面的に気象状況を把握する

1.はじめに

 鉄道沿線には雨量計や風速計などの気象観測機器が配備され,これらの機器で得られた雨量や風速が定められた閾値以上になった場合にはその区間に列車を入れないといった運転規制が行われています. これらの気象観測機器ではその場所での雨量や風速を観測していますが,これらの機器は地上に据え付けられていますので,「点」でのデータとなります.しかしながら,鉄道の施設への被害はこれらの機器の設置箇所で発生するとは限らないことや,鉄道用地外で降った雨により引き起こされることがありますので,鉄道沿線に設置されている気象観測機器だけでは災害発生箇所の雨量や風速を精度よく把握できないのが実情です.その一方で観測技術の進歩により,面的に雨量や風速を観測することが可能となってきました.また計算機技術の進歩により,雨量や風速,温度などを計算で面的に推定することも可能となってきました.本稿では,面的に気象状況を把握する方法として,気象レーダーでの観測による方法と,数値シミュレーションでの計算による方法を紹介します.

2.気象レーダーにより雨や風の状況を面的に把握する

 観測による方法として,現在雨の観測で広く用いられている気象レーダー(図1)を用いた方法があります.気象レーダーは,本体から発射された電波が空中に漂っている雨粒に反射してレーダー本体へ戻ってくるまでの時間からその雨粒の位置を求めます.また,雨粒が大きいほど戻ってくる電波が強いことや雨粒の大きさと雨の強さとは関係があることを利用して雨の強さを求めます.これにより,どの位置にどの強さの雨をもたらす雨粒があるかが分かります.さらに,雨粒が動いている場合には,戻ってくる電波の周波数が変わるドップラー効果を利用して雨粒の動きや上空の風も把握することができます.これらの情報をもとに雨や風の面的な分布が求められます.なお,レーダー観測では雨の強さは降水強度として得られます(図2).降水強度は時雨量などの累積雨量とは異なり,その強さの雨が1時間続いたときに相当する降水量をあらわすものです.気象庁などのHPでも降水強度が発表されています.

 気象レーダーは基本的に上空に向けて電波を発射します.このため,レーダーで得られた雨の強さと地上での雨量値にずれが生じることがあります.これは,レーダーにより捉えられた雨粒がそのまま地上に雨として落ちてくるとは限らず,地上に落ちるまでに風で流されること,他の雨粒と結合すること,蒸発して雨粒がなくなることがあるからです.このように,地上の雨量計で観測された雨量値と完全に同じ値が得られるとは限らないことから,現在は鉄道の雨量規制にレーダーによる観測値をそのまま用いることは難しいですが,災害が発生するような大雨がどこで降っているか,また大雨の状況がどのように推移するのかなどを知るための情報として活用されています.

  • 図1 気象レーダー(気象庁ホームページ1)より)
    図1 気象レーダー(気象庁ホームページ1)より)
  • 図2 気象レーダーで観測された降水強度の例(気象庁ホームページ1)より)
    図2 気象レーダーで観測された降水強度の例(気象庁ホームページ1)より)

3.数値シミュレーションにより面的に気象状況を把握する

 空気の流れ(風の吹き方),熱のやりとり,水蒸気の効果,雨や雪の状態はいろいろな物理法則に従っています.これらの物理法則を方程式で表し,その方程式をコンピュータで計算することで対象とした地域の気象状況を求めるのが気象の数値シミュレーションです.この方法は天気予報をはじめ気象の研究などに広く用いられています.鉄道防災としては地表面に近いところの風の状態や地上に降る雨など,地上に近いところの気象現象を知ることが重要ですが,気象現象は地上から上空高いところまで密接なつながりがあるため,鉄道防災を対象とした数値シミュレーションでも地上から上空までの状態を計算することとなります.

