算出した軌道変位の予測値や基準値,MTT運用上の制約等を考慮して計画を作成します.この時,「総保守量を与えて,線区全体の軌道状態をできるだけ良好に維持する基準」と,「目標軌道状態を与えて,それを最小の保守量で維持する基準」のどちらかを選択できます.本システムの入力から出力までのフローを図1に,画面例を図2に示します.
 現在,本システムは一部のJRで実用化されていますが,本システムの活用範囲を広げるために,以下のような機能を追加しました.


  • 図1 軌道変位保守計画システムフロー
    図1 軌道変位保守計画システムフロー
  • 図2 軌道変位保守計画システム画面例
    図2 軌道変位保守計画システム画面例

3.材料保守計画への活用

 本システムでは,軌道変位の推移履歴や保守実績データを用いて,各ロットの軌道変位推移や保守頻度を算出します.ここで,保守頻度が高い箇所において,高頻度化の原因が道床やレールといった材料にある場合があります.材料劣化が軌道変位保守に与える影響を図3に示します.レール凹凸や道床劣化が進むと輪重変動が増加し,軌道変位進みが増加します.また,道床劣化はMTT保守効果も低下させます.よって,このような箇所に対しては材料保守を行えば軌道状態を改善できると考えられます.
 そこで本システムでは新たに以下の出力がなされるようにしました.

(1)多頻度軌道変位保守箇所の抽出

 図4に,約3年間の軌道変位と進みの各平均値の関係を示します.ここで,図中の右上にあるロットは,期間を通して平均的に軌道変位と進みが大きく,MTT保守を頻繁に行う必要がある箇所です.本システムではこのような箇所を,M2)という指標により抽出します.Mは式1により算出され,任意の時間において軌道変位が目安値に到達するまでの平均猶予時間を表します.Mが小さい箇所は目安値に到達するまでの時間が平均的(定常的)に短いため,軌道変位保守頻度が高いと考えられます.
   (式1)
 例として図4に, Mが1~4となる軌道変位と進みの組み合わせをそれぞれ点線で示します.本システムでは,Mの閾値を定め,それを下回った箇所(図4の点線の右上に位置する箇所)を多頻度軌道変位保守箇所として出力します.

(2)道床劣化状態

 前述のように,道床が劣化すると,MTT保守による改善量が減少すると考えられます.図5にMTT保守前の軌道変位と改善量の関係を示します.図より,保守前の軌道変位が大きい方が改善量も大きい傾向にありますが,軌道変位が大きくても改善量が小さい箇所があることがわかります.このように保守効果が小さい箇所では道床が劣化している可能性があります.
 そこで,本システムでは軌道変位の推移履歴データとMTT保守実績データから,各ロットにおけるMTTによる軌道変位改善量を出力するようにしました.ここで,図5中に示す回帰直線をMTT保守による改善量の推定式とし,本式によって得られた改善量の推定値よりも実測値の方が小さい箇所を,道床劣化が疑われる箇所として出力します.
 また,一般に,MTT保守により軌道変位進みは減少すると考えられますが,道床が劣化していると,軌道変位進みの減少効果を得られない可能性が高まります.そこで,本システムでは,MTT保守後の軌道変位進みが保守前よりも大きくなった箇所を道床劣化が疑われる箇所として出力します.
 以上のように,(1)(2)で出力されるMが小さい箇所や改善量が小さい箇所,軌道変位進みが保守前より大きい箇所について,材料状態を確認し,実状に応じた材料保守の検討に活用できると考えられます.


  • 図3 材料状態が軌道変位保守に与える影響
    図3 材料状態が軌道変位保守に与える影響
  • 図4 軌道状態とM
    図4 軌道状態とM
  • 図5 軌道変位と改善量
    図5 軌道変位と改善量

4.おわりに

 軌道変位保守計画システムを更に有効に活用してもらうため,材料保守の検討箇所を出力できるようにする等の改修を行い.今後もさらに使いやすいシステムを目指し,改良を重ねていきます.

参考文献

1) 三和,木村:長期的な経済性を考慮した軌道保守計画を支援する,RRR,第69巻,第1号,2012.1
2) 吉田,矢坂,三和:レール及び道床状態を考慮した軌道保守方法の選択プログラムの開発,新線路,2013.1

(記事:吉田尚史)

