[クローズアップ]鉄道総研の平成25年度の研究開発

 鉄道総研では,5年単位の基本計画を策定して活動の方針を定めています。平成25年度は,平成22年度にスタートした基本計画ーRESEARCH2010ーの4年目であり,実施状況を的確に把握し,重点化を図りつつ十分な成果が上がるように各事業を進めます。
 研究開発では,国や鉄道事業者と緊密な関係を保ちつつ鉄道のさらなる安全性の向上を目指した研究開発に重点的に取り組むとともに震災等に対応する緊急性の高い課題を実施していきます。また,エネルギーの有効利用等の環境との調和を目指した研究,シミュレーションの高度化等の研究を進めていきます。平成25年度の研究開発の基本方針を図1に示します。鉄道の将来に向けた研究開発45件,実用的な技術開発118件,鉄道の基礎研究114件の計277件の研究テーマを実施することでスタートします。平成25年度の車両関連の研究マップを図2に示します。鉄道の安全性向上,環境との調和,利便性の向上,低コスト化を目標に,幅広い分野の研究開発を進めています。以下,主な車両関連の研究テーマを紹介します。


  • 図1 研究開発の基本方針
    図1 研究開発の基本方針
  • 図2 平成25年度の車両関連の研究開発
    図2 平成25年度の車両関連の研究開発

鉄道の将来に向けた研究開発

 実用化した場合に波及効果が大きい技術開発型の課題のほか,研究開発の画期的なブレークスルーが期待できる現象解明やツールの構築のような基礎研究型の課題を実施します。車両関連では,車輪が軌道不整に追随できるように台車枠を可動構造にして輪重減少を低減する脱線しにくい台車の開発,乗客にとって不快な揺れを低減する車両振動制御装置の開発等を実施します。

実用的な技術開発

 鉄道事業に即効性のある実用的な技術開発を適時,的確に鉄道事業者へ提供する課題として実施します。実施にあたっては,鉄道事業者と十分な連携をとってニーズを的確に把握するとともに,成果の迅速な提供に努めます。車両関連では,短区聞を走行する気動車の置き換えを目的に既存の交流電車を架線・バッテリーハイブリッド化して活用するための研究開発,制動時の熱負荷繰返しによるブレーキディスクの損傷を防止するためデ、イスク表面を高融点合金で改質施工する手法の開発,振り子中心高さと座位・立位・歩行時の乗り心地の関係を明らかにし最適な振り子中心高さを提案する研究等を実施します。

鉄道の基礎研究

 実用技術の萌芽または基盤となる研究および鉄道の諸問題の解決のために必要な鉄道固有現象の解明,新しい技術・材料・研究手法の鉄道への適用,シミュレーション技術の高度化等の研究を行います。車両関連では,非定常空気力が車両の挙動に与える影響を解明するための研究,車体の強度向上および草至量化に向けた最適な構造を提案するための疲労き裂の発生等を再現できる一車両分の大規模計算用モデルの構築,燃料電池の鉄道車両への適用可能性を評価するための走行試験,車両用潤滑グリースの分析手法も含めた基準値の再構築のための検討等を実施します。また,浮上式鉄道に関する研究開発では, 高温超電導磁石の冷却性能向上の研究等を実施します。
 鉄道の価値を高めるための様々な研究課題に積極的に取り組んでまいります。関係各位のご協力をお願いいたします。

(研究開発推進室 室長 渡辺郁夫)

