山岳トンネルの路盤隆起の解析手法

1.はじめに

 完成後の地圧の作用による山岳トンネルの変状の一形態として路盤隆起があります.図1に路盤隆起を生じたトンネルの分布を示しますが,特に,グリーンタフ地域で多く発生しています.路盤隆起速度は,大きなもので100mm/年を超える場合もあり,安全な列車走行を脅かす場合もあります.鉄道総研では,路盤隆起の対策工(路盤ロックボルト等)に着目し,対策工の合理的な仕様の検討や,解析手法について研究を行っています.本稿では,新たに開発した解析手法の概要と,実際に解析を行った結果について報告します.

  • 図1 路盤隆起トンネルの分布
    図1 路盤隆起トンネルの分布

2.解析モデル

 山岳トンネルの地圧による変形を表現するモデルとして「地山劣化モデル」を開発しました.地山の強度を低下させることによりトンネル周囲の地山の破壊,路盤隆起を表現するモデルです.図2に概念図を示しますが,地山の強度(ここでは粘着力c)を低下させると,点Aは強度低下前は「未破壊」であったのに対し,強度低下後は「破壊」となります.破壊することにより地山の応力が再配分され,その結果,トンネルの内空に向けての押し出しや路盤隆起が表現できます.

  • 図2 地山劣化モデルの概念
    図2 地山劣化モデルの概念

3.数値解析による実際の変状の再現

 上記の解析モデルを用いて数値解析を行い,実際のトンネルで生じた路盤隆起現象を再現してみました.検討対象としたAトンネルはNATMにより建設された新幹線複線断面のトンネルです.このトンネルでは,いくつかの区間で路盤隆起が確認されており,今回対象とした変状区間では,延長約30mの範囲で,約1.1mm/年という緩慢な速度で路盤隆起が進行していました.図3,4に解析モデルを示します.Aトンネルにおいて,とくに隆起が発生しているのは,10m程度の区間であったため,図3に示すように,中央の10m区間について強度を低下させることにしました.
 ここで,本解析では地盤の強度低下を程度を決めておく必要がありますが,これについては,計測結果と解析とで路盤隆起が等しくなるようにして決めます.図5に設定した地盤の強度低下を示します.
 図6に解析により得られた供用開始から15年後のトンネルの変形状況を示します.路盤隆起が表現できていることがわかります.

  • 図3 解析モデル(全体)
    図3 解析モデル(全体)
  • 図4 解析モデル(トンネル)
    図4 解析モデル(トンネル)
  • 図5 地盤の強度低下の設定
    図5 地盤の強度低下の設定
  • 図6 解析結果(トンネルの変形状況)
    図6 解析結果(トンネルの変形状況)

4.対策工の効果の検討

 次に,対策工をモデル化した解析を行いました.図7に対策工の一覧を示します.ケース2,3は路盤ロックボルトによる補強です.ここで,一般的な補強量のケース2,かなりの補強量を持たせたケース3の2ケースを設定しました.ケース4は最も大規模な補強として,路盤コンクリートを取り壊してインバートを新設するものです.なお,4.では,3.で設定した地盤の強度低下が引き続き続くものとして,変状の将来予測を行い,対策工の効果の相対比較を行います.
 図8に対策工の効果を比較します.無対策(ケース1)では,将来的にも1.1mm/年で路盤が隆起し続けますが,対策工を行うことにより,隆起速度が低減されることがわかります.ケース2,3より,路盤ロックボルトの効果が確認され,補強量が多いほど効果も大きいことがわかります.インバート(ケース4)は対策後はほとんど隆起が生じなくなり根本的な対策工となることがわかります.
 図9に対策工施工後の地盤のせん断ひずみコンター図を示します.色が濃いところは大きなひずみが生じてせん断破壊している領域となります.無対策(ケース1)では路盤下が破壊しますが,対策を行うことによりひずみが小さく(破壊が生じにくく)なり,また,インバート打設(ケース4)では破壊がほとんど生じなくなることがわかります.

