電力ニュース

2021年12月号

大規模蓄電装置を活用する“R1G”“R2G”による低炭素化

 2020 年10 月の菅首相(当時)の所信表明演説にて、「2050 年までに脱炭素社会を実現」の目標が言及されました。2021年10月には国の第6次エネルギー基本計画が閣議決定され、2030年の電源構成の見通しとして、従来20~22%程度の目標であった再生可能エネルギー(以降再エネ)の比率が36~38%程度に引き上げられました。再エネのうち、気象条件等による発電量の変動が大きい太陽光・風力の比率は20%程度と想定されています。電力の供給側、需要側の双方において、これらの変動を受容可能な電力システムの構築が求められており、蓄電装置がそのソリューションの一つとして期待されています。

 自動車分野においては、将来日本に5000 万台以上存在しうる電気自動車の電池を有効活用すべく、日中の太陽光を充電して電力需給調整に活用する低炭素化の方策である“V2G”(Vehicle to Grid)が検討されています。そこで、直流電気鉄道に大規模(MWhクラス)の蓄電装置を適用した上で、鉄道分野においても低炭素化に資する方策となり得る“R1G”(Rail one Grid)と“R2G”(Rail to Grid)について紹介します。

 R1G は電力系統側からの鉄道負荷や蓄電装置への供給(充電)のみによる電力需要調整、R2G は蓄電装置が蓄えたエネルギーを電力系統に放電することで電力の需給調整に活用する方式を意味します(図1)。蓄電装置は図1のように三相交流側、直流き電側のいずれかに連系します。

 R1G においては、通常の列車運行のみでは受容不可である再エネを、蓄電装置の充電を活用することで、再エネ発電活用を促進するとともに、朝夕の鉄道負荷のピークシフトを可能とします。また、蓄電装置は電力系統側が停電した際に非常用予備電源としての活用も可能です。R1Gでは放電は鉄道直流負荷に対してのみ行います。

 一方、R2G では鉄道直流負荷に加えて電力系統側に対しても余剰電力の放電(逆潮流)を行います。これにより、再エネ発電活用の促進とともに、電力会社側の需要ひっ迫時における放電電力を提供します。

 一般に走行より駐車の時間が非常に長い電気自動車と異なり、鉄道では再エネが発電しないラッシュ時間帯に確実な負荷電力量が存在するため、一方向の電力融通であるR1Gの方が有利となる可能性もあります。R1GとR2Gの効果の比較について、今後シミュレーション等により評価していく予定です。

 なお、本号のワンポイント講座において、最近よく使用される脱炭素化・低炭素化に向けた電力施策の用語の一部について解説していますので、上記と併せてご一読頂けると幸いです。

(記事: き電 小西 武史)

高速パンタグラフ試験装置を用いたHILSによる集電性能評価手法

 パンタグラフの集電性能を評価する上で、架線とパンタグラフの動的相互作用を考慮することが重要です。これまでに、架線の運動シミュレーションとパンタグラフの加振試験を融合したHILS(Hardware-in-the-loop simulation)を開発しました1)。しかし、このシステムで用いる加振装置は上下方向の定点加振を行うのみであり、架線とパンタグラフすり板とのしゅう動や、架線の偏位を表現できませんでした。

 一方、2020年に新設された高速パンタグラフ試験装置では、回転円盤を用いてトロリ線とパンタグラフすり板をしゅう動させながら、架線偏位を表現するための左右方向の加振や、架線の振動を表現するための上下方向の加振を、いずれも任意の波形を用いて行うことができるようになりました2)。そのため、高速パンタグラフ試験装置にHILSの機能を付加することによって、しゅう動や架線偏位を模擬しながら、架線とパンタグラフの動的相互作用を考慮した集電性能評価試験を実現できます。

 そこで、高速パンタグラフ試験装置に適用可能なHILSを開発しました(図1)。本HILSでは、回転円盤に取り付けられたトロリ線とすり板の間の接触力を測定し、この接触力を用いて架線運動のシミュレーションをリアルタイムで行います。シミュレーションによって得られたトロリ線の上下方向の変位と同じような動きをするように、回転円盤を上下方向に駆動します。さらに、走行速度と対応して回転円盤を回転させながら、実際の架線偏位に基づいて回転円盤を左右方向に加振します。これによって、しゅう動や架線偏位を模擬しながら、架線との動的相互作用を考慮したうえでパンタグラフの集電性能評価試験を定置で行うことが可能となり、パンタグラフ開発をより効率的に行うことができるようになります。

