施設研究ニュース

2021年7月号

粘着力を考慮した地震時土圧の評価法

1.はじめに

 近年,既設擁壁の耐震診断・補強設計が各鉄道事業者で進められています.擁壁の耐震診断時には,擁壁背面に作用する地震時土圧を計算し,この地震時土圧により擁壁の転倒や滑動,破壊等が起きないよう補強設計を行います.地震時土圧の算定に使用する,土の強度を示すパラメータである内部摩擦角と粘着力のうち,粘着力を考慮した地震時土圧の評価法は鉄道の設計基準では示されていません(図1).しかしながら,実際には既設擁壁の背面盛土は粘着力の大きい粘土やシルトを含み,粘着力の影響を多大に受ける場合があります.このような場合に粘着力の影響を考慮しないと,地震時土圧が実際より大きく評価され,この大きな地震時土圧に対し多大な補強が必要となる等の課題があります.このような課題を解決するために,粘着力の影響を考慮可能な地震時土圧の評価法を提案しましたので紹介します.

2.粘着力が擁壁の地震時挙動に及ぼす影響

 小型実験及び遠心実験を通じ,粘着力が擁壁の地震時挙動に及ぼす影響として,以下3つが確認されました(図2).
①自立領域の発生
 擁壁背面の上部において,地震時土圧が作用しない領域が発生することにより,擁壁への作用が低減します.
②擁壁背面のせん断力の増加
 擁壁背面と背面盛土間の粘着力により,擁壁背面に沿って発生する,擁壁の転倒を抑える力が増加します.
③すべり面上の強度増加
 背面盛土のすべり面上で粘着力が発揮され,擁壁を水平方向に押しだすように滑り落ちる背面地盤の土塊を引き留める効果が発生します.
 上記の効果のうち①の効果は実験条件によっては確認されないケースもあったのに対し,②,③の効果はいずれの実験においても確認されました.このため②,③の効果を反映可能な地震時土圧の評価法を提案しました.

3.粘着力を考慮した地震時土圧の評価法

 粘着力を考慮した地震時土圧に関して,2つの算定法を提案しました.それぞれのメリット・デメリットを考慮し,適用箇所に応じて算定法を使い分けることが可能です.
○見かけの内部摩擦角φapを考慮する方法(φap法)
 φap法は,粘着力を考慮していない現行の地震時土圧算定式自体はそのまま使用し,式中で用いる内部摩擦角を,粘着力に応じて割り増すという方法になります(図3).φap法は,現行の地震時土圧算定式を使うため,簡易に用いることができるというメリットがあります.一方で,内部摩擦角の増加を安全側に評価できるような条件設定で粘着力を内部摩擦角に換算しており,見込める粘着力の効果は限定的となる,というデメリットもあります.
○粘着力を考慮した試行楔法
 同手法では,粘着力を直接すべり面や擁壁背面において考慮し,すべり土塊の力のつり合いにより,擁壁背面に作用する土圧を求めます(図4).同手法では粘着力の効果を別のパラメータに置き換えずに直接考慮可能です.結果として,φap法より粘着力の効果を大きく考慮可能となるのがメリットです.一方で,現行式を使用しないため,計算が煩雑になる,既往の計算プログラムでは現状では算定できない,というデメリットもあります.

4.本手法適用時に効果が高いと考えられる構造

 対象構造物及び地盤の条件により,本手法適用時にどの程度粘着力の効果を見込めるかが変化します.この条件としては,土の粘着力や重量,擁壁の高さなどが挙げられます.例として,擁壁高さの影響を示します.一般的に既設盛土で発揮されうる程度の粘着力10kPaを想定した擁壁に対し,粘着力を考慮した試行楔法を用い,擁壁の高さを変化させながら地震時土圧係数を算定しました(計算条件は図5に記載).図5に水平震度と算定した地震時土圧係数の関係を擁壁高さ毎に示します.ここでは,諸条件の違いを正規化するために,地震時土圧係数を使用しています.図5より,擁壁の高さが低い方が粘着力の効果が反映されやすいことがわかります.また,10kPa程度の粘着力でも地震時土圧係数の低減に十分効果があることがわかります.