打音測定による岩盤斜面上の岩塊の安定性評価

1.はじめに

 鉄道沿線斜面には落石の発生源となる岩盤斜面が数多くあり,毎年のように落石が発生しています.落石は地形,地質,気象条件などの多くの要因が複雑に関与するため,その発生箇所や発生時期を予測することが困難な災害の一つです.落石災害を防止するために,現状では検査者が斜面管理図などに記載された情報をもとに目視などによる定期的な検査を行い,その結果に応じて様々な対策が実施されています.しかし,検査には専門的な知識が必要であり,また定性的な項目もあるため,検査結果は検査者の経験や専門性に依存する場合があります.そのため,客観的でかつ検査者の経験などに依存しない結果を得る方法が求められています.岩盤斜面から剥離した岩塊が落下する剥落型落石の検査の種類の一つに,岩石ハンマーで岩塊を叩いた際の音や手に伝わる振動などで安定性を判断することがあります.例えば,岩石ハンマーで対象とする岩塊を叩いた際に鋭い金属音がする場合はその岩塊は斜面にしっかりと固定されている,つまり安定である,また濁音がしたり鈍い衝撃が手に伝わったりする場合は不安定であるといった評価をします.そこで,岩塊を打撃したときに発する音や振動などが岩塊の安定性を示すことを明らかにし,打音測定により岩盤斜面上の岩塊の安定性を評価する手法を開発しました.

2.打音検査装置の概要

 鉄道総研ではトンネル覆工コンクリートなどの打音検査用の「総研式打音検査装置」を開発しました.これを岩盤斜面上の岩塊の安定性評価にも適用できるようにしました.この装置は対象物を一定の力で打撃することができる打撃装置,打撃した際に対象物から発せられる振動を音圧として収録するマイク,そして得られた音圧を記録し,岩塊の安定性を評価するPCから構成されています(図1).重さは,ケースを入れて約5kgです.打撃装置は球状の打撃部をゴムひもで一定距離引いて打撃する仕組みになっています.計測は通常,打撃装置の取り扱いと収録・解析用PCの操作を二人で行います.岩塊の安定性の評価は,打撃装置で対象物を打撃した時に得られる音圧波形をフーリエ変換し,卓越する周波数とその最大振幅を用いて評価します.


  • 図1 総研式打音検査装置の構成
    図1 総研式打音検査装置の構成

3.開発までの研究結果

 打音測定で岩塊の安定性に関する情報がどのように得られるかを実験,現地計測および数値解析などで調べました.先ず,供試体を使った実験の一つについて述べます.実際の斜面では様々な条件がかかわるため,図2に示すように条件を単純化した供試体を作製し,打音の測定実験を行いました.供試体の上部ブロックが岩塊を,下部ブロックが岩盤を模擬しています.別の研究結果1)から岩塊の安定性には岩塊と岩盤がつながっている部分の面積が影響することが分かっていましたので,付着する面積を変えて複数の供試体を作製しました.この場合,付着面積が小さいものほど上部岩塊の安定性は低いことになります.この供試体での実験で得られた結果の概要を図3に示します.相対的に不安定な岩塊ほど卓越する周波数は小さく,最大振幅は大きくなる傾向があることが分かりました.また,挟在物があると最大振幅が小さくなる傾向があることが分かりました(図3).さらに,供試体で得られた測定結果を解析により再現し,その振動特性を見ると,岩塊の安定性に係わる振動をとらえていることが分かりました2).実際の岩盤斜面で測定した結果でも実験と同様に,不安定と専門家が判定した岩塊は,安定と判定された岩塊と比べて,卓越周波数が小さく,振幅が大きくなる傾向がありました.
 これらの研究成果から,卓越する周波数とその振幅で岩盤斜面中の岩塊の安定性を評価できること,特定の周波数域における最大振幅を比較することにより不安定岩塊を識別できることが明らかになりました.


  • 図2 実験に用いた供試体の例
    図2 実験に用いた供試体の例
  • 図3 実験結果の概要
    図3 実験結果の概要

4.打音検査の活用方法

得られた結果をどのように利用するのかについての案を幾つか紹介します.

4.1異なる岩塊の相対的な安定性の比較

 例えば,異なる岩塊で得られた卓越する周波数と最大振幅を比較することで,相互の安定性を相対的に評価できるので,要注意箇所の抽出やモニタリング箇所の選定資料となると考えられます(図4).また,一つの斜面で数多くの岩塊の値を得ることで,各々の斜面での不安定岩塊の数量や程度が把握することが可能で,対策工実施箇所の優先度を検討するための基礎資料として活用できると考えられます.

4.2岩塊の安定性変化のモニタリング

 上記で抽出された不安定岩塊に対して継続的に打音検査を実施することで,安定性の変化をモニタリングすることが可能です(図5).


  • 図4 岩塊の相対的な安定性の比較
    図4 岩塊の相対的な安定性の比較
  • 図5 岩塊の安定性のモニタリング
    図5 岩塊の安定性のモニタリング

5.おわりに

 落石災害を低減するには,定性的な評価手法に定量的な評価手法を組み込む,対象物が位置する場所の自然条件や立地条件に適した方法を組み合わせて検査を実施する,検査の流れの各段階で適切な手法を採用する,などが必要です.ここで紹介した打音測定による岩塊の安定性評価が今後の落石災害の低減の一助になれば幸いと考えております.

参考文献

1)川越ほか:落石発生時に剥離する面の引張強さに関する検討,第12回岩の力学国内シンポジュウム講演論文集,pp.347-352,2008.2)蒲原ほか:打音測定法の岩塊の安定性評価への適用性に関する解析的検討,鉄道総研報告,Vol.27,No.11,pp.47-52,2013.

