高さ調整板を用いたスラブ軌道用レール締結装置の高低調整

1.はじめに

 近年,明り区間のスラブ軌道で用いられている直結8形レール締結装置において,路盤変状が原因で軌道面整正の際にレールの高さ調整量が不足するケースが生じています.これに対し,既存の軌道スラブを「増厚軌道スラブ」に交換することが新たな対策として検討されています(図1).

 増厚軌道スラブへの交換は,少量の枚数に分割して,軌道整正を行いながら実施する必要があります.このため,既設の軌道スラブにおいて,設計量を超過するレールの高さ調整が求められる可能性があります.本稿では,増厚軌道スラブへの交換時に生じる一時的な高低差を簡易かつ低コストに解消するための高さ調整方法とその適用性について検討しました.

  • 図1 増厚軌道スラブの概要
    図1 増厚軌道スラブの概要

2.高さ調整板による調整方法

 本稿では,施工性および経済性を考慮し,タイプレートと絶縁板の間に高さ調整板を積層して調整する方法を提案します(図2).高さ調整板の材料は,過去の実績および入手性を考慮して,鋼板(SS400),SMC板(Sheet Molding Compound),およびアルミ板(A5052)の3種類を選定しました.調整板の寸法は,タイプレート底面と同じ寸法とし,1枚あたりの厚さは10mmとしました.なお,各調整板の表面処理方法については,ブラストの有無を設定したものの,本稿ではブラスト有りの結果のみを示します.

  • 図2 直結8形レール締結装置と高さ調整板の積層例
    図2 直結8形レール締結装置と高さ調整板の積層例

3.静止摩擦係数と横圧強度の判定値

 各調整板の静止摩擦係数を把握するため,図3に示す横圧載荷試験を実施しました.調整高さは20mmとしました.表1に得られた静止摩擦係数を示します.表1の結果を基に,各調整板について横圧強度の判定値を算定しました(表2).設計上の輪重および横圧は85kNおよび68kNとしています.横圧載荷試験で得られる横圧強度は,表2の判定値以上の値が必要となります.

  • 図3 横圧載荷試験の状況
    図3 横圧載荷試験の状況
  • 表1 静止摩擦係数
    表1 静止摩擦係数
  • 表2 横圧強度の判定値
    表2 横圧強度の判定値

4.性能確認試験と評価

4.1 横圧強度

 高さ調整量について,60mmおよび100mmの2ケースを設定し,前章と同様の方法で横圧載荷試験を実施しました.なお,60mmは増厚スラブを施工した際に想定される最大調整量であり,100mmは増厚タイプレートを使用した際の最大調整量と同等の値です.表3に横圧強度の測定結果を示します.本結果より,全ての高さ調整板について,最大100mmの調整量で横圧強度を満足することを確認しました.そこで,次節に示す試験では,調整量が100mmの場合について検討しています.なお,本稿では詳細を割愛しますが,切削加工等によりタイプレート底面の平面性を向上させることにより,同じ高さ調整量でも表3の結果と比較して大幅に横圧強度が向上することを確認しています.

  • 表3 横圧強度の測定結果と判定結果
    表3 横圧強度の測定結果と判定結果

4.2 実軌道への適用性

 実軌道への適用性の確認を目的として,調整量が100mmの場合について,静的載荷試験および動的載荷試験を実施しました.図4に試験の実施状況および試験条件を示します.また,表4に動的載荷試験中のタイプレート変位量の測定結果を示します.いずれの種類の高さ調整板を用いた場合でも,載荷中におけるタイプレート変位は非常に小さく,実軌道への適用について問題がないことを確認しました.

  • 図4 静的・動的載荷試験の状況
    図4 静的・動的載荷試験の状況

4.3 総合評価

 以上の結果を踏まえ,高さ調整量が100mmの場合に横圧強度の判定を満足した3種類の高さ調整板について,横圧強度の試験結果に加えて,実際の使用を想定して重量および価格を評価した案を表5に示します.いずれの高さ調整板についても,横圧強度については実軌道への適用に問題はなく,重量や価格を勘案して選択することが可能です.

