施設研究ニュース

2024年3月号

フローティング弾性まくらぎ直結軌道の開発

1.はじめに

 低土被りのトンネルや建物基礎に近接するトンネル等において列車走行による地盤振動を積極的に低減することを目的とする場合,国内では「コイルばね防振軌道」が多く採用されています.コイルばね防振軌道は地盤振動の低減効果に優れていますが,コイルばね防振装置が比較的高価であるため,住宅や学校,ホテル,駅部の店舗等に隣接し静穏な環境が求められる新設区間(主にトンネル)で限定的に敷設されているのが実態です.また,一部の急曲線区間に敷設されたコイルばね防振軌道においては,曲線の内側のレールに加えて,外側のレールのゲージコーナー部にも波状摩耗が発生する事例が報告されています(図1).これらのコイルばね防振軌道に関する経済性(建設費)と保守性(波状摩耗)に関する課題を解決するために,新たなフローティング弾性まくらぎ直結軌道(図2,以下,フローティング弾直軌道)を開発しました.同軌道は,コイルばね防振軌道においてスラブに固定されているPCまくらぎを弾性まくらぎ化するとともに,比較的安価な発泡EPDM製または発泡ウレタン製の防振材でスラブを離散支持する構造です.本稿では,数値解析による地盤振動および波状摩耗の低減効果,同軌道の構造設計および試験敷設を行った内容について紹介します.

2.数値解析による振動低減効果の評価

 振動低減効果の評価には,土被り5.5mのトンネル区間(NATM工法)を対象とし,車両/軌道/構造物系モデル(DIASTARSIII)で車両と軌道の動的相互作用を加味した構造物への加振力を求め,これを構造物/地盤系モデル(SuperFLUSH/3DS)に入力して地盤振動を解析する手法を用いました.また,解析対象とした軌道構造はスラブ軌道,バラスト軌道,弾性まくらぎ直結軌道(以下,弾直軌道),コイルばね防振軌道およびフローティング弾直軌道の5種類としました.図3に在来線車両が各軌道上を80km/hで走行した際の,トンネル直上の地表面における地盤振動の試算結果を示します.振動加速度レベルのオーバーオール値(VAL)や,人の感覚補正を加えた振動レベル(VL)で比較すると,スラブ軌道が最も大きく,まくらぎやスラブが弾性的に支持されているその他の軌道構造では応答が小さくなる傾向にありました.一般的に構造体の固有振動数が低い方が振動絶縁の効果は高いため,軌道の固有振動数の違いが振動低減効果に影響を与えたと考えられます.さらに,フローティング弾直軌道に関しては,弾性まくらぎ化による軌道の支持ばね定数の低下や軌道の曲げ剛性等の影響による複合的な効果により,コイルばね防振軌道よりも広帯域で振動加速度レベルが低下する傾向が見られました.それにより,振動レベル(VL)を比較した場合,フローティング弾直軌道の方がコイルばね防振軌道よりも10dB程度低下しました.

3.理論解析による波状摩耗低減効果の評価

 波状摩耗低減効果の評価では,軌道/車両の動的相互作用を考慮した理論解析モデルを構築し,既往の研究1)で提案されている「レール凹凸振幅増幅係数κ」により,軌道構造の違いが波状摩耗の発生に与える影響を検討しました.図4に各軌道における凹凸振幅増幅係数κの計算結果を示します.ここで,対象とした軌道の曲線半径は185m,列車の走行速度は40km/hであり,同図のPCまくらぎ直結軌道およびコイルばね防振軌道は内外軌に波状摩耗が確認されたケース,弾直軌道は内軌にのみ波状摩耗が確認されたケースです.同図より,フローティング弾直軌道の場合は,内軌にのみ波状摩耗が確認された弾直軌道と比べて,ほぼ同じ空間周波数帯にピークが見られ,κの値は同程度であることが分かります.よって,フローティング弾直軌道は,弾直軌道と同等の波状摩耗低減効果を有すると考えられます.

4.構造設計および実物大軌道の製作

 鉄道構造物等設計標準・同解説「軌道構造」に基づき構造設計を行い,日野土木実験所の試験線に約5mの延長でフローティング弾直軌道の試験敷設を行いました.軌道パッドのばね定数は60MN/m,まくらぎパッドのばね定数は30MN/mとし,スラブ下の防振材(EPDM製)については既存のコイルばね防振軌道の実績を参考にばね定数は6.6MN/mとしました.ここで,スラブ下の防振材はUFC製の埋設型枠の凹部に10mm埋め込まれる構造とし,防振材の設置にあたっては,事前に防振材の上面に接着剤を塗布するとともに,防振材が埋設型枠下の所定の位置に配置されるように専用の設置用治具を用いてスラブの側面から防振材を挿入しました(図5および図6).その後,スラブを降下させて埋設型枠と防振材を接着し,問題なく軌道を敷設できることを確認しました(図7).

