施設研究ニュース

2023年8月号

カント区間のバラスト軌道の水平加振シミュレーション

1.はじめに

 軌道力学研究室では,離散体モデル 1) を用いたバラスト軌道のシミュレーション技術の開発を行って きましたが,解析モデルの精度と計算速度の向上により,鉄道事業者様におけるバラスト軌道の保守の 最適化の検証等にもご活用いただいています2).シミュレーションのメリットは,試験軌道の解析モデ ルを一度作れば何度も同じ試験軌道を使用できる点,載荷プロセスの途中に戻って条件を変更できる点, 営業線や試験装置では再現が困難な複雑な列車通過時の荷重を入力できる点などがあります. 本報告では,カント区間のバラスト軌道の離散体モデルを用いて,振動台試験を模擬した水平加振シ ミュレーションを行った事例をご紹介します.

2.シミュレーション条件

 地震時の軌道の変形挙動を検証する上で,大型振動台試験装置を用いた実験的検討が行われていますが3),水平方向に加速度波形を入力する際,図1に示すように,線路直角方向に加振するケースが多く見られます.ところで,図2に示すカント区間の軌道を想定した場合,軌道横断面は左右非対称であるため,加速度波形の最大加速度を外軌側方向・内軌側方向のいずれに入力するかによって,軌きょうの挙動や外軌側道床のり面のバラストの流動量が変わる可能性があります.
 そこで本研究では,図2に示す解析モデルに対して,図1に示す加速度波形を,左右逆方向に入力する2通りのシミュレーション(Case1=外軌側最大加振,Case2=内軌側最大加振)を行いました.

3.シミュレーション結果

(1)軌きょうの水平方向相対変位
 シミュレーション結果より,軌きょうの水平方向相対変位(“軌きょう要素中心(図2参照)の水平方向変位”-“土槽要素中心の水平方向変位”の値)の時系列波形を図3に示します.図より,Case1とCase2のいずれも,最大加速度時に軌きょうの水平方向相対変位も最大となり,その値と方向は,Case1で内軌側に4.23mm,Case2で外軌側に7.57mmで,最大加速度方向と正反対となります.これは,土槽が最大加速度方向に急激に変位するのに対して,軌きょう要素は慣性により留まろうとするため,相対変位は逆方向に向くことを示しています.また,変位の値はCase2の方が8割ほど大きい値となります.
 更に加振後の残留変位は,Case1ではほぼ0mmなのに対し,Case2では外軌側に1.78mmとなります.
(2)外軌側バラストの流動量
 シミュレーション結果より,図2の中央まくらぎの中心から両側500mmの範囲を切り出して,加振前後のバラスト要素の位置を図4に重ねて示します.いずれも,外軌側の道床肩が変形していることが明かです.ここで,加振後の外軌側のバラスト要素で,初期の道床のり面の斜面(図中の点線)から流動したバラスト要素を抽出したところ,Case1では478個,Case2では1269個で,バラストの流動量もCase2で増加傾向となっています.
 更に,図1に示した加速度波形において,加速度が最大値となる加振5.65秒時から,その直後に加速度が0となる加振5.75秒時までの0.1秒間におけるバラスト要素の移動ベクトルを算出した結果を図5に示します.
 図より,外軌側のバラスト要素は,Case1では内軌側方向に,Case2では外軌側方向に移動する傾向が明らかで,移動量20mmを超えるバラスト要素は,Case1で3936個,Case2では7166個となることが確認されました.

4.まとめ

 カント区間のバラスト軌道の離散体モデルを用いた水平加振シミュレーションを行い,最大加速度の方向が軌道の変形に与える影響を検証した結果,外軌側のバラストの流動は,最大加速度を内軌側方向とした条件下で増加する結果が示されました.
 試験軌道を用いた大規模な実物大試験は多大なリソースを要するため,実験条件数を絞る必要がありますが,このようにシミュレーションにより実験条件の影響評価を行うことで,実物大試験の実施条件を合理的かつ効率的に選定することも可能となります.