 数値シミュレーションによりある領域における地上10mでの風速の面的な分布を東西方向・南北方向に200m間隔で求めた結果の例を図3に示します.この事例では領域の西側に風が強い領域があり,東側にはそれほど風が強くはない領域があることが計算されています.鉄道の規制用風速計や気象庁アメダス観測点などの風速計はある程度の距離をもって設置されていますが,数値シミュレーションを用いることにより,風速計が設置されていない箇所の風の状況も把握できるため,強風が吹きやすい領域がどこにあるかを量的に判断することができます.数値シミュレーションの結果は強風対策をすべき箇所や範囲の優先順位を付けるための資料として役立つことが考えられます.

 気象の数値シミュレーションでは風に限らず雨や雪の状況も面的に把握することができます.より細かい間隔で計算をすればより詳細に面的な分布を把握できますが,膨大な計算機能力が必要となります.また,粗い間隔で計算する場合でも,計算時間を要するため運転規制へのリードタイムが確保できない場合があります.そのため,現時点では数値シミュレーションの値を運転規制に用いることは困難ですが,今後の計算機技術の動向によっては数値シミュレーションを用いて現在より弾力的な運転規制が可能となることが期待されます.

  • 図3 数値シミュレーションで得られた地上10mでの風速の面的な分布の例
    図3 数値シミュレーションで得られた地上10mでの風速の面的な分布の例

4.おわりに

 本稿では,気象状況を面的に把握する方法として2種類,気象レーダーでの観測による方法,数値シミュレーションでの計算による方法を紹介しました.現時点での運転規制には風速計や雨量計などの気象測器で得られた値が用いられていますが,今回紹介した面的な気象情報により鉄道に被害をもたらしうる風や雨の情報を得ることができます.今後鉄道総研では,面的に得られる気象情報をどう運転規制に活用していくかについて検討を進めていく計画です.

参考文献

1) 気象庁:気象庁ホームページ,http://www.jma.go.jp

(記事:気象防災研究室 福原隆彰)

走行安全性を考慮した新幹線スラブ軌道のレール破断時開口量の評価

1.はじめに

 近年,新幹線では地震時の脱線対策工の開発が困難であることから,伸縮継目を撤去してロングレールの敷設範囲を拡大することが望まれています.ただし,橋りょう上の直結系軌道では,桁の温度伸縮によってレールに付加軸力が発生します.このため,ロングレール化にあたっては,レール軸力分布を計算し,温度上昇時の最大レール軸力と低温時のレール破断時開口量の照査を行うことになっています.

 直結系軌道では横方向安定性について検討を行い,温度上昇時の許容レール軸力の緩和を検討しました1).一方,レール破断時開口量の限度値は70mmが用いられ,これがロングレール化の制約となっています.本稿では,伸縮継目の撤去を検討するために,新幹線のスラブ軌道区間を対象として,レール開口部の走行シミュレーション手法を構築し,速度と開口量が走行安全性に与える影響を検証した結果を報告します.

2.実車走行試験2)

 レール開口部通過時の車両挙動の把握と走行シミュレーションモデルの精度向上を目的として,レール開口部を鉄道総研の構内試験線に設定し,在来線車両を用いた走行試験を行いました(図1).レール開口部は,列車通過時において厳しい条件となるよう列車進行方向の受け側のまくらぎに近い位置としました.横圧と脱線係数は,車両の前方台車第1軸に新連続法のPQ軸を装着して測定しました.測定結果を図2に示します.速度と開口量が増える毎に横圧と脱線係数は増加する傾向が確認されました.脱線係数の最大値は0.81でしたが,その継続時間は5msec程度であり,過去の知見から安全とされる15msecを下回りました.

  • 図1 レール開口部の走行試験条件
    図1 レール開口部の走行試験条件
  • 図2 レール開口部の走行試験結果
    図2 レール開口部の走行試験結果

3.走行シミュレーションモデル

 実物実験が困難な高速走行時の影響を把握するために,開口部の車両通過を模擬可能なFEMによる走行シミュレーション手法を構築しました.モデルを図3に示します.車両は車体・台車・輪軸をモデル化し,それらをばね・ダンパで結合した三次元モデルとしました.開口部の車輪・レール間の接触は,図3(b)に示す通りレール断面形状を模擬する要素と,車輪表面の要素間で判定を行います.この手法では三次元で接触判定を行い,レール断面方向やレール長手方向に多点で接触する状態,および非接触状態を表現することが可能であり,開口部通過時の複雑な接触状態の変化を評価できます.なお,本手法は前述の実車走行試験結果と比較検証して妥当性を確認しています.