  • 表4 動的載荷試験中のタイプレート変位
    表4 動的載荷試験中のタイプレート変位

5.まとめ

 本稿では,直結8形レール締結装置について,調整板の積層によって高さ調整を実現する方法について検討し,選定した3種類の材料により最大100mmまでの調整が実現可能であることを確認しました.

 今回検討した高さ調整板は,増厚スラブ施工時において一定期間使用することを想定したものです.本方法を長期にわたり使用する場合は,使用期間においてタイプレートの変位等を綿密に検査するなどの留意が必要であると考えます.

  • 表5 各調整板の総合評価
    表5 各調整板の総合評価

(記事:玉川新悟)

模擬駅舎での案内放送の聴き取りにくさ評価実験

1.はじめに

 不特定多数の人々が利用する鉄道駅や空港などの公共空間では,音環境に関する問題点がこれまでにも指摘されています1)-3).昨今の情報の多様化に伴い,駅では電気音響機器を採用した情報伝達が一般的になっていますが,駅で使用される建築材料には耐久性が要求されるため,タイルや金属材のような音を反射しやすい材料が選定されることが多く,このように反射性材料が多く使用される駅では,残響過多でアナウンスの聴き取りが問題となりやすいことも指摘されています4).特に,聴覚の衰えた多くの高齢者の駅利用に際しても音声情報伝達の質の向上が望まれます.このような背景のもと,筆者らは,高齢社会に対応した駅空間の音環境設計手法の整備を目指し,高齢者に配慮した音声情報提供手法に関する研究に取り組んでいます.本稿では,その研究成果の一部として,鉄道総合技術研究所の模擬駅舎内で実施した案内放送の聴き取りにくさに関する聴感実験の結果を紹介します.

2.模擬駅舎の天井設置空間(評価実験の実施空間)の音響特性

 模擬駅舎の天井に無孔スパンドレルを仕上げ材に用いた条件(反射性天井)と,開口率19.7%の有孔スパンドレルに32kg/m3のグラスウール10mmを裏打ちし,さらにその背後層に同様のグラスウール25mmを設置した条件(吸音性天井)を設定しました.これらの空間の音響物理特性の測定を行い,各空間の音声伝送性能を検討しました(図1).被験者の聴取位置でSTI(Speech Transmission Index:音声伝達指標)を算出したところ,反射性天井は0.58,吸音性天井は0.76となり,天井は反射性より吸音処理した方がSTIは0.2程度高くなります.AIJES-S0002-2011の音声伝送性能評価基準5)によれば,本研究の反射性天井は3rd、吸音性天井は2ndで,天井吸音による音声伝送性能の向上が確認できます.

  • 図1 空間の音響測定時の音源と受音点の位置
    図1 空間の音響測定時の音源と受音点の位置

3.案内放送の聴き取りにくさに関する聴感実験

 前述の各天井を設置した空間で、音源スピーカから5m離れた位置に高齢者と非高齢者を被験者として立たせ(図1),提示された模擬アナウンスの聴感印象(アナウンス音の“うるささ”と“聴き取りにくさ”,“音環境の不快感”)を評価するよう教示を与えました.本実験では,模擬アナウンスと同時に、首都圏の駅のコンコースで録音した実駅の暗騒音を再生し,暗騒音レベルによる影響も検討しました.