 HILS試験を、走行速度300 km/h、架線の支持点間隔50 mの条件で行った結果と、架線・パンタグラフ系の走行シミュレーションの結果との比較を図2に示します。架線偏位を表現しながら、支持点間隔で変動する現象を模擬できるため、パンタグラフ通過時の支持点におけるトロリ線押上量を評価できることがわかります。今後は、ハンガ間隔の変動に起因した現象を模擬できるようにHILSの機能向上を図ることで、より高精度な集電性能評価手法を開発する方針です。

〔参考文献〕

  1. 小林樹幸、山下義隆、臼田隆之、David P. STOTEN:多自由度架線モデルを用いた集電系ハイブリッドシミュレーション手法、鉄道総研報告、第32巻 第6号、pp.11-16、2018年6月
  2. 小山達弥:高速パンタグラフ試験装置の開発、鉄道総研報告、第35巻 第9号、pp.5-10、2021年9月

(記事: 集電力学 小林 樹幸)

エアセクションにおけるトロリ線断線防止用複合架線(AS複合架線)

 非常停止ボタンが押された場合など、列車はやむを得ず停車しなければならないことがあります。直流区間では、電源系統の異なる2本の電車線が平行に架設されたエアセクション(AS)と呼ばれる特殊箇所に電車が停車した場合、パンタグラフのすり板とトロリ線との間にアークが発生してトロリ線が断線することがあります(図1)。これを防ぐため、いくつかのハード対策が提案されてきましたが、高コストである、あるいはメンテナンスが困難であるなどの課題がありました。

 そこで、直流区間のシンプル架線を対象に、ASにおけるトロリ線断線防止用複合架線(AS複合架線)を開発しました。AS複合架線は、トロリ線上方50mm程度の位置に保護線を設け、両者を500mm間隔で取付金具により結合したシンプルな構造であり(図2)、通常の架線と同様に検測車によるトロリ線摩耗測定が可能です。これにより、低コストで省メンテナンスを実現しました。

 AS複合架線では、停車した電車のパンタグラフのすり板とトロリ線との間にアークが発生しても、アークの熱によりトロリ線が伸びて保護線に張力が移行することでトロリ線が降下し、すり板との間隙を解消することでアークを消弧するため、トロリ線断線を防ぐことができます(図3)。

 AS複合架線は通常の架線に比べて質量が増加しています。そこで、AS複合架線を実フィールドに架設し、集電性能の測定としてパンタグラフの離線時間が目安値以下であること、トロリ線に異常な摩耗が生じないことを確認しました(図4)。

 このように、AS複合架線は過大な離線や異常な摩耗を発生させることなく、ASのアークによるトロリ線断線を防止することができ、安全性の向上を図ることができます。

(記事: 電車線構造 近藤 優一)

在光切断法を用いたトロリ線摩耗測定時の太陽光による外乱軽減対策

 光切断法は、光の帯を測定対象に照射し、反射光をカメラで撮影して対象物のプロファイル(高さと偏位)を測定する手法です。光切断法で測定したトロリ線のプロファイルと新品トロリ線の形状を比較し、摩耗断面積を求めることで、残存断面積を算出して現場で摩耗管理に用いる残存直径に換算できます。しかし、日中屋外での測定において、太陽光の外乱により正確な測定ができない課題がありました。

 そこで、太陽光の影響を抑制するために、レーザー光源(波長660nm)の光を通すが、太陽光をあまり通さないバントパスフィルター(BPF)をカメラに装着して測定試験を行いました。本試験の測定系は、設置面に対して60°の仰角で設置したカメラと垂直に設置したレーザー光源で構成されています(図1)。

