駅の音環境に関するアンケート調査と評価実験

1.はじめに

 内閣府の高齢社会白書1)によれば,2025年には65歳以上の人口割合は日本の全人口の30%を超え,その一方で生産年齢人口は減少すると推定されています.このように少子高齢化が進み,昨今の駅機能情報が多様化する中で,聴覚の衰えた多くの高齢者の駅利用に際しても音声情報伝達の質の向上が望まれています2).筆者らは,高齢社会に対応した駅空間の音環境設計手法の整備を目指し,高齢者にも配慮した駅の音声情報提供手法に関する研究に取り組んでいます.本稿では,その研究成果の一部として,駅の音環境の現状と課題に関するアンケート調査の結果と,実駅での案内放送に関する被験者実験の結果を紹介します.

2.駅の音環境の現状認識と課題に関するアンケート調査

 駅の音環境に関する現状把握を目的に,乗車人員が20万人以上の首都圏の駅の中から6駅を選出し,主に乗り換えにそれらの駅を利用している高齢者と非高齢者のそれぞれ103名を対象として,計1236名に対するWebアンケート調査を実施しました.この結果の一部として,「気になる音」として挙げられた音源の種類とその理由を図1及び図2にそれぞれ示します.これらの結果から,「案内放送」は利用者が駅で気になる音源の一つとして捉えられており,その理由は「うるさい」,「聴き取りにくい」が76 %を占めています.その一方で,「案内放送」については「良い・助かる」という評価も10 %程度みられますが,その理由の全ては「放送の内容が聴き取れる/理解できるため」と記されていました.また,この傾向は高齢者と非高齢者の両群で同様の傾向が見受けられました.
 以上より,現状の駅空間において利用者が気になっている主な音源は「案内放送」で,情報を理解しにくい(聴き取りにくい)放送は好ましくない音として利用者に認知されることがわかりました.案内放送は「情報が適切に利用者に伝わること」が最も重要な役割ですが,駅空間においてその役割を果たすためには大いに改善の余地があるといえます.


  • 図1 「気になる音」として挙げられた音源の種類
    図1 「気になる音」として挙げられた音源の種類
  • 図2 「案内放送」が気になる理由・評価
    図2 「案内放送」が気になる理由・評価

3.実駅における案内放送の聴き取りにくさに関する被験者実験

 案内放送の適切な音量を定量的に把握するために,Webアンケート調査の回答者の中から17名の高齢者に協力して頂き,前述のWebアンケート調査で対象とした6駅の中から空間の音響特性が異なる2駅(O駅とY駅)を抽出し,これらの駅で案内放送を模擬した実験用アナウンス(以降、「模擬アナウンス」と記す)を用いた被験者実験を実施しました.案内放送のうるささ及び聴き取りにくさとSNR(Signal to noise ratio:本報ではアナウンス音の受聴レベルと周囲の騒音レベルの差異を意味します)の関係について,実験結果の一部を図3及び図4に示します.これらの図の横軸はSNR,縦軸は聴き取りにくいと回答した人の割合を表しています.図3より,SNRが-6 dBから+8 dBの範囲では,同じSNRでもO駅よりもY駅の方が聴き取りにくいと感じる人が多いことがわかり,空間の音響特性の差異が聴き取りにくさに影響を及ぼすことがうかがえます.図4では,SNRが+8 dB以上あれば案内放送を聴き取りにくいと判断する人は約10 %まで下がり、一方,SN比が+6 dB以下で案内放送に対してうるささが生じる人の割合が20 %を下回ることが示されています.
 この実験結果から,案内放送のSNRを+6 dBから+8 dBに設定することが,駅の音響情報提供において一つの目安となると考えられます.このように,駅で音声情報を適切に提供するには,案内放送のうるささと聴き取りにくさの観点から総合的に検討する必要があります.


  • 図3 駅の違いによる聴き取りにくさの評価
    図3 駅の違いによる聴き取りにくさの評価
  • 図4 うるささと聴き取りにくさの関係(O駅)
    図4 うるささと聴き取りにくさの関係(O駅)

4.むすび

 本稿で紹介した研究成果によれば,駅の音環境の快適性を高めるためには案内放送の情報伝達性を高めることが重要であり,これを達成するにあたっては,周囲の騒音レベルをできる限り抑制し,適切な聴取レベルで案内放送を提示しなければなりません.案内放送の聴き取りにくさは空間の音響特性の影響を受けることから,有害な反射音や残響過多などの音響障害を防ぐための空間の吸音処理対策が有効となります.さらに,空間の音響特性に応じた適切な発話速度やポーズなど,スピーカから再生する音声信号の特徴と聴き取りにくさの関係も重要な検討項目です.今後も引き続き,これらに関する知見を深めるための実験や調査を実施し,高齢者にも配慮した音声情報提供手法の開発を目指します.