  • 図3 走行シミュレーションモデル
    図3 走行シミュレーションモデル

4.新幹線における影響評価

 構築したシミュレーション手法を用いて,新幹線のスラブ軌道を想定したケーススタディを実施し,レール開口量と走行速度が車両および軌道に与える影響を調べました.

 まず,直線区間のケーススタディの結果を図4に示します.200km/hを越える速度域では,レール開口量が輪重や変位に与える影響が小さい傾向がみられました.200km/h以下の速度域では,レール開口量の増加に伴い,レール変位や車輪上昇量がわずかに増加する傾向がみられました.また,輪重は70~200km/hの速度域では速度に伴い増加するものの,それ以上の速度域では大きく変わりませんでした.これらの傾向は,速度が増加すると開口部を設けたまくらぎ間を通過する時間が短くなるために生じると考えられます.なお,直線区間であるため,脱線係数は全体的に小さく,最大値は0.33でした.

 曲線区間のレール開口部についても同様に検討を行い,得られた脱線係数の目安値超過時間を図5に示します.過去の研究から,脱線係数Q/Pが目安値0.8を超過する時間が15msec以内であれば車輪上昇量が小さく,走行安全上の問題は生じないと考えられています.検討した範囲でこの時間が最も長い条件は,曲線半径800m,開口量150mmのケースで10msecでした.さらに,同条件での開口量70mmのケースからの目安値超過時間の増加は2msec未満であり,相対的に小さい結果が得られました.よって,本稿で検討した車両と軌道の条件内では,走行安全上の問題は生じないと考えられます.

  • 図4 新幹線の直線区間のケーススタディ結果
    図4 新幹線の直線区間のケーススタディ結果
  • 図5 新幹線の曲線区間のケーススタディ結果
    図5 新幹線の曲線区間のケーススタディ結果

5.まとめ

 伸縮継目の撤去を目的として,走行シミュレーション手法を用いてレール開口部通過時の走行安全性を検討しました.今後は,軌道変位による影響を評価する他,在来線への適用を検討していく予定です.

参考文献

1) 片岡宏夫,西宮裕騎:スラブ軌道の横方向安定性評価,日本鉄道施設協会誌, 第51巻, 第6号, pp453-456, 2013.6

2) 西宮裕騎,平出壮司,片岡宏夫:試験線におけるレール開口部走行試験,第21回鉄道技術・政策連合シンポジウム (J-RAIL2014),S2-1-3,2014.

(記事:軌道構造研究室 西宮裕騎)

Iビーム支点部のコンクリート巻き立て工法の開発

1.はじめに

 Iビーム橋りょう(以下,Iビーム)は,主桁にI形鋼を用いた短スパン橋りょうのことで,盛土区間において用水路を跨ぐ場合などに利用され,架設数が比較的多い状況にあります.このIビームでは,支点部の下フランジ首部において疲労き裂の発生する事例が多くあります(図1).

 疲労き裂に対しては,き裂の進展を遅らせるためストップホールなどの応急処置を施し,当板により断面修復するのが一般的です.しかしながら,Iビームでは疲労き裂の発生部位が湾曲しているため当板の加工および施工が難しく,必ずしも当板の効果が得られるとは限りません.また,疲労き裂発生部位の応力を低減するためには,原因である沓座損傷(理由は後述します)を補修する必要がありますが,補修工事の際に桁のジャッキアップを伴うため,夜間間合いの短い線区や,ロングレール区間では,施工が困難であるという問題があります.

 当研究室では,上記問題に対し,Iビーム支点部の疲労き裂対策として「コンクリート巻き立て工法」を新たに開発しました.本稿では,疲労き裂の発生・進展メカニズムとともに工法概要を紹介します.