 図 2にBPF有りとBPF無しで取得したプロファイルを示します。なお、この図における高さと偏位はカメラ設置箇所からの相対的な位置であり、実際の数値ではありません。BPF無しで取得したプロファイル(オレンジプロット)は、太陽光の外乱によって背景が明るくなり、不要部分のプロファイルも取得してしまうため、トロリ線のプロファイルを正しく取得することができません。一方、BPF有りで取得したプロファイル(黒プロット)は、BPFが余分な光をカットするため、トロリ線のプロファイルを正確に取得することができます。BPFを用いて取得したトロリ線のプロファイルに、新品トロリ線(破線)をフィッティングして形状を比較することで残存断面積を算出します。残存断面積から算出した残存直径とマイクロメータによる手測定結果を比較すると、概ね誤差は±0.1mm以内(表1)でした。従って、BPFを用いることで、太陽光の外乱がある環境下でも、高精度な残存直径測定ができました。

 ただし、カメラに直射日光が入射すると、BPFを用いても測定は困難です。逆光下で連続測定するには、図 3のようにレーザー光源の前後にカメラを配置し、一方のカメラに直射日光が入射しても、他方の直射日光が入射しないカメラで測定を行う必要があります。また、カメラ1台の視野は、高さ・偏位方向共に営業線のトロリ線が設備される範囲より狭いです。今後は、営業線計測に必要な視野を確保するため、複数カメラ連携による視野拡大手法の開発を進めていきます。

(記事: 集電管理 平良 優介)

【ワンポイント講座】脱炭素化・低炭素化の電力施策に関連する用語の解説

 本号の「大規模蓄電装置を活用する“R1G”“R2G”による低炭素化」にて触れましたように、脱炭素化・低炭素化の電力施策に関する用語が、今後鉄道分野でも使用される機会が増えると想定されます。そこで、今回はそれらの用語の一部について以下に紹介します。他の用語につきましても、資源エネルギー庁のホームページ等でご確認頂くことが可能です。

○バーチャルパワープラント(VPP)
 今後、再生可能エネルギー(以下、再エネ)を主力電源に据えるためには、従来の火力・原子力のような大規模発電所による供給側での電力需給の調整とは異なり、蓄電池や電気自動車のような電力の需要側のエネルギーリソースもまとめて活用することが不可欠となります。このような小規模かつ多数のエネルギーリソースを一つの仮想発電所、すなわちバーチャルパワープラント(VPP)と呼んでいます。

○デマンドレスポンス(DR)
 電力の需要家などがその需要量を制御します。デマンドレスポンス(DR)には、需要を増やす(創出する)「上げDR」、需要を減らす(抑制する)「下げDR」の二つが存在します。例えば上げDR制御することにより、再エネ余剰分を需要家側の蓄電池に吸収することが可能です。逆に供給側の発電電力がひっ迫している場合は、下げDR制御の適用により、需要家側の負荷を減らしたり蓄電池を放電するように促します。

○エネルギーマネジメント
 エネルギーの使用状況を適切に把握・管理することです。より具体的にはエネルギーをスマートメーター等の適用によって「見える化」し、使用状況を詳細に分析のうえ対策を実施することによって、省エネ化・負荷平準化等の効果が期待できます。

○セクターカップリング
 需要側と供給側の部門横断のエネルギーマネジメントによって、再エネを最大限に活用し、エネルギーシステムの効率化を図る方策の一つです。セクターカップリングの実行により、CO2排出削減・省エネ・再エネ電力の最大限の活用とともに、需要家側のコスト増の抑制、レジリエンス(設備の持続可能化)、系統安定化、電力需要の拡大が期待できます。

○アグリゲーター
 需要家の需要量を制御して電力の需要と供給のバランスを保つべく、供給者(主に電力会社)と需要者の間に立ってうまくコントロールする(DRする)事業者を指します。

○調整力
 供給区域における周波数制御や需給バランス調整などの系統安定化に必要となる、電力供給を制御するシステム(発電設備、蓄電池、DR)の出力の大きさ・継続時間といった能力を具体的に数値化したものです。「ΔkW価値」とも呼ばれています。電気が不足となった場合に対して電気を供給又は需要を抑制するのは上げ調整力、電気が余剰となった場合に対して電気の供給を抑制又は需要を増加するのは下げ調整力と呼んでいます。

○ネガワット
 需要家の節電により余った電力を、発電したことと同等にみなす考え方です。ネガワットは、例えば下げDRによる節電、あるいは蓄電池放電による節電によって生み出すことが可能です。供給側(電力会社)としては、ネガワットが確保されていることにより、ピーク需要時のみの目的で新たな火力発電設備を設ける必要がなくなるメリットがあります。

(記事: き電 小西 武史)