【参考文献】

1) 内閣府:平成24年版 高齢社会白書, 2012.7.
2) 橘秀樹:Public-space acoustics:公共空間における音響情報の重要性, 日本音響学会秋季研究発表会講演論文集, pp.1131-1134, 2013.9.

(記事:辻村壮平)

塩沢雪害防止実験所の紹介

1.はじめに

 気象防災研究室では、これまで施設研究ニュースをとおして、寒冷・雪害研究の一端を紹介してきましたが、これらの研究に関わる実験や観測の多くを担っている塩沢雪害防止実験所(図1)については紹介の機会が無かったため、今回改めて紹介させて頂くことにしました。実験所は、昭和23年1月に開設され、現在は防災技術研究部気象防災研究室の実験施設として運用されていますが、防災にかかわらず車両、電力、信号・通信、構造物など、各分野の寒冷・雪害に関する現象解明や対策効果の評価試験なども行っています。本号では、これら各種試験にかかわる観測設備や試験設備を紹介します。


  • 図1 塩沢雪害防止実験所
    図1 塩沢雪害防止実験所

2.観測設備

 塩沢雪害防止実験所では、雪氷現象に関わる基礎データを取得することを目的に気象・積雪全般にわたる観測を行っています。観測項目は気温、湿度、気圧、降水量、風向風速、日射量、長・短波放射量、積雪深、積雪重量および融雪水量です。これらの観測結果は構内の露場で実施する各種試験の環境データとなる他、環境の変化を知るための資料として用いています(図2)。


  • 図2 最大積雪深の変化
    図2 最大積雪深の変化

3.試験設備

(1)低温実験室

実験所には2つの低温実験室(第1低温実験室・第2低温実験室)があります。このうち第1低温実験室は、広さがL:8.5m×W:3.0m×H:2.5mであり、室内温度を-30℃~+10℃の範囲で±1℃の精度で制御することができます(図3)。低温実験室では、融雪器の性能評価試験、着氷雪の成長再現試験、架線着霜再現試験など、雪や氷に関係する各種試験を行うことができます(図4、5)。なお、冬期に自然積雪を採取して第2低温実験室(室内温度-27~-29℃)に通年保管しており、無積雪期でも雪を用いた試験を行うことができます。


  • 図3 第1低温実験室
    図3 第1低温実験室
  • 図4 着霜再現試験の状況
    図4 着霜再現試験の状況
  • 図5 融雪水の浸透試験の状況
    図5 融雪水の浸透試験の状況

(2)低温・高速回転円盤装置

 低温・高速回転円盤装置では、室内温度を-30℃~0℃の範囲で制御できる低温実験室内に設置された直径5mの円盤を回転させることにより、最高200㎞/hまでの速度下で発生する現象を再現することができます。例えば、円盤の下に車両床下模型を取り付けて回転させることにより、列車走行を模擬し、雪質の違いが舞い上がりに及ぼす影響などの評価試験を行うことができます(図6)。


  • 図6 低温・高速回転円板装置
    図6 低温・高速回転円板装置

(3)排雪力測定試験装置

 排雪力測定試験装置では、走行台車に車両模型などを懸垂したまま最高速度40m/s(144km/h)で走行させることができます(図7)。例えば、本装置にスノープラウ模型を取り付け、走行路内に設置したスノーベットに模型を突入させる方法で排雪走行状況を再現し、排雪走行時に車両が受ける走行抵抗や飛雪分布の評価試験を行うことができます(図8)。


  • 図7 排雪力測定試験装置
    図7 排雪力測定試験装置
  • 図8 排雪走行する模型プラウ
    図8 排雪走行する模型プラウ

(4)空気圧射出装置

 空気圧射出装置(空気砲)は質量3kgの雪塊を速度300km/h以上で射出する能力を有します(図9)。本装置を用いて雪塊をバラスト軌道に対して射出することで、高速で走行する車両からの落雪によるバラスト飛散状況を再現することができます(図10)。また、バラストを車両床下機器などに対して射出することで機器の耐力確認試験を行うことができます。なお、空気砲は可搬型であり、工場内の敷地や実際の軌道で試験を行うことができます。


  • 図9 空気圧射出装置を用いたバラスト飛散試験の状況
    図9 空気圧射出装置を用いたバラスト飛散試験の状況
  • 図10 バラスト飛散状況
    図10 バラスト飛散状況

4.おわりに

 今回は、塩沢雪害防止実験所の主な試験設備について紹介しました。今年度は、斜面積雪の融雪現象や融雪水の土中内への浸透現象の観測を行うために新たな試験盛土を構築する予定です。今後、これらの試験設備を使用した研究を含め、気象災害防止に関する研究成果を紹介していきます。

(記事:宍戸真也)

大規模並列計算による車輪/レール間の転がり接触挙動の解析

1.はじめに

 鉄道車輪の転動時に車輪/レール間で発生する衝撃荷重は,接触面での摩耗や損傷のみならず,まくらぎやバラスト層,さらにはその下の構造物にまで伝わり,軌道の劣化を引き起こす要因となります.例えば,車輪のフラットやレールの波状摩耗,バラストの摩耗や軌道の沈下など,車輪/レールおよびバラストに生じる種々の損傷がありますが,これらの理論的な発生メカニズムは未解明な点が多くあります.そのため,車輪/レール間の衝撃荷重を詳細に評価することは,メカニズムの解明や有効な対策法を検討する上で有益な情報となります.そこで,本研究では大規模並列計算が可能な三次元有限要素解析が可能なプログラムを構築しました.