[研究&開発]1個の加速度計による台車の状態監視

はじめに

 鉄道車両は,安全性や乗心地を維持するため定期的に工場で分解検査が行われますが,これらの検査に加え,走り装置の状態監視を運用時に常時行えば安全性や乗心地の向上が期待できます。鉄道車両の常時状態監視(以下,状態監視)の研究は,日本では1980年代から始まり,最近でも盛んに研究が行われていますが,営業車の走り装置に状態監視装置が実装された例は少ないのが現状です。これは,多くのセンサや複雑な機構を使うシステムは,初期費用がかかるばかりでなく,将来にわたり状態監視装置にメンテナンスコストがかかるため鉄道事業者が採用し難いことが原因であると考えられます。そこで本研究では,例えば1台車に1個程度の少ないセンサで,安全性や乗心地につながる車両運動に関する部品の不具合や走行状態を監視するシステムを検討しています。
 検討したことのうち,台車枠の上下振動力[漣度をもとに軸ダンパの減衰機能の不良,空気ばねのパンクに関する故障検 知,さらに脱線検知と蛇行動検知の手法案を紹介します。

状態監視システムの構成

 ここで紹介する状態監視システムの構成を図1に示します。本システムは,各台車枠に加速度計を備えていることを想定しています。

  • 図1 状態監視システムの基本構成
    図1 状態監視システムの基本構成

故障検知

3.1 軸ダンパ故障検知

 鉄道総研の構内試験線を走行し,軸ダンパが健全な条件と故障した条件の台車枠の上下振動加速度の差異を調べました。試験は,700m 程の構内試験線で最高速度40km/h で行いました。車両は在来線特急試験車両を使用し,空車条件です。軸ダンパが故障した条件は,後台車1台車の軸ダンパ1本を取り外し,減衰機能が全く無くなった条件としました。
 5位の軸ダンパが故障した際の8位の側ばり端の上下振動加速度パワースペクトル密度(振動の強さ:以下PSD)を比較したものを図2に示します。14Hzのピークに顕著な差が表れています。軸ダンパが健全な条件の上下振動加速度PSDは,0.13(m/s2)2/Hz程度であるのに対し,軸ダンパが故障した条件では,2倍近い0.20(m/s2)2/Hz以上に変化しました。よって,このピーク高さを監視すれば故障が検知できそうです。またこの結果は,故障したダンパと台車内で対角に位置する側ばり端の加速度の結果で,他の台車枠端の結果も同様でした。このことより各側ばり端4ヵ所それぞれに加速度計がある必要はなく,1ヵ所で良いということがわかりました。これは,軸ダンパの故障が台車ピッチングや台車の並進運動に影響するからです。以下の監視項目いずれも側ばり端1ヵ所の加速度計による結果です。

  • 図2 構内走行試験における軸ダンパ故障時の振動加速度PSDの比較
    図2 構内走行試験における軸ダンパ故障時の振動加速度PSDの比較

3.2 空気ばねパンク検知

 走行中に空気ばねのベローズ破損や配管の漏気によりパンクすると,乗心地を損なうだけでなく,出口緩和曲線部での軌道のカント変化に対する輪重変動が大きくなり,脱線のリスクが増す方向となります。そこで台車枠の振動加速度から空気ばねパンク検知が可能か検討しました。
 空気ばねが健全な状態と空気ばねがパンクした状態の振動加速度の差異を調べるために,鉄道総研の構内試験線を走行し台車枠の上下振動加速度の違いを調べました。この試験では在来線通勤車を使用し,空車条件でした。両条件での台車の上下振動加速度PSD により比較したものを図3に示します。空気ばねが健全な条件では,台車の上下振動加速度PSD のピーク周波数が14Hz 付近であるのに対し,空気ばねがパンクした条件では,4.4Hzに変化しました。これは,空気ばねが健全な条件では車体と台車の上下2質点系として運動しますが,空気ばねがパンクすると車体の支持が空気ばねストッパのみの剛な支持に変わり,車体と台車が1質点のように運動するためと考えられます。軸箱上下支持剛性の設計値と台車,車体の質量を用いて固有振動数を計算すると,4.2Hz 程度になり,空気ばねがパンクした条件で観察された4.4Hz のピークはこれにほぼ一致しました。
 この変化が顕著であるため,加速度計を台車枠に取り付ければ,空気ばねパンクを検知できることがわかりました。振動の大きさではなく固有振動数の変化を見るため,走行速度に依存せず低速時にも検知ができます。
 また,人の乗り降りなど通常の営業運転で生じる車体重量の変化があっても検知可能であることも確認しています1)