5.本手法の適用条件について

 土の粘着力の大きさは土の含水条件や排水条件によって変化します.このことから,本手法では,粘着力の大きさが経時変化することも加味して適切に適用する粘着力の大きさを設定することが重要となります.例えば,雨によって土が飽和する箇所において,飽和していない前提の試験で取得した粘着力を用いると,粘着力の効果を過剰に反映し地震時土圧を実際より過小評価してしまうことになります.最も安全な方法としては,飽和・排水条件の三軸圧縮試験から求めた粘着力を使用する方法があります.この方法を用いれば,粘着力は他の試験条件より小さく評価される傾向があり,安全側に粘着力の効果を考慮可能です.また,年間を通した地盤のモニタリングなどにより不飽和状態を維持することが確認されている場合や,地盤に雨水が浸透しないような処置がされており不飽和状態が担保される場合等は,不飽和状態の条件で取得したより大きい粘着力を使用することが可能と考えられます.

6.おわりに

 本稿では,粘着力を考慮した地震時土圧の評価法を紹介しました.今後は盛土内の含水状態のモニタリングや三軸圧縮試験の条件などの検討を進め,適切に粘着力を設定し実務設計に導入する手法を取りまとめる予定です.

執筆者:構造物技術研究部 基礎・土構造研究室 尾﨑匠
担当者:構造物技術研究部 基礎・土構造研究室 中島進

エネルギー吸収性能を高めた橋桁防護工

1.はじめに

 橋桁防護工は,十分な桁下空頭を確保できない架道橋において,図1のように橋桁の手前に設置され,高さ制限を超過した自動車に衝突させて,橋桁を防護します.自動車の運動エネルギーは,橋桁防護工の梁が塑性変形することで吸収します.
 近年,自動車が大型化しており,法令面でも,幹線道路で自動車の最大重量の規制が緩和されています.自動車による作用が設計時より増加するリスクが高い箇所では,橋桁防護工を補強し,エネルギー吸収量を高める必要があります.
 橋桁防護工のエネルギー吸収量は,梁の耐力と変位量に依存します.エネルギー吸収量を増加させるには,梁の耐力と変位量のいずれかを増加させる必要があります.梁の耐力を増加させる場合,柱に働く水平力も大きくなるため,柱や基礎も同時に補強する必要があり,補強にかかるコストが膨大になります.さらに,道路内の限られたスペースでは,部材の寸法が大きくなる補強自体ができない場合もあります.このため,梁の耐力でなく変位量を増加させる必要があります.
 本研究では,柱に働く力を抑えながら,変位量を増加させることにより,橋桁防護工のエネルギー吸収性能を向上させることを目的とし,既存の橋桁防護工に「付加梁」を設置して,「2重梁構造」にする対策手法を開発しました.本稿では,この対策手法の概要と,重錘落下試験による性能の検証結果について紹介します.

2.付加梁を設置する対策手法の概要

 橋桁防護工のエネルギー吸収量を増加させるためには,前述のように,梁の変位量を増加させる必要があります.しかし,既設の橋桁防護工では,橋桁との離隔に限りがあることが多く,既設の梁を大きく変形させることができません.このため,既設の梁の手前に付加梁を設置し,2重梁構造にする方法を考案しました(図2).
 この構造では,梁2本分のエネルギー吸収が期待されます.しかし,主梁に到達するまで付加梁の耐力が保持されると,2本の梁が同時に抵抗することになり,柱に働く力が増加し,最悪の場合,橋桁防護工が倒壊します.
 そこで,付加梁の耐力が保持されなくなるよう,付加梁の構造を工夫しました.2重梁構造におけるピン結合の有無と位置(図3)を変化させた有限要素解析(FEM解析)から得られた,柱に働く力(付加梁の抵抗力と同等)と変位の関係を図4に示します.付加梁が軸方向に拘束された状態(図3(a)および(b))では,付加梁の塑性変形が進むにつれて引張の軸力(軸拘束力)が働くことで,付加梁の耐力が増加していきます(図4(a)および(b)).これに対し,接続梁基部をピン結合とし,付加梁を軸方向に拘束しない構造(図3(c))にすれば,付加梁の耐力が保持されなくなり,付加梁が耐力を失ってから主梁に達するようになります(図4(c)).これにより,2本の梁が同時に抵抗することがなくなり,柱に働く力を抑えられると考えられます.