 アナウンス音の提示レベルと“うるさい”と判断する人の割合の関係を図2に,SNR(Signal to noise ratio:本報ではアナウンス音の受聴レベルと周囲の騒音レベルの差異を意味します)と“聴き取りにくい”と判断する人の割合の関係を図3に示します.図2より,非高齢群より高齢群はうるささを感じやすい傾向がうかがえます.高齢群と非高齢群のいずれにおいても“うるさい”と判断する人がほとんどみられない提示レベルは,吸音性天井は80dB以下,反射性天井は65dB以下です.図3-a)は反射性天井の結果ですが,SNRが高くなると“聴き取りにくい”と判断する人の割合は減少するものの,同じSNRでも暗騒音レベルが高いほど“聴き取りにくい”と判断する割合は高くなります.反射性天井で,暗騒音レベル及び年齢属性に関わらず,ほとんどの人が聴き取りにくさを感じないためには,SNRが+14dB以上必要です.一方,図3-b)は吸音性天井の結果ですが,暗騒音レベル及び年齢属性によらず,SNRは約+8dBで“聴き取りにくい”と判断する割合は概ね10%におさまり,SNRが+10dB以上であれば,その割合は概ね5%未満となり,ほとんどの人は聴き取りにくさを感じないことがわかります.

 以上の実験結果を「音声放送による案内等の情報伝達性」と「駅の音環境のうるささ」の両側面から駅の案内放送の提示レベルについて考え方を整理します.首都圏の駅コンコースの暗騒音レベルは概ね60~70dBで,一部の駅では70dBを超える箇所もあります6).ここで,天井が反射性の場合を考えると,SNRが+14dB以上となるようにアナウンス音を再生しなければならず,比較的暗騒音レベルが低い空間でも74dB以上となります.しかし,このレベルでは“うるさい”という印象を利用者は感じるようになります.天井が吸音処理されていると,アナウンス音が80dBで再生されてもほとんどの人は“うるさい”という印象をもちません.さらに,この提示レベルであればほとんどの駅空間でSNRは+10dB以上確保されているため,利用者は“聴き取りにくい”という印象も受けません.

  • 図2 
    図2 "うるさい"と判断する人の割合
  • 図3 天井条件ごとのSNRと
    図3 天井条件ごとのSNRと"聴き取りにくい"と感じる割合の関係

4.むすび

 本稿で紹介した研究成果によれば,天井が反射性の場合に,年齢属性や暗騒音レベルに関わらず,利用者が聴き取りにくさを感じないためには,SNRを+14 dB以上に設定し,且つ,アナウンス音の提示レベルは65 dB以下を目標としなければなりません.一方,天井に吸音処理を施した場合は,アナウンス音に必要なSNRは+10 dB以上で,提示レベルを80 dB以下に音量を制御すればよいでしょう.

 今後も引き続き,空間の音響特性に応じた適切な発話速度やポーズなどのスピーカから再生する音声信号の特徴や,実際の駅空間で使用可能な吸音材料についても検討を進めます.

【参考文献】

1) 横山栄, 向井ひかり, 橘秀樹:公共空間の音環境に関する実測調査例, 騒音制御, Vol.23, No.4, pp.228-231, 1999.10.

2) 橘秀樹:音環境の技術展望, 環境技術, Vol.29, No.2, pp.149-156, 2000.2.

3) 橘秀樹:Public-space acoustics:公共空間における音響情報の重要性, 日本音響学会秋季研究発表会講演論文集, pp.1131-1134, 2013.9.

4) 中村ひさお:公共空間における音環境デザイン, 環境技術, Vol.31, No.6, pp.455-461, 2002.8.

5) 日本建築学会編:日本建築学会環境基準AIJES-S0002-2011都市・建築空間における音声伝送性能評価基準・同解説, 日本建築学会, 2014.

6) 伊積康彦, 藤井光治郎, 岩瀬昭雄:駅コンコースの音環境に関する実態調査と主観評価実験, 日本建築学会環境系論文集, No.660, pp.115-124, 2011.2.