  • 図7 対策工の一覧
    図7 対策工の一覧
  • 図8 対策工の効果の比較(隆起量)
    図8 対策工の効果の比較(隆起量)
  • 図9 対策工の効果の比較(地山の破壊)
    図9 対策工の効果の比較(地山の破壊)

5.まとめ

山岳トンネルの地圧による変状の対策工の検討はこれまで主に経験的に行われており,計測を併用しながら必要により対策を追加するなど,計画的に実施できていない部分があります.今回の研究の成果により,補強効果を事前に定量的に把握し効果的な対策の設計 が可能になることが期待されます.

(記事:野城一栄)

構造物の減衰効果の違いを考慮した設計所要降伏震度スペクトルの補正方法

1.はじめに

 これまでは,構造物の耐震性評価において,構造物のVu/V値や等価固有周期,降伏震度といった値が着目されてきました。しかし,近年の地震被害において,構造物と地盤の共振現象により,構造物上で大きな変位応答が発生した事例が発生しています1)。地震動が入力した場合の構造物応答の減衰効果を表現する指標には初期減衰定数があり,このようなパラメータにも十分に配慮する必要が出てきました。
 H24鉄道構造物耐震設計基準(以下,耐震標準)2)に示される所要降伏震度スペクトルは,鉄道構造物の設計や既設構造物の耐震性能評価に広く用いられています。このスペクトルを作成する際には,一般的な構造物が想定され,初期減衰定数が設定されています。よって,例えば,初期減衰定数が著しく小さい構造物(例えば,背の高い高架橋や鋼製橋脚など)に対しては,適切な補正が必要です。特に,既設構造物の耐震性能評価では,実測に基づく減衰特性を用いてスペクトルを補正することで,より現実に則した評価が可能となります。本記事では,この補正方法についてご報告いたします。

2.補正方法の概要

線形応答する構造物で用いる弾性加速度応答スペクトルでは,(1)式の補正式が提案されています3)

 ここで,SAは弾性加速度応答スペクトル値,h0は初期減衰定数,τはTd/T0で評価され,Tdは地震動の継続時間,T0は構造物の固有周期を表します。(1)式は,初期減衰定数0からh0への補正係数を表しています。
 所要降伏震度スペクトルは,構造物の非線形応答を考慮した非線形スペクトルであり,線形応答時の(1)式をそのまま使うことはできません。そこで,等価線型化という考え方を用いました。これは非線形応答構造物を等価な弾性応答構造物に置換するものです。具体的には,線形時の固有周期T0を弾塑性応答に等価な周期(等価周期)Teqに,初期減衰定数h0を等価減衰定数heqに置換します。なおこの等価周期は,最大変位と原点を結んだ等価剛性から求めるもので,耐震標準の等価固有周期とは異なりますので注意が必要です。このTeq, heqから,線形解析により構造物の非線形応答を求められます。また,その際の補正係数は,(1)式にTeq, heqを代入して求めます。3章ではTeq, heqの導出方法についてご説明します。

3.等価周期・等価減衰定数の導出方法

弾塑性応答に等価周期Teqは,T0,h0,塑性率μから,(2)式を用いて求めることができます。

ここでk0は初期剛性,keqは等価剛性,γは初期剛性に対する降伏後剛性の比を表します。
 等価減衰定数heqは,柴田ら4)による定義をもとにし,(3)式によりモデル化しました。

(3)式における係数c1, c2, c3については,RC,SRC系の橋梁および高架橋を想定した網羅的な非線形応答解析により,値を求めました。構造物モデルのパラメータは,耐震標準に準拠し設定しました。この構造物のh0を0.01~0.2に変化させた解析を実施し,c1=1.53, c2=-0.028, c3=0.177という値を得ました。

4.補正係数の評価結果

 評価された補正係数を図1に示します。この補正係数は,h0=0.05を基準とした場合を示しています。例えば,対象構造物の初期減衰定数が0.05より小さくなれば,補正係数は1より大きくなります。3つの図は,固有周期が0.1,0.5,1.0秒のケースを示していますが,補正係数に違いはありません。また,塑性率が2.0以上のケース(図内黒点線,青○,赤×)では,補正係数に違いが見られません。このことは,補正係数がT0とμに対して感度が低く,概ね同様の値が使用できることを示しています。
補正係数の標準偏差を図2に示します。標準偏差はh0=0.05を基準としており,この値から離れるほど大きくなります。h0=0.01,0.07,0.1,0.2では,T0=0.5秒の構造物,塑性率2の場合で,0.12,0.05,0.06,0.1程度の標準偏差となります。推定された補正値は,地震動によってばらつきが大きくなるため,実用上は補正値として,平均+標準偏差程度の値を用いるといった安全側の配慮が必要です。