<参考文献>

1) 河野昭子,松島亘志:DEMによる単粒度砕石層の残留変位予測における定量的精度の検証,土木学会論文集A2,第77巻,第2号,pp.339-348,2021

2) 河野昭子:高速鉄道の保線計画策定における数値シミュレーションの活用,応用力学シンポジウム講演概要集,2023

3) 吉川秀平ほか:構造物・軌道一体型模型を用いた大型振動台実験による連成挙動の検討,日本地震工学論文集,第19巻,第5号,pp334-344,2019

執筆者:鉄道力学研究部 軌道力学研究室 河野昭子

近接工事の影響を受ける杭基礎構造物の設計手法

1.はじめに

 都市部では,新線建設や既設路線の地下化,線路下横断工による踏切の解消などのプロジェクトが数多く行われています(図1).このようなプロジェクトでは,既設鉄道構造物に近接して地下構造物が建設されることが大半ですが,開削工事として掘削土留め工を施工したのちに既設鉄道構造物近傍をいったん掘り下げるため,施工中における近接開削工事の影響を考慮した既設杭基礎の診断を行う必要があります.特に,開削工事中には既設杭基礎の水平抵抗が低減する可能性がありますが、そのメカニズムは未解明であり,設計手法も確立されていませんでした.
 そこで,近接開削工事の影響を考慮した既設杭基礎の水平抵抗メカニズムを大型模型実験や数値解析によって明らかにするとともに,診断に用いる設計手法を提案しましたので,紹介します.

2.近接開削工事が杭基礎の水平抵抗に与える影響

 掘削により土留め壁に変形が生じると(Step1),背面地盤が掘削側へ変形し杭を押します(Step2).さらにこの状態で杭頭に地震等に起因した水平荷重が作用すると,地盤を介して杭の水平抵抗を土留めが受け持つことになります(Step3).土留め壁の剛性が低い場合には,通常の条件を比較して杭の水平抵抗が低下するのは明確ですが,一方で土留め壁の剛性が十分高い場合には杭の水平抵抗が通常よりも大きくなります.また,この関係は杭と土留めの離隔距離によっても変化すると考えらえるため,複雑な相互作用が働いているといえます.この相互作用についてモデル化が未整備であり,設計手法としても確立されていませんでした.

3.模型実験を対象とした設計手法の妥当性の検証

 杭と土留めの相互作用メカニズムを考慮して作成した設計手法の概要を図3に示します.一般的な杭基礎ならびに土留めの設計で用いられている2次元の梁ばね解析モデルを基本とし,杭と土留めの間に生じる反力を相互作用ばねでモデル化しました.この相互作用ばねのばね定数に関しては,Steinbrennerの弾性解を応用して離隔距離に応じた割増係数を設定しています.また,離隔に応じて杭の反力を受け持つ土留めの奥行き幅を変化させることとし,具体的な値としては3次元FEMにより設定しました.

 次に妥当性の検証の対象とした模型実験について概説します.図4に模型実験の概要を示しますが,実物のおよそ1/10スケールを想定して諸元を設定しました.パラメータは土留めとの離隔と掘削深度とし,計3ケースを実施しました.掘削後に杭頭の水平載荷を行い,杭や矢板の挙動評価を行いました.実験結果として,掘削後の杭頭における荷重~水平変位関係を図5に示します.近接開削工事が行われることで杭の水平抵抗が大きく低下する結果となりました.また,離隔距離に応じた低下率の差も確認することができました。
 次に,図3に示した設計手法を用いた再現解析を行いました.図6に再現解析の結果として,ここでは各実験ケースにおける杭頭(地表面位置)変位1 mm時の杭と矢板の変位量を示しますが,全てのケースで杭と矢板の挙動を精度よく再現できていることがわかります.また,曲げモーメントやせん断力といった断面力についても再現できていることも確認しており,提案する設計手法の妥当性が確認されました.

4.おわりに

 本研究では,近接開削工事の影響を考慮した既設杭基礎の設計手法を提案しました.特に都市部でのプロジェクトにおいて合理的な設計が可能になると思われます.今後は,個別のプロジェクトに対して,設計計算に関するサポートを実施していきたいと考えています.

執筆者:構造物技術研究部 基礎・土構造研究室 佐名川太亮

自然斜面・盛土の一体評価プログラムの開発

1.はじめに

 近年の降雨災害の激甚化に伴い,自然斜面に隣接する鉄道盛土の崩壊が多発しています.現在,列車の安全輸送は降雨量に基づく運転規制により担保されていますが,過去に経験したことのないような未曾有の強雨が発生した場合,強雨後の小降雨状態の時の斜面の安定性回復傾向が不明であるため,点検の実施時期や運転規制の解除の判断が困難になることが想定されます.そこで,これらの判断を支援することを目的として,強雨時および降りやみ時における広域的な鉄道盛土の安定性を評価するプログラムの開発を進めています.