  • 図1 Iビーム橋りょうの疲労き裂
    図1 Iビーム橋りょうの疲労き裂

2.Iビーム支点部における疲労き裂の発生・進展メカニズム

 疲労き裂の対策を考えるうえでは,疲労き裂の発生・進展メカニズムを把握することが重要になります.これは,根本原因を取り除かない限り,疲労き裂が再発生したり,再進展したりするためです.

 Iビーム支点部における疲労き裂の発生原因は,研究1)の結果,沓座損傷と端補剛材下端の隙であることが分かりました.この2つが同時に生じると,列車が通過した時に,片側の下フランジが落ち込む変形をすることで,下フランジ首部が大きく曲げられて高い応力が生じ,疲労き裂が発生します(図2).また,疲労き裂の進展に対しても下フランジ首部の面外変形が支配的な原因であり,これに加え,当該部位に発生した疲労き裂が閉口することでも高い応力が生じ,ストップホールを超えて疲労き裂が進展していきます(図3).

 つまり,Iビーム支点部の疲労き裂に対しては,下フランジの変形と疲労き裂の閉口を抑制するような対策が必要といえます.

  • 図2 疲労き裂の発生原因
    図2 疲労き裂の発生原因
  • 図3 疲労き裂の進展原因
    図3 疲労き裂の進展原因

3.コンクリート巻き立て工法

 コンクリート巻き立て工法は,Iビームの桁端をコンクリートで巻き立てるものです.これにより,列車荷重を巻き立てたコンクリートを介して沓座損傷していない橋台天端で受け,下フランジの変形と疲労き裂の閉口を抑止し,疲労き裂の発生や進展を防止します(図4).実物大Iビームを模擬した載荷試験では,本工法の適用により,疲労き裂先端の応力を大幅に低減できることを確認しています(図5).

 本工法は,沓座損傷を別途補修する必要がないため,桁をジャッキアップせずに施工できることに大きな特徴があります.また,端補剛材下端の隙の補修や,断面修復のための当板も不要です.なお,桁端部は一般的に腐食の進行が著しい部位ですが,コンクリートで巻き立てることで腐食の進行抑制も期待できます.

 Iビームの桁端を単にコンクリートで巻き立てただけでは,列車通過や温度変化の影響により,鋼桁と巻き立てコンクリートの界面がずれたり,巻き立てコンクリートと橋台との打ち継ぎ面が破壊したりする恐れがあります(図6).本工法では,鋼桁と巻き立てコンクリートのずれ止めとして,鋼桁ウェブにスタッドを設置します.スタッドは予め工場で当板に溶殖しておき,現場ではボルトにより当板を添接することとし,現場の施工が極力簡易となるよう工夫しています.巻き立てコンクリートと橋台との打ち継ぎ面に対しては,鉛直鉄筋を施工することで打ち継ぎ面に作用する断面力に抵抗させています(図7).

 本工法を適用すると,鋼桁と橋台が一体化し構造系が門型ラーメンに変更となるため,鋼桁と橋台の各部に対し,ラーメン構造としての照査を行う必要があります.標準的なIビームであれば,巻き立てコンクリートとの接合部以外では鋼桁・橋台ともに補強等は不要であり,また,巻き立て範囲を過度に大きくすることなくずれ止めや鉛直鉄筋も配置でき,本工法の適用が可能であることを確認しています.

  • 図4 コンクリート巻き立て工法の概要
    図4 コンクリート巻き立て工法の概要
  • 図5 本工法の効果
    図5 本工法の効果
  • 図6 巻き立てコンクリートの接合面
    図6 巻き立てコンクリートの接合面
  • 図7 スタッドと鉛直鉄筋の配置
    図7 スタッドと鉛直鉄筋の配置

4.おわりに

 本稿では,Iビーム支点部の疲労き裂対策として開発した「コンクリート巻き立て工法」を紹介しました.今後は,本工法の実用性を高めるため,巻き立て部の最適構造について検討していく予定です.

参考文献

1) 小林裕介,福本守,山下健二:既設鋼Iビーム支点部疲労き裂の原因究明とコンクリート巻き立て工法,鉄道総研報告,Vol.29,No.10,pp.17-22,2015.10.

(記事:鋼・複合構造研究室 濱上洋平)