  • 図3 構内走行試験における空気ばねパンク時の台車枠の上下振動加速度PSD
    図3 構内走行試験における空気ばねパンク時の台車枠の上下振動加速度PSD

3.3 脱線検知

 脱線走行時の車体の振動加速度は,通常走行時の30倍以上であることが過去の貨車の走行試験データからわかりました2)
 このデータは車体の振動加速度でしたが,台車枠は,軸箱から車体へ振動加速度が伝達する経路にあるため,台車枠でも同様の観測ができると考えられます。
 車輪のまくらぎ通過時間を考慮することで脱線検知の精度を上げることもできると考えます。

3.4 蛇行動検知

 蛇行動は車輪の摩耗やヨーダンパの不具合などの原因により輪軸や台車が左右に振動する現象で,脱線につながることもあります。そこで,蛇行動が起き始めた時にこれを検知することは安全を高める上で重要です。
 通常,台車枠に左右方向を感度軸とする加速度計により蛇行動を監視します(図4参照)。振動加速度の周波数は,車輪の踏面勾配や走行速度にもよりますが,概ね2Hz~3Hz程度です。上記の蛇行動検知以外の加速度監視方向は上下で,これに加えて左右方向を監視するなら2個の加速度計が必要になります。しかし,感度方向を図5のように例えば45°傾けると得られる波形は上下方向と左右方向の合成波形が得られます。今まで述べてきたように,軸ダンパ監視は14Hz,空気ばねパンク監視は4.4Hz,脱線監視は大きな加速度,蛇行動は2Hz~3Hzと合成波形でも切り分けることができるため,1個のセンサで検知ができそうです。
 ここまで,営業走行時の異常検知を想定していましたが,蛇行動以外は構内走行試験の結果なので,車両基地内等での検修にも役立ちそうです。

  • 図4 蛇行動波形の例
    図4 蛇行動波形の例3)
  • 図5 上下と左右に感度を持つ加速度センサ取り付け
    図5 上下と左右に感度を持つ加速度センサ取り付け

おわりに

 1台車に1個の加速度計があれば,安全性や乗心地に直結した台車部品の不具合や走行状態のいくつかを同時に監視できそうなことを紹介しました。
 今後,さらに実験を行い異常判定しきい値の検討などを進めてゆくと共に,検知できる事象を広げていきたいと考えています。

参考文献

1) 安永, 車両重量が台車状態監視手法に与える影響,No.19,Apr.2012
2) 城取岳夫, 安永年広, 簡潔なシステムによる鉄道車両の状態監視の可能性について(上下系部品の異常検知),J-Rail2010,pp.481-482,2010
3) 松井他,高速鉄道の研究 V.3章蛇行動, 研友社,1967.

(車両構造技術研究部 主任研究員 城取岳夫)

[研究&開発]鉄道車両エネルギー計算システムの開発

はじめに

 温室効果ガス排出量削減や電力消費量削減が求められる中,鉄道の消費エネルギー削減への取り組みに向けて,まずは鉄道運行に伴う消費エネルギーを正確に把握・予測することが求められます。鉄道車両の走行による消費エネルギーは,車両の種類,路線の状況,ダイヤの設定などによって影響を受けます。例えば,電力回生を行うことで省エネルギーになることは広く知られています。そのため,最近ではバッテリーを用いたハイブリッド車両により省エネルギー化を図る研究開発が多く行われています。また,運転方法によって消費エネルギーは大きく変わってくるため,以前にも増して鉄道の省エネ運転に対する取り組みが行われています。これら省エネルギー施策の効果を評価する有効な手段として,エネルギー計算シミュレーションの活用が挙げられます。現車を使用した走行試験では,新しい技術を採用した車両の試作コスト,走行試験実施の際の鉄道事業者の負担,気象条件や運転方法などの条件統一が容易ではないなどの課題があります。そこで,エネルギー計算シミュレーションならば,これらの課題に制約を受けない検討ができます。
 鉄道総研では,バッテリーを搭載したハイブリッド車両も含めて,様々な車両のシミュレーションに対応した汎用型の鉄道車両エネルギー計算システム「Hybrid-Speedy」(以下,「汎用エネルギー計算システム」)を開発しています。以下にその概要を紹介します。