2.解析ツールの概要

 ベースとなるプログラムは東京大学の奥田教授が開発した三次元有限要素法プログラム“FrontISTR”です.本研究では車輪/レールの転がり接触問題を取り扱えるよう,FrontISTRの機能を拡張しました.解析では,車輪を速度ゼロから加速して所定の速度を得るための助走区間と,レールの表面不整等をモデル化してコンタクトパッチの詳細な評価を行うための評価区間に分けて計算を行います.ただし,本稿ではプログラム検証のため,助走区間かつ弾性解析での計算結果のみを示しています.
 助走区間では車輪を加速するために,通常は数キロ単位のレール長が必要です.助走区間が長ければ計算負荷が高くなるため,現実的な時間での計算が難しくなります.一方で,助走区間では車輪の加速が主目的のため,車輪が通り過ぎた後のレールの挙動を解析することは不要です.そこで,助走区間で使用するレールモデルの長さを短く抑えるため,図1に示す連続的に転動を再現できるレールモデル(キャタピラメッシュ)を開発しました.これは,まくらぎ間隔程度のレール長を1ブロックとしたレールの部分モデルを用意し,複数ブロックを連結してレール全体を再現するものです.車輪通過後の最後部のブロックは,変位や応力を初期化した上で先頭部に移動します.これにより,限られたレールモデルで車輪の転動を連続的に計算することが可能となります.ただし,短いレールモデルを使用した場合,車輪のレールの接触部で発生した弾性波がレールモデルの最外方端部で反射して計算結果に影響を与える恐れがあるため,本研究ではレール両端部の1または複数ブロックにレーリー減衰を与える機能を開発しました.また,接触計算においては接触する車輪とレールの節点が並列計算の領域分割で常に同じ計算領域となるように,車輪の転動に伴って逐次再領域分割が行われるようにしています.


  • 図1 キャタピラメッシュの概念図
    図1 キャタピラメッシュの概念図

3.計算モデルと計算条件

 車輪およびレールの材料定数は,新幹線車両の車軸と車輪の鋼材,および60kgレール用鋼材の値としました.モデルの全体図を図2に,諸元を表1に示します.負荷条件として,車軸中心に50kNの輪重を集中荷重で与え,車軸の表面にトルク相当の集中荷重を付加しました.境界条件として,車軸の対称面の節点は長手方向を拘束し,レール底部の節点は完全拘束としています.


  • 図2 計算モデルの全体図
    図2 計算モデルの全体図
  • 表1 モデルの諸元
    表1 モデルの諸元

4.計算結果

 図3は,時速15kmでの接触部近傍の各種応力分布です.各図は全て,転動中の車輪をレールとともに車軸長手方向から見た接触領域の断面図を示しています.図中の最大応力値や分布から,定性的に妥当な結果が得られました.図4は,時速5,10および15kmでのレール頭頂面におけるコンタクトパッチの鉛直方向垂直応力で,車輪は図中の左から右に向かって進行します.最大応力値は800MPa程度で推移しており,本手法によって安定した計算が可能であることを示しています.一方,パッチの応力分布に着目すると,接触状態は時々刻々と複雑に変化していることがわかります.今後はコンタクトパッチ部における固着/すべり等の詳細な評価を行うとともに,計算精度を高めるための検討を行っていきます.


  • 図3 接触部近傍の応力分布(鉛直方向垂直応力[引張:正],せん断応力およびミーゼス相当応力)
    図3 接触部近傍の応力分布(鉛直方向垂直応力[引張:正],せん断応力およびミーゼス相当応力)
  • 図4 コンタクトパッチの鉛直方向垂直応力[圧縮:正](時速5km,時速10kmおよび時速15km)
    図4 コンタクトパッチの鉛直方向垂直応力[圧縮:正](時速5km,時速10kmおよび時速15km)

5.おわりに

 機能を拡張したFrontISTRを用いて,車輪の動的転がり接触解析が安定的に計算可能であることが確認されました.今後は車輪の加速を継続するとともに,他の数値解析結果との比較による計算結果の検証や,レール表面に波状摩耗や溶接継ぎ目等を模した不整を取り入れたモデル,レール下部に軌道パッドやまくらぎ,バラスト層を再現する構造を付加し,実現象との比較を行います.

謝辞

 本研究は,東京大学奥田洋司教授,および株式会社先端力学シミュレーション研究所と共同研究で実施したものです.ここに深く感謝の意を表します.

(記事:坂井宏隆)