(記事:川越 健)

高速走行に対する防音壁の設計法

1.はじめに

 高速鉄道における環境性能確保や寒冷地における積雪対策のために,背の高い防音壁の採用や既存防音壁の扛上の事例が増加しています(通常1.5~2.5m程度のものが3.5mに扛上).鉄道の防音壁の設計は,従来,強風時(風速50m)の静的簡易照査(設計風荷重3.0kN/m²)を基本としてきましたが,背の高い防音壁においては,剛性低下に伴う共振等,未解明の現象の発現が懸念されました.このため,鉄道の高速化に則した応答メカニズムの解明や実用的な設計法の整備を行いました1)

2.防音壁の共振メカニズムの解明

(1)現地測定

 対象とした半雪覆型防音壁はH鋼支柱にPC板を落とし込んだ形式で,H鋼支柱基部はRC地覆に埋め込まれ固定されます(図1).高さの異なる2線区7種類の防音壁のインパルスハンマ試験,および列車走行試験により,当該構造形式の基本固有振動モードを明らかにするとともに,列車通過時の先頭部,後尾部に発生する列車風圧パルスの定量化(図2),およびこれに起因したH鋼基部のひずみの共振波形増幅現象の実態把握を行いました(図3).


  • 図1 半雪覆型防音壁
    図1 半雪覆型防音壁
  • 図2 列車風圧波形
    図2 列車風圧波形
  • 図3 応答ひずみ波形
    図3 応答ひずみ波形

(2)車両と構造物との動的相互作用シミュレーション解析

 インパルス加振試験や列車走行試験の結果を再現可能な,車両/軌道/構造物/防音壁の動的相互作用解析モデルを構築し,数値シミュレーションにより支配要因を分析・抽出しました.その結果,背の高い防音壁の列車風圧による応答は,①列車先頭部及び後尾部に形成される列車風圧パルスの加振特性と防音壁の固有振動モードとの共振(図4)に支配されること,②先頭部パルスと後尾部パルスの重畳効果(図5)により応答が増幅されること,を明らかにしました(図6).


  • 図4 先頭部パルスによる共振効果
    図4 先頭部パルスによる共振効果
  • 図5 後尾部パルスによる重畳効果
    図5 後尾部パルスによる重畳効果
  • 図6 防音壁の応答の成分分析
    図6 防音壁の応答の成分分析

3.防音壁の共振現象の一般化

 実在する鉄道構造物と防音壁の組み合わせは膨大です.このため,防音壁の共振現象の支配要因を抜き出し,挙動を簡易に表現可能な一般化モデルを新たに考案することとしました(図7).この一般化モデルは,前章の精緻な数値解析の知見に基づき,全体系のエッセンスを抽出して自由度縮減を図った手法で,ばね,マス,ダンパをリンクさせたマルチボディシステムとなっています.この一般化モデルを用いて,大規模パラメータ解析を行い,一般的な条件においては,列車風圧パルスとの共振効果による衝撃係数(動的増幅/静的応答-1)が0.5~5.0程度,重畳効果による衝撃係数が0~0.8程度となり,特に,パルス共振効果の影響が大きいこと,防音壁の固有振動数が3Hz以下となるような場合には衝撃係数が5.0に達する場合があること等,基本的な共振挙動を定量化しました(図8).加えて,防音壁の固有振動数および列車速度に基づく防音壁の設計列車風圧荷重の提案を行いました(図9).
 更に,実務での本研究の成果の活用の簡便化を図るため,防音壁のH型鋼支柱の推奨断面設定ノモグラムを提案しました(図10).このノモグラムには,別途実施された地震時における構造物と防音壁の共振の影響2)も加味されています。


  • 図7 防音壁の一般化モデル
    図7 防音壁の一般化モデル
  • 図8 防音壁の衝撃係数
    図8 防音壁の衝撃係数
  • 図9 提案設計列車風圧荷重
    図9 提案設計列車風圧荷重
  • 図10 防音壁の推奨断面設定ノモグラム
    図10 防音壁の推奨断面設定ノモグラム

4.おわりに

 本研究では鉄道の高速化に則した応答メカニズムの解明や実用的な設計法の整備を行いました.本研究の成果が防音壁の設計の一助となれば幸いです.

参考文献

1)徳永宗正,曽我部正道,後藤恵一,山東徹生,玉井真一,小野潔:列車通過時の鉄道構造物上防音壁の動的設計法,土木学会論文集A1(構造・地震工学),Vol.69,No.2,pp.392-409,2013.
2)徳永宗正,曽我部正道,渡辺勉,山東徹生,玉井真一:鉄道構造物上防音壁の地震時応答の基本特性,鉄道工学シンポジウム論文集,No.17,pp.49-56,2013.

(記事:徳永宗正)