様々な車種への対応

 開発した汎用エネルギー計算システムは,様々な機器モデルを持っており,図1に示すような電車,気動車といった既存車両はもちろんのこと,ディーゼルハイブリッド車両やバッテリー電車などのシミュレーションも行うことができます。特に,ディーゼルハイブリッド車両は機器の構成に応じて,シリーズハイブリッド方式,各種のパラレルハイブリッド方式などが提案されていることから,これらの車両に広く対応できる構成としました。
 シリーズハイブリッド方式は,ディーゼルエンジンと発電機を組み合わせたディーゼル発電機によって電気を発生させ,ディーゼル発電機と蓄電装置を組み合わせた電源により,モータを駆動する電車に近いシステムです。また,パラレルハイブリッド車両は,気動車に近い機器構成です。同じパラレルハイブリッド方式でも,エンジンにモータを接続した方式や,トルクコンバータを使用せず変速機にモータを接続した方式などが開発されており,本システムはいずれにも対応します。

  • 図1 ハイブリッド車両の機器構成
    図1 ハイブリッド車両の機器構成

計算の仕組み

 開発した汎用エネルギー計算システムは,図2のように,車両・機器・線路の条件を入力すると,時々刻々の位置・速度・SOC(バッテリー残量)などを計算し,各駅間や全体の所要時間・消費電力量・燃料消費量・排出ガス排出量などが計算される仕組みとなっています。
 また,ハイブリッド車両による環境負荷改善効果を評価するときには,消費電力量や燃料消費量などが駅間距離や勾配の状況によって大きく変わってくることを踏まえて,列車の走行の仕方を適切に再現する必要があります。実際の線路データで実際の運転を模擬して走行できるように,この汎用エネルギー計算システムは,鉄道総研が開発し,いくつもの鉄道事業者で列車ダイヤを決めるための走行時間の計算に使用されている運転曲線作成システム「Speedy」をベースに構築されています。このため,実際の線路の情報に基づいて勾配や速度制限なども忠実に再現してシミュレーションができるだけでなく,ハイブリッド車両が導入されたときのダイヤ作成にもそのまま使用できるシステムになっています。
 図3に示すのが,走行シミュレーションの結果を示した運転曲線の画面です。横軸を距離として,縦軸に速度・SOC・経過時間の変化が表示されます。また,線路の情報として,駅の位置・勾配・曲線・信号・踏切などの情報が表示されます。これらによって,ハイブリッド車両の走行状態が分かるようになっています。

  • 図2 走行シミュレーションの入出力
    図2 走行シミュレーションの入出力
  • 図3 ハイブリッド車両の計算例
    図3 ハイブリッド車両の計算例

活用の事例

 開発した汎用エネルギー計算システムは,省エネ運転の効果の評価にも使用できます。電車を対象として,ブレーキの強弱による影響を比較した例を紹介します。同じ走行区間に対する走行時間が変われば消費エネルギーが変わってきますので,同じ走行時間で走ったときの評価が必要です。このような評価が行えるよう,同じ走行時間となるように力行時間を調整する機能も開発中です。このようにして計算した結果を図4,図5に示します。ブレーキが弱い場合には,減速に時間がかかりますので,その代わりに加速時間が長くなり力行に要する電力量が増加します。しかしながら,ブレーキが強い場合には,回生ブレーキだけでは負担できなくなりますので,機械ブレーキの割合が増加し,回生電力量はあまり得られません。この結果,ブレーキが弱い方が2割ほど消費電力量が少なくなっています。このことから,早めに力行ノッチオフする走り方が,一概に省エネになるとは言えないことが分かります。