(記事:辻村壮平)

「鉄道土留め擁壁の検査・修繕の手引き」
「鉄道土木構造物の健全度の判定手引き(土留め擁壁編)」の発刊

1.背景

 土留め擁壁は、全国に25万箇所以上存在する上に、多様な構造形式が存在します。土留め擁壁の検査実務は、「鉄道構造物等維持管理標準・同解説 基礎・抗土圧構造物(以下、維持管理標準と称する)」に従い実施されています。一方で、維持管理実務において重要な変状事例や対策事例、健全度の判定例などは、データの蓄積や検査技術の進歩を踏まえ、より新しいものに更新していく必要があります。以上の背景から、維持管理標準を補足する資料として「鉄道土留め擁壁の検査・修繕の手引き」(以下、検査・修繕の手引きと称する)と、現場における健全度診断の参考資料とする資料として「鉄道土木構造物の健全度の判定手引き(土留め擁壁編)<暫定版>」(以下、健全度の判定手引きと称する)を作成しました。

2.鉄道土留め擁壁の検査・修繕の手引き

①鉄道土留め擁壁の維持管理に関する委員会

 上記の背景のもとで、国土交通省の指導のもとで、鉄道構造物の検査実務者が日々の業務の中で参考資料として活用するための手引きを作成することを目的として、「鉄道土留め擁壁の維持管理に関する委員会(委員長:古関潤一 東京大学生産技術研究所教授)」が設立されました。委員会は平成21年度から平成24年度までに計7回実施し、最終成果を平成25年度に「鉄道土留め擁壁の検査・修繕の手引き」として取りまとめました。

②鉄道土留め擁壁の検査・修繕の手引きの概要

 検査・修繕の手引きの特徴は、(1)盛土・切土に構築された土留め擁壁の健全度診断の考え方を重点的に解説していること、(2)土留め擁壁の調査法について、非破壊検査手法を含む最新の調査法を記載していること、(3)措置が必要とされた構造物に対する措置選定の考え方を示したこと、(4)土留め擁壁の実態、変状・措置事例集を含むことなどです。図1に検査・修繕の手引きの目次を示します。

 (1)については、土留め擁壁の特性を踏まえた健全度診断の考え方として、変状原因を同定することが重要であり、そのための検査のポイントについて記載しました。特に、鉄道事業者から収集した変状事例では、水の影響により大規模な変状が生じる例が多かったことから、水の影響が顕著となり易い地形条件等について詳しく解説しました(図2)。

 また、土留め擁壁自体が健全でも、盛土や切土の変状に巻き込まれる形で土留め擁壁に変状が生じる場合もあり、その変状が列車走行安全性に影響を及ぼす場合もあります。このため、土留め擁壁、周辺のり面をひとまとまりの構造系と考える必要がありますが、このような擁壁に関する総合的な健全度判定の考え方も例示しました(図3)。

 (2)については、鉄道事業者に現場をご提供頂き、衝撃振動試験や小型起振器を活用した現地試験を実施し、これらの非破壊検査により振動特性を指標とした土留め擁壁の健全度診断が可能であることを確認しました。検査・修繕の手引きには、それらの結果とともに、各種試験法の手順を付属資料にまとめました。

 (3)、(4)については、鉄道事業者に変状・措置事例を提供頂き、監視手法や補修・補強事例をまとめた変状・措置事例集や、補修・補強工をまとめた補修・補強事例集を作成し、それらを検査・修繕の手引きの付属資料として取りまとめました。

  • 図1 検査・修繕の手引きの目次
    図1 検査・修繕の手引きの目次
  • 図2 集水地形の例(谷渡り部に構築される土留め擁壁)
    図2 集水地形の例(谷渡り部に
    構築される土留め擁壁)
  • 図3 総合的な健全度判定を要する土留め擁壁の例
    図3 総合的な健全度判定を要する
    土留め擁壁の例

3.鉄道土木構造物の健全度の判定手引き(土留め擁壁編)<暫定版>

 土留め擁壁に限らず、構造物の健全度を評価するためには、検査の経験や、構造物の変状に関する知識が必要ですが、維持管理に携わる者が健全度の判定をより円滑に行うためには、判定を支援するための分かり易い資料を作成することも重要です。

 このため、鉄道技術推進センターでは、橋梁、トンネル、擁壁ごとに維持管理標準に示されている健全度判定の例を図解で具体的に表現し、一部、変状事例の写真を併せて掲載した健全度判定の手引きを新たに作成しました。