3.重錘落下試験による提案構造の性能の検証

 付加梁による橋桁防護工のエネルギー吸収性能を,重錘落下試験により実際に物体が衝突する条件で検証しました.試験では,橋桁防護工の試験体を横向きに寝かせて設置し,真上から重錘を落下させて試験体中央に衝突させました(図5).試験体は1本梁の従来構造と2重梁の提案構造としました.提案構造の接続梁は,高力ボルトを用いたピン結合で設置しました(図6).
 試験での柱に働く力と重錘の変位の関係を図7に示します.それぞれの構造が吸収するエネルギー量を塗りで示しています.提案構造のエネルギー吸収量は,従来構造に比べて1.5倍程度に増加し,提案した2重梁によってより大きな自動車の衝突から橋桁を防護できることが分かりました.また,付加梁が主梁に衝突する前に耐力を失っており,接続梁の基部をピン構造とした機構(図3,図4(c))が上手く働いていることも検証できました(図8).なお,提案構造では,柱に働く力が従来構造より27%程度減少し,柱が損傷しにくくなっていることも分かります.柱に働く力が減少した大きな要因は,付加梁がエネルギーを吸収することで,主梁に対する衝撃力が緩和されたことにあります.

4.おわりに

 橋桁防護工がより大きな自動車の衝突に耐えられるよう,付加梁を設置して2重梁構造にする方法を考案し,重錘落下試験によりその性能を検証しました.結果として,本構造により橋桁防護工のエネルギー吸収量の向上が見込めること,さらに柱が損傷しにくくなることが分かりました.既存の橋桁防護工は構造が様々であるため,構造によってエネルギー吸収量が変わり,かつ付加梁設置に用いるピン構造も別途検討する必要がありますが,本検討により橋桁を自動車等の衝突から防護する有用な対策方法が示せたと考えています.

執筆者:構造物技術研究部 鋼・複合構造研究室 斉藤雅充
担当者:構造物技術研究部 鋼・複合構造研究室 小林裕介,八幡太一,渡邉友崇,増田雄輔

簡略軌道モデルを用いた分岐器走行シミュレーション

1.はじめに

 新しい分岐器構造を検討するためには,走行安全性の評価および軌道部材の強度評価を実施する必要があります.走行安全性の評価には輪重や横圧の算定が必要であり,一方,部材強度の評価には,車両走行により軌道部材に発生する応力の算定が必要となります.これらの評価は,FEMモデルを用いた車両走行解析の実施により同時に評価することが可能ですが,計算負荷や設計手順の観点から非効率であるため,筆者らは走行安全性の評価と軌道材料の強度評価を段階的に分けて評価する手法を開発しました.このうち,走行安全性については,様々な線形を柔軟に検討できるように分岐器の線形のみを考慮した簡略軌道モデルを用いて評価する手法を用いています.そこで本稿では,分岐器の走行安全性の評価について,簡略軌道モデルを用いた分岐器走行シミュレーション手法をご紹介致します.