  • 図4 電車の省エネ運転の検討例
    図4 電車の省エネ運転の検討例
  • 図5 電車の省エネ運転の計算結果
    図5 電車の省エネ運転の計算結果

おわりに

 開発した汎用エネルギー計算システムは,ハイブリッド車両のような新しい車両の消費エネルギーの評価や,既存車両に対しての省エネ運転の評価など,鉄道車両の省エネルギー化に寄与することが期待されます。

(車両制御技術研究部 動力システム 副主任研究員 小川知行)

[研究&開発]運転士の眠気を防止する―対処法あれこれ―

はじめに

 今日の鉄道は,自動列車停止装置ATS(Automatic Train Stop),自動列車制御装置ATC(Automatic Train Control)などの保安装置の整備により,運転士の眠気による注意力の低下が重大な事故に直結する可能性は大幅に減っています。しかし,ダイヤ通りの運転をするのに注意力は欠かせませんし,運転速度規制下等では運転士の注意力に頼っている現状もあります。眠気防止は,鉄道の安全・安定輸送のためには軽視できない問題です。

眠気の発生メカ二ズム

 眠気への対処法について述べる前に,眠気が発生するメカニズムについて簡単に説明します。

(1)生体リズムによる眠気

 人の体は,サーカディアンリズムと呼ばれる,およそ24時間周期の体内時計にしたがった覚醒-睡眠のリズムを持っています。朝方になると体温を徐々に上昇させて活動を開始し,夜になると体温を低下させ,休止状態に入ります。私たちが夜になると眠くなる原因の一つは,この生体リズムによるものです。24時間周期の他にも,12時間周期,2時間周期などのリズムによっても眠気は発生します(図1)。この覚醒-睡眠のリズムは,強い光を浴びることや,社会的な活動,食事等によって調整されることが知られています。

  • 図1 各時間帯における眠気の強さ
    図1 各時間帯における眠気の強さ

(2)睡眠不足・疲労の蓄積による眠気

 長時間,眠らないと眠くなるのはなぜでしょう。これは,普段から体内にある睡眠物質が蓄積していくためであると言われています。家でごろごろしていても,ずっと起きていると眠くなるのはこのためです。後述するように,睡眠不足は眠気の発生に強く影響するので予防のためには最も重要です。疲労も眠気を起こす原因の一つです。例えば,休日などの運動は大変良いことですが,起床後もその疲れが残ったままでいると,日中に眠気を催すことになります。

(3)単調な作業環境や作業状況による眠気

 十分な睡眠をとり,眠くなりにくい時間帯に作業していても,状況によっては眠くなることがあります。ある鉄道会社で運転中の眠気を調査したところ,「変化が乏しい」区間,「注意箇所を通過した後」の区間で,眠気の訴えが多くみられました(表1)。これらは作業環境や状況が単調,若しくは気の緩みによって起こる眠気です。

  • 表1 眠気の発生要因のうち単調に関連するもの(一部抜粋)
    表1 眠気の発生要因のうち単調に関連するもの(一部抜粋)

眠気の予防対策

 一般に,眠気防止策の効果が長時間持続するような方法はないと言われています。このため,まずは,運転中になるべく眠くならないように,良質の睡眠をとるなど,生活習慣を改善して,普段のコンディションづくりに取組むことが重要です。紙面の都合上,多くを述べることはできませんが,ここでは,厚生労働省による睡眠指針を参考としたポイントをいくつかご紹介します。