 健全度の判定手引きでは、第1章において健全度の判定の手順・方法等の基本的事項について、分かりやすく取りまとめました。例えば、健全度の調査では、対象構造物の変状やその前兆を発見することが重要であることから、健全度の判定手引きでは、構造形式ごとに発生しやすい変状の例を示しました。石積・ブロック積壁の変状例を図5に、コンクリート擁壁の変状例を図6に示します。

 第2章では、構造形式ごとに生じやすい変状と、変状の程度に応じた健全度の判定例を図、写真とともに示し、調査時のポイントも併せて示しました。構造形式としては、鉄道土留め擁壁として数量が多いもたれ壁、重力式擁壁などのコンクリート擁壁、石積み壁などに加えて、比較的新しい構造形式である補強土擁壁や、河川、海岸沿いに構築される護岸擁壁などを対象としました。図7にもたれ壁を対象として沈下が生じた場合の健全度判定の模式図を示します。

 第3章では、土留め擁壁の変状は周辺環境の影響により、発生する事例も多いことから、土留め擁壁の変状が生じやすい周辺地形の状況、確認ポイントを示しました。特に、傾斜地盤上の土留め擁壁、軟弱地盤上の土留め擁壁、集水地形の土留め擁壁について、地形と発生しやすい変状の種別を取りまとめました。

  • 図5 石積・ブロック積壁の変状
    図5 石積・ブロック積壁の変状
  • 図6 コンクリート擁壁の変状
    図6 コンクリート擁壁の変状
  • 図7 もたれ壁に沈下が生じた場合の判定例
    図7 もたれ壁に沈下が生じた
    場合の判定例

4.まとめ

 鉄道土留め擁壁の維持管理実務に活用することを目的として作成した「鉄道土留め擁壁の検査・修繕の手引き」、「鉄道土木構造物の健全度の判定手引き(土留め擁壁編)<暫定版>」の概要についてまとめました。なお、これらの手引きの入手法については、鉄道技術推進センターにお問い合わせ下さい。

(記事:中島進)

補強盛土一体橋梁(GRS一体橋梁)の設計・施工マニュアルの公開

1.はじめに

 鉄道総研では,「橋台と橋桁が一体となったインテグラル橋梁」と「背面土を補強盛土とし,補強材を介して橋台と背面盛土が一体となった補強土橋台」を融合させ,新しい構造形式の橋梁である「補強盛土一体橋梁(GRS一体橋梁)」の開発を進めてきました.今回は,「補強盛土一体橋梁(GRS一体橋梁)の設計・施工マニュアル(暫定版)」を公開しましたのでご報告いたします.現在,鉄道技術推進センターの会員用HPよりPDF形式にてダウンロードが可能となっております.

2.GRS一体橋梁の概要

 橋梁と盛土の境界である橋台周りは,線状構造物である鉄道にとって弱点箇所の一つといえ,供用時や地震時などの異常時に変状が顕在化し,列車運行に支障を及ぼす場合がありました.このような背景から,鉄道総研では,橋桁・橋台・背面盛土の一体構造化による延命・耐震化に着目し,構造提案の段階から技術指導にあたって頂いた東京理科大学龍岡教授のご指導を仰ぎ,鹿島建設(株),鉄建建設(株),東急建設(株),(株)複合技術研究所,(株)クラレの5社と共同で, GRS一体橋梁の開発を進めてきました.

 GRS一体橋梁では,インテグラル橋梁の課題であった気温変動による上床版の伸縮に伴う背面盛土の沈下や土圧増加について,「背面土を補強土とする」ことで解決を図り,補強土橋台の構造的課題(維持管理の問題等)であった支承部について,「インテグラル橋梁化し支承を撤去する」ことで解決を図っております(図1).

 GRS一体橋梁の実証試験として実物大試験橋梁を構築し,基本的な構造形式を確立するとともに,その施工性を確認しました(図2).その後,構築した実物大試験橋梁を用いた計測・載荷試験から得られた研究成果を取りまとめ,「補強盛土一体橋梁 設計・施工指針(案)平成25年3月版」を作成しております.