2.簡略軌道モデルを用いた車両走行シミュレーション

 分岐器は,一般軌道と比べると,乗り移り部やトングレールの断面変化など複雑な構造を有しており,モデル化するにあたり作業負荷が多いなどの課題があります.そこで,乗り移り部やトングレールの断面変化を考慮せず分岐器の線形のみを梁要素でモデル化することで,モデル化の労力を削減し,より柔軟に様々な分岐器構造の走行安全性を評価できる手法を開発しました.
 軌道モデルは,図1(a)に示すようにレール,まくらぎは梁要素で,レールとまくらぎの間はレール締結装置を模擬したばね要素で,まくらぎ下はバラスト道床を模擬したばね要素でモデル化しました.車両モデルは図1(b)に示すように車体,台車,輪軸を剛体でモデル化し,軸ばね,まくらばねをばね要素およびダンパ要素でモデル化しました. また,本手法の特徴を活かして分岐器の線形を決める条件を入力するだけで,自動でモデル作成するプログラムも構築しました(図2).

3.簡略軌道モデルを用いた走行安全性評価の検証 1)

 簡略軌道モデルを用いた走行安全性評価の妥当性を検証するために,過去に実施した走行試験の結果との比較・検証を行いました.対象の分岐器は,10番片開き分岐器(T50N片共-2:左開き)とし,車両の走行方向は,対向の分岐線側,走行速度は20km/hとしました.なお,検証項目は輪重,横圧を比較しました.
 解析結果を図3に示します.解析結果を確認すると,輪重,横圧の発生するタイミングが一致しており,解析結果と走行試験結果では,平均輪重,平均横圧がそれぞれ約89%,81%の精度で一致しました.一部,外軌側の解析結果が試験結果より小さい結果となりましたが,これは,レールや車輪の設計断面と摩耗断面の差を考慮していないこと,車両の輪重アンバランスを考慮していないことが影響している可能性が考えられます.
 以上の検討より,簡略軌道モデルと走行試験結果が概ね一致していることから,分岐器の線形のみを梁要素で模擬した簡略軌道モデルを用いて走行安全性を評価できると考えられます.

4.簡略軌道モデルを用いたパラメータスタディ

 簡略軌道モデルを用いた分岐器の走行安全性の評価例として,軌道変位を変数としたパラメータスタディを実施しました.

4.1 検討条件

 検討対象は前節と同条件とし,変数とした軌道変位は,通り変位,高低変位,水準変位で,トングレール先端位置に各変位を設定しました.軌道変位の設定条件を表1に示します.なお,評価は輪重,横圧,脱線係数で行い,各ケースで比較しました.

4.2 解析結果

 解析結果を図4,図5,図6に示します.解析の結果,通り変位および水準変位が大きくなるほど,発生する横圧および脱線係数が大きくなる傾向となりました.また,水準変位の方が走行安全性に与える影響が大きい結果となりました.これは,分岐器内ではカントがないため,曲線内における水準変位の発生により,軌間外側への遠心力が大きくなり外軌側の輪重が抜けやすい状態になったものと考えられます.なお,高低変位に関しては,各ケースで変化はみられませんでした.

5.おわりに

 様々な分岐器の走行安全性を評価できるように,分岐器の線形のみを考慮した簡略軌道モデルを用いて走行安全性を評価する方法を開発しました.簡略軌道モデルは,軌道変位だけでなく,レール支持状態,まくらぎ支持状態,車輪-レール間の摩擦係数などを任意に設定できるので,分岐器部における脱線要因の検討や,その対策の検討にも活用できます.

参考文献

1) 塩田勝利ほか:簡略軌道モデルを用いた分岐器における走行安全性の評価方法,新線路,72巻5号,2018.5

執筆者:軌道技術研究部 軌道構造研究室 塩田勝利
担当者:軌道技術研究部 軌道構造研究室 及川祐也,清水紗希

発行者:荒木 啓司 【(公財) 鉄道総合技術研究所 施設研究ニュース編集委員会 委員長】
編集者:笠原 康平 【(公財) 鉄道総合技術研究所 構造物技術研究部 基礎・土構造】