  • 図1 評価された補正係数
    図1 評価された補正係数
  • 図2 補正係数の標準偏差(μ=2.0)
    図2 補正係数の標準偏差(μ=2.0)

5.補正方法の検証

 提案手法を耐震標準におけるスペクトルIIに適用し,妥当性を検証しました。結果を図3に示します。この解析においては,T0=0.5sec,塑性率2と設定し,h0=0.01,0.2の2ケースに対して評価した補正係数を示しています。なお,図内点線は,補正値の±1σの範囲を示しています。いずれの固有周期,減衰定数においても,○で示される正解値と実線で示される評価法による推定値は,良い一致が見られます。また,正解値の補正係数は,周期ごとで異なる値をとっていますが,これも,補正係数の平均値±標準偏差程度の幅を考えることで,概ねその範囲に収まることが確認できます。これらの結果から本手法の妥当性が確認できました。

  • 図3 補正係数の検証結果
    図3 補正係数の検証結果

6.おわりに

 初期減衰定数が耐震標準で想定されている構造物と異なる場合に,所要降伏震度スペクトルを補正する方法についてご説明しました。本手法を用いることで,新設構造物の耐震設計や既設構造物の耐震性能評価において,より現実に則した形で設計地震動を評価することが可能となります。

参考文献

1) 運輸安全委員会:鉄道事故調査報告書I 東日本旅客鉄道株式会社 東北新幹線 仙台駅構内 列車脱線事故,RA2013-1, 2013.2.22,
2) 鉄道総合技術研究所編:鉄道構造物等設計標準・同解説 耐震設計,丸善,2012.9,
3) Rosenblueth,E. and Bustamante, J. I.:Distribution of structural response to earthquakes, Journal of the Engineering Mechanics Division, ASCE,EM3, pp.75-106, 1962.6,
4) 柴田明徳:最新 耐震構造解析 第2版,森北出版,2003.5

(記事:田中浩平)

局地風を考慮した強風マップ作成手法

1.はじめに

 現在,強風による列車の運転規制は,沿線に設置された風速計が観測する瞬間風速に基づき発令されています.そのため,規制区間内で最も強風が吹きやすいと考えられる箇所に風速計を取り付けることが重要となります.また,強風が吹きやすい箇所を探すことは,防風柵などの配置計画にも有効です.
 これまで,鉄道総研では数値シミュレーションと地形因子解析を用いた強風マップ作成方法(以下,既往の手法と記述します)を開発してきました1).この方法では,数値シミュレーションを行うために強風が吹いた日を選定する必要がありますが,この強風日の選定は気象官署の風データを用いてきました.一般的に気象官署は比較的開けた地形に設置されていることが多いため,強風日として台風時や冬の低気圧が発達した日が多く選定されます.そのため,おろし風やだし風など,気象条件や周辺地形の影響を受けて特定の風向で吹く風(局地風)が吹いた日が強風日と選定されにくい状況にありました.
 従って,既往の手法による強風マップでは局地風を考慮できない可能性があるため,局地風を考慮できるように既往の手法を改良する必要が生じました.そこで今回,局地風の現地観測と数値計算をもとに,局地風を考慮した強風マップの作成手法を検討しました.