 今回,GRS一体橋梁の普及促進のため,設計・施工指針(案)を基に,設計手法,施工方法について充実を図り,他の設計資料と名称を統一した「補強盛土一体橋梁(GRS一体橋梁)の設計・施工マニュアル(暫定版)」(以下,設計・施工マニュアル)を公開いたしました.広く利用を図りつつ,鉄道事業者の方々よりご意見を募ることを目的としております.

  • 図1 GRS一体橋梁の開発
    図1 GRS一体橋梁の開発
  • 図2 GRS一体橋梁の実物大試験橋梁
    図2 GRS一体橋梁の実物大試験橋梁

3.設計・施工マニュアルの概要

 設計・施工マニュアルは,「第1章 総則」,「第2章 設計」,「第3章 施工」の3章構成となっております(図3).

  • 図3 設計・施工マニュアルの目次
    図3 設計・施工マニュアルの目次

(1)対象構造物

 設計・施工マニュアルで対象とするGRS一体橋梁は,壁体,上床版,補強材およびセメント改良アプローチブロックによって構成される直接基礎形式のGRS一体橋梁を基本としております.斜角を有する場合には適用することができません.

(2)適用範囲

 設計・施工マニュアルでは,①橋長が20m以下,②橋梁部がRC構造,であるGRS一体橋梁を基本としております.

 また,「土構造標準」に示される盛土支持地盤条件と「基礎標準」に示される直接基礎の支持地盤条件を満足するGRS一体構造については,設計・施工マニュアルによることでその設計を行うことができます.支持地盤条件を満足しない場合には,「土構造標準」と「基礎標準」に準じて特殊な設計条件の検討を別途追加するか,支持地盤の対策工等を併用したうえで,適用することができます.

(3)性能照査の考え方

 GRS一体橋梁の性能照査は,施工時および設計耐用期間中に想定される作用(永久作用,変動作用,偶発作用)を,要求性能に応じて,適切な組合せのもとに考慮しなければなりません.

 GRS一体橋梁の性能照査に用いる設計作用の組合せは,構造的な特徴によりRCラーメン高架橋と補強土橋台を合わせた解析モデルおよび作用となることから,「コンクリート標準」におけるRCラーメン高架橋の作用組合せと,「土留め標準」における補強土橋台の作用組合せを基に,関連する設計標準に則って必要な作用を設定しております.

4.おわりに

 本マニュアルは,一定期間の公開後,利用者のご意見を反映した形で「暫定版」を削除し,「補強盛土一体橋梁(GRS一体橋梁)の設計・施工マニュアル」として公開する予定です.

 設計・施工マニュアルが,GRS一体橋梁の設計・施工の一助になれば幸いと考えております.なお,本工法の適用にあたりましては,事前に基礎・土構造研究室までご連絡いただきますよう,お願い申し上げます.

(記事:佐々木徹也)

土留め標準講習会における主なQ&A

 鉄道構造物等設計標準・同解説 土留め構造物(以下,土留め標準)は平成24年1月に刊行され、以前は別々の設計標準で扱われていた抗土圧構造物と補強土構造物が統合され、土留め構造物として統一的に扱われるようになりました。本稿では、東京および大阪で開催した講習会の際に寄せられた質問と回答の中で代表的なものを抜粋してご紹介します。