2.プログラム構築の基本思想

 山間地に位置する盛土では自然斜面からの浸透水が盛土の安定性に大きな影響を及ぼします.この場合の安定性の変化を把握するためには,FEM等による浸透流解析・盛土安定解析を実施し,自然斜面と盛土を一体的に評価する必要がありますが,広域をカバーするには計算・作業コストの観点から実務上困難です.そこで,筆者らは事前に様々な盛土条件・土質条件での浸透流解析・盛土安定解析を実施し,これらの結果に基づいた簡易的な盛土の安定性評価モデル(SWB-E)を考案しました1)

3.自然斜面・盛土の一体評価プログラム(SWBパッケージ)

 SWBパッケージのフローを図1に示します.SWBパッケージは,解析領域の設定を行う入力データ作成プログラム(SWB-PRE),自然斜面表層の水の流れをモデル化した斜面安定性評価プログラム(SWB),自然斜面からの浸透水の影響を考慮した盛土安定性評価プログラム(SWB-E),解析結果をWEB地図上で可視化するための出力データ作成プログラム(SWB-POST)から構成されます.本プログラムを用いることで,自然斜面・盛土の安定性が低い箇所,すなわち要注意箇所を把握することが可能となり,維持管理への活用が期待できます.また,降雨時の経時変化から危険性判断を支援することが想定されます.

(1)入力データ作成プログラム(SWB-PRE)
 国土地理院が公開しているDEMデータを使用します.図2に解析範囲の抽出例を示します.DEMデータから任意の解析範囲を選択し,緯度・経度・標高値を取得します.このとき,抽出した解析範囲内にある鉄道位置情報を自動取得し,盛土要素として設定します.

(2)斜面安定性評価プログラム(SWB)
 降雨時に発生する斜面表層の崩壊に対する安定性を評価することができます2).SWBでは,解析領域内の斜面表層を要素に分割して,この要素を一定の層厚をもつ地盤要素として設定します.この要素間の水の流れを計算し,各要素の飽和度から地下水位を求め,この地下水位に応じた各要素の斜面表層崩壊に対する安定性を無限長斜面の安定計算の考え方に基づき時間的に連続して算出します.雨水流動をモデル化したイメージを図3に,斜面中のある要素における解析結果例を図4に示します.

(3)盛土安定性評価プログラム(SWB-E)
盛土条件(3種類),土質条件(3種類)を選択し,SWBで得られる盛土位置近傍における自然斜面側からの浸透水を盛土に作用する降雨と合わせて入力値とすることで,盛土の安定性や飽和度の経時変化を算出することができます.水収支イメージを図5に,盛土中のある要素の解析結果例を図6に示します.

(4)出力データ作成プログラム(SWB-POST)
SWBおよびSWB-Eで得られた解析結果をWEB地図上で表示するデータを出力するプログラムになります.図7にSWB-POSTで出力した自然斜面・盛土の安定性をWEB地図上で表示した例を示します.自然斜面や盛土の要注意箇所を地図上で把握することで,沿線における位置関係を明示でき,維持管理への活用が期待できます.

4.おわりに

 広域的に自然斜面と盛土の一体評価が可能なプログラムを開発しました.今後,実際の山間地盛土で現地観測を実施し,SWBパッケージの妥当性を検証します.

<参考文献>

1) 入栄貴,高柳剛,馬目凌,布川修:様々な形状に対応した盛土の安定性評価モデルの構築,第58回地盤工学研究発表会,11-2-1-01,2023

2) 浅野嘉文,川尻峻三,布川修,太田直之,杉山友康,渡邉諭:降雨時における斜面表層崩壊を再現する簡易解析モデルの提案,地盤工学ジャーナルVol8,No4,p579-p595,2013

執筆者:防災技術研究部 地盤防災研究室 入 栄貴
担当者:防災技術研究部 地盤防災研究室 高柳 剛,馬目 凌

発行者:柴田 宗典 【(公財) 鉄道総合技術研究所 施設研究ニュース編集委員会 委員長】
編集者:佐藤 武斗 【(公財) 鉄道総合技術研究所 構造物技術研究部 基礎・土構造】