2.既往の手法による強風マップ作成手法

 既往の手法による強風マップの作成方法を示します.まず,国内外の気象機関が配信している気象データなどを入力し,風・降水・温度などの気象の状況をコンピュータで数値的に解く「気象モデル」を用いて,数百km四方の大きな領域において3kmの格子(メッシュ)間隔の風向風速などについて計算を行います.次に,空気の流れを説明する式のみを解く「気流モデル」を用いて,200m程度の細かい格子間隔で風向風速の計算を行います.これら2つのモデルで計算された結果を結合して,200m程度の間隔での風速や,再現期間を数十年とした風速の再現期待値を求めます.
 なお,気象モデルや気流モデルで求められる風速や,これに基づく再現期待値は「平均的な風速」の値です.一方,鉄道の強風災害は「瞬間的な風速」が強く影響しているといわれています.そこで,気象モデルや気流モデルにより求めた平均的な風速値から最大瞬間風速の値を求めるため,地形因子解析により平均風速から最大瞬間風速への変換係数(突風率)を求め,最大瞬間風速の再現期待値を計算します.この最大瞬間風速の再現期待値が大きくなる箇所を抽出し,鉄道沿線の強風マップを作成します.

3.既往の手法を用いた局地風が吹く領域の抽出結果

 既往の手法を用いて,ある局地風の事例を対象とした再現計算を行い,局地風が吹いた領域をよく再現できるかどうかを確認しました.その結果を図1に示します.赤く示した箇所が局地風が吹いたと計算された箇所ですが,この図ではまだら模様となっています.局地風はこのようなまだら模様の領域ではなく,面的に吹くと考えられますので,既往の手法では局地風による強風の発生を捉えきれていないことがわかります.この原因としては,気流モデルで計算された細かい格子間隔の風速値にばらつきが大きかったことなどが考えられます.
 次に,地形因子解析により求められた突風率について,既往の手法が局地風に適用できるかの検討を行いました.その結果を図2に示します.この図より,局地風があまり吹かない気象官署のデータによる突風率と局地風領域での観測結果から求められる突風率とで大きな違いがないことがわかりました。これより,既往の方法による突風率の推定式を局地風の場合も適用できることがわかりました.
 従って,局地風を考慮した強風マップの作成には数値モデルでの計算方法の改良が必要となります.

  • 図1 既往の手法における局地風領域の抽出例
    図1 既往の手法における局地風領域の抽出例
  • 図2 突風率の比較結果例
    図2 突風率の比較結果例

4.局地風を考慮した強風箇所抽出方法の検討

 局地風は複雑な地形(尾根や沢が多くみられること)や特定の気象条件などがその成因として挙げられます.しかしながら,既往の手法では,気象現象を計算するのは3km程度の格子間隔であったため,局地風の範囲を計算するには粗すぎることがわかりました.これを解決するためには,より細かい格子間隔で気象現象を解くことが必要となります.既往の方法では数値モデルで気象モデルと気流モデルを併用していましたが,今回は気象モデルのみを用いてより細かい格子間隔で計算することにしました.
 気象モデルのみを用いて,図1で示した同じ事例について局地風の領域を抽出した結果を図3に示します.この結果,局地風が吹いた領域を面的に抽出できるようになり,詳細に局地風の領域を把握することが可能となりました.
 これらの結果をもとにした,局地風を考慮した強風マップの作成手法のフローを図4に示します.評価する地域ごとに,最大瞬間風速の再現期待値の算出結果と別途求める線路構造物別の転覆限界風速を用いることで,風に対する警戒箇所を抽出することができます.

  • 図3 改良した手法における局地風領域の抽出例
    図3 改良した手法における局地風領域の抽出例
  • 図4 局地風を考慮した強風マップ作成フロー
    図4 局地風を考慮した強風マップ作成フロー

5.おわりに

 今回開発した方法により,局地風を考慮した強風マップの作成ができるようになってきました.しかし,気象モデルのみを用いて1km未満の細かい領域まで数値計算を行うと計算に要する時間が膨大となりますので,既往の手法と併用して強風箇所を抽出することが効果的と考えられます。なお,この方法では,線路沿線にある個々の建物や樹木の状況は考慮していません.今後は,このような建物等を考慮して,強風に対して警戒を要する箇所を客観的に抽出することを目標として開発を進める計画です.

[文献]

1) 荒木啓司,福原隆彰,島村泰介,今井俊昭:数値解析手法を用いた鉄道沿線における強風箇所の抽出方法,鉄道総研報告,Vol.24, No.5, pp.29-34, 2010

(記事:福原隆彰)