番号No.1質問対象の条文3.2 要求性能
質問なぜ土構造物や擁壁にだけ「性能ランク」という区分けが存在するのか。
回答 土構造物や擁壁の場合,以下に示すような橋梁とは異なる性質があり,土構造物全体に要求する性能を先に考える必要があるため、性能ランクという区分けを使っています。
  • ①基礎構造物、コンクリート構造物と異なり,土構造物の場合,個々の部材の性能が全体系に影響を及ぼすことが少なく,土構造物全体で性能を定義する必要がある
  • ②土構造物の性能は材料の種類や締固め等の施工管理の品質に大きく影響され,性能照査設計においても重要度等に応じて仕様(盛土材料,施工管理のレベル)を定める必要がある
  • ③のり面工,排水工等は具体的な構造設計がされることは少なく,土構造物全体に要求される性能,重要度に応じて使い分ける必要がある
 なお,土構造標準には適合みなし仕様として,性能ランクⅠ,Ⅱ,Ⅲの盛土に対する主要な仕様・構成(盛土材料,路盤工,のり面工,排水系統,支持地盤)が示されています。  土構造標準に示される性能ランクと,耐震標準に示される耐震性能は考え方が異なり,1 対1 に対応するわけではありませんが,土構造物に要求される変形レベルと,橋台等の基礎の安定レベル(L2地震時)を整理すると以下のようになります。
番号No.2質問対象の条文4.4.2.3 地震時土圧
質問降伏震度が「2次すべり以下」となる場合,地震時土圧の簡易算定法のラインは0から2次すべりを結んだラインとはならないのか。また,これまで規定されていた水平震度の上限値(kh=0.7)が解除されたが,擁壁の断面や大きさが従来よりも大きくなることはないのか。
回答 p.76に記載のとおり,「永久作用による土圧(主働土圧)と設計水平震度における地震時土圧を水平震度に対して線形的に補間した値を簡易な地震時土圧として用いてよいものとする」としており,抗土圧擁壁や抗土圧橋台の最大応答震度が修正物部岡部式から求まる2次すべり発生震度よりも低い場合は2次すべりを結んだラインで問題ありません。ただし,本来であれば修正物部岡部式で求めた地震時土圧を用いることが重要で,ここで示している方法はあくまで簡易手法であり,地震時土圧を安全側に評価しています。 また,p.75に記載のとおり,従来の水平震度の上限値は背面盛土の軟化によりそれ以上の加速度が伝播されにくいことを便宜的に考慮したものでした。しかし,この処置により3次すべり面が水平震度0.7前後で発生する場合,わずかな土質諸数値の違いで土圧が大きく異なるという問題がありました。これを考慮し,本標準より水平震度の上限値を解除しました。一方,過去の検討事例を考慮し,3次以降のすべり面を考慮しないこととしたため,水平震度0.7以上の大地震において地震時土圧を合理的に評価できるようになりました。
番号No.3質問対象の条文4.4.2.3 地震時土圧
質問地表面以下の地震時土圧の作用のかけ方は,旧抗土圧標準と同一で良いのか。
回答 地震時土圧のかけ方について,旧抗土圧標準では地表面以下には慣性力を作用させないものとしていましたが,その後の検討により背面盛土からの地震時土圧は三角形分布に近いことが分かったため,本標準より背面盛土全体に慣性力を作用させることとしました。一方,前面の受働抵抗については,旧抗土圧標準では考慮しないことが一般的でしたが,前面土被り部が十分に締固められている場合には前面受働抵抗が期待できることがわかりました。そのため,本標準では適切な埋戻し材料の選定および施工管理が行われている場合に限り,前面受働抵抗を水平地盤ばねとしてモデル化することとしました。
番号No.4質問対象の条文8.5.4.2 切土補強土擁壁の安全性
付属資料20 地山補強材の引抜き特性について
質問地山補強材の極限周面摩擦力度τは,背面地山の土質諸数値(c,φ)から求める方法と,N値から求める方法が示されているが,実際にはどちらの方法で求めるべきなのか。
回答 両者の方法のうち低い値の結果を用います。一般的に,高土被りの場合にはN値から求める方法が小さくなり,低土被りでの場合には土質諸数値から求める方法が小さな値となります。ただし,地山のばらつきの影響を考慮して,いずれの方法でも実際の極限周面摩擦力度を安全側に評価することが多いです。そのため,当該地山において地山補強材の引抜試験を行い,実際の極限周面摩擦力度を確認することが重要となります。また,地山特性によっては,当該地山での引抜試験結果に基づいた極限周面摩擦力度を求めた方が経済的になる場合があります。

(記事:渡辺健治)