(1)快適な睡眠は自ら創り出す

 寝室は,静かさと暗さを保つことが重要です。自宅では遮光カーテンなどで光をさえぎり,静かな環境を確保できるように,家族の協力を得て睡眠環境を整えることが大切です。また,睡眠薬代わりの寝酒は,寝付くまでの時間を短くする効果はありますが,睡眠の質を悪くするので注意が必要です。

(2)寝る前のリラックス法

 人間の生体リズムの仕組み上,風呂に入って身体が温まった後で,だんだん体温が下がることで,覚醒状態から睡眠状態に移行しやすくなります。その一方,熱過ぎる風呂に入ると体温が下がりにくく,むしろ寝つきを悪くしてしまいます。

(3)目が覚めたら光を取り入れて,体内時計をスイッチオン

 人間は光を浴びて体内時計をリセットしているため,就寝前に明る過ぎる光を見ると,睡眠状態に入りにくくなってしまいます。寝る前に,テレビやパソコンなどを長時間見ることは避けましょう。

(4)睡眠障害は専門家に相談

 寝付けない,熟睡感がない,充分な時間眠っても乗務中の眠気が強い時は要注意です。睡眠障害は,睡眠時無呼吸症候群(SAS)のような体の,また,心の病気のサインのことがあります。

眠気の対処方法―それでも眠くなってしまったときには―

 過度の眠気の発生を防ぐには,前述のように,普段のコンディションづくりが重要です。しかし,それでも眠くなってしまった場合はどうすればよいでしょう。我々の研究室でもいくつかの方法について検討しました。どれも一時的には,眠気防止効果が認められました(図2)。しかし,残念ながら,その効果が長時間持続する確実な方法はありませんでした。このため,自分なりに工夫して,あの手この手でしのぐしかありません。ポイントは,意識を変える,姿勢を変える,環境を変えるなどのように「状況を変える」ことです。運転中にできるものもあれば,運転前にできるものもあります(図3)。

  • 図2 各対処方法による眠気防止効果
    図2 各対処方法による眠気防止効果
  • 図3 あの手この手で一時的な眠気に対処
    図3 あの手この手で一時的な眠気に対処

(1)窓を開けて外気をとりこむ

 窓を開けることで,冷たい外の風を浴びる,空気を入れ換える,音などの刺激を取り入れる,などの効果によって,意識をはっきりさせます。

(2)指差喚呼をはっきりと行う

 指差喚呼を大きな声で,ひじをしっかり伸ばして行うことは,作業に対する意識付けを高め,ヒューマンエラー防止に役立つだけでなく,眠気に対処することにも有効です。

(3)姿勢を変えて運転する,体操をする

 椅子を高くして,あるいは立って運転するなどして,足腰の筋肉を使うことも,眠気を抑えるのに効果的です。停車時に,運転席で簡単に行えるストレッチ体操などを行うことでも効果があることが実証されています。

(4)その他

 運転前に,ガムなどを噛むことでも覚醒レベルが一時的に高まります。冷たい水で顔を洗ったり,タオルやウェットティッシュで拭いたりして皮膚に刺激を与えることでも一時的な効果があるといわれています。
 眠気を防ぐために自分なりに工夫して実践することは,ベストコンディションを保つプロの技の一つと言えるでしょう。

眠気を捉えてトラブルを防ぐ

 人は眠くなった時,現在,自分がどの程度眠気を感じ,どの程度危険な状態にあるかを客観視する力も低下します。このため,眠気を覚えた時に,自分なりの対処法をとらずに手遅れになってしまうこともあります。そこで,眠気のレベルを機械によって検知して,警報を鳴らすなどのハード面の対策も考えられます。近年,自動車分野では技術開発が進み,その実用化が図られているものもあります。鉄道総研においても,外部の力を活用しながら,画像処理技術を用いた眠気のモニター技術の開発に取組んでいます(図4)。

  • 図4 眠気評価に関する検討の様子
    図4 眠気評価に関する検討の様子

(人間科学研究部 人間工学 主任研究員 水上直樹)