5.おわりに

 本稿では,新たに開発したフローティング弾直軌道の地盤振動および波状摩耗の低減効果と試験敷設の内容について紹介しました.今後は,新設線への実用展開へ向けて技術支援等を行っていく予定です.

参考文献

1)網干光雄,田中博文:レール波状摩耗の成長機構に関する理論解析,日本機械学会論文集,Vol.85,No.875,DOI: 10.1299/transjsme.18-00426, 2019

執筆者:軌道技術研究部 軌道・路盤研究室 渕上翔太
担当者:鉄道力学研究部 軌道力学研究室 渡辺勉
    軌道技術研究部 軌道管理研究室 田中博文

「変位制限標準」性能照査の手引き(改訂版)

1.はじめに

 「鉄道構造物等設計標準・同解説(変位制限)」(平成18(2006)年2月)(以下,「変位制限標準」)の「性能照査の手引き」が平成18(2006)年8月に発刊されました.令和5(2023)年1月に,「鉄道構造物等設計標準・同解説(コンクリート構造物)」(以下,「コンクリート標準」)が改訂され,変位制限標準の内容のほぼすべてが「第Ⅱ編 橋りょう」(以下,「橋りょう編」)に取り込まれています.また,列車走行性の照査に関わる新たな知見も得られています.これらを踏まえ,「変位制限標準」の性能照査の手引きを第3版として改訂しましたので,その概要を紹介します.

2.全体構成と改訂内容

 全体構成と主な改訂事項を表1に示します.「橋りょう編」は,「変位制限標準」を踏襲し,照査の考え方,限界値や照査法は同じですが,「コンクリート標準」の性能照査体系の見直しに伴い,性能項目等が一部変更になりました.そのため,全般にわたり,「橋りょう編」との対応がわかるように,「変位制限標準」と異なる箇所には読み替えや参照先を追記しました.また,「変位制限標準」発刊以降,桁の曲げ剛性の算定,衝撃係数の算定,地震時の走行安全性に係る変位の照査等において新たな知見が得られており,新幹線車両や標準的な構造物も変わってきています.これらを踏まえて,1章~6章(以下,本編)と付属資料の照査例を改訂するとともに,付属資料を新たに2つ作成しました.

3.主な追加項目の概要

 主な追加項目として以下3点について概要を説明します.
(1)連続桁の衝撃係数の算定法
 現手引きにも連続桁の衝撃係数の算定法を示していましたが,適用条件が限定されていたこと,設計上によっては過大な衝撃係数となる場合があること等の課題があったため,その後の検討成果を取り入れることとし,本編に算定法を示し,付属資料にその算定法を用いた連続桁の照査例を示しました.
(2)桁の曲げ剛性の算定法
 桁のたわみの照査では,桁の曲げ剛性を精度良く設定して列車通過時のたわみを算定する必要があります.「コンクリート標準」には,コンクリート部材の曲げひび割れや非構造部材による曲げ剛性への影響を考慮した新たな曲げ剛性の算定法が示されていますので,手引きに取り入れました.
 PRC桁の曲げ剛性を算定する場合,まず列車通過時の動的応答が急増する領域(共振による顕著な応答増幅の可能性がある範囲)か否かを判定し,急増する領域の場合は曲げひび割れによる剛性低下と非構造部材による主構造への剛性寄与(図1)を考慮します.本編にはこの曲げ剛性の算定法を示すとともに,付属資料のPRC桁の照査例にはこれを用いた具体的な算定法を示しました.
(3)構造物の非線形性を考慮した地震時の走行安全性に係る変位の照査法
 降伏震度の低い既設構造物を対象に検討する場合やL1地震動より大規模な地震に対して検討する場合,構造物の非線形性を考慮する必要があり,線形範囲を前提する通常の照査法は適用できません.このような場合に,地震時の構造物の振動変位と構造物境界の不同変位を同時に考慮した評価指標RSIを用いて照査する方法の概要が「橋りょう編」付属資料8-3に示されています(図2).本編にこの照査法を示すとともに,付属資料に具体的な照査事例を示しました.


4.おわりに

 「変位制限標準」は「コンクリート標準」改訂後も当面は存続するため,現行と同様に「変位制限標準」に準拠した手引きとして改訂しました.「コンクリート標準」のみでなく,「鋼・合成標準」改訂版も近々発刊されますが,それにも対応しています.改訂した手引き第3版は4月に発刊される予定です.設計実務に有効活用していただければ幸いです.

執筆者:鉄道力学研究部 構造力学研究室 池田 学
担当者:鉄道力学研究部 構造力学研究室 徳永宗正

平均風速から瞬間風速を知る~突風率とその特徴~

1.はじめに

 鉄道の強風対策の一つである強風時の運転規制が,沿線に配置された風速計で観測される「瞬間風速」の値に基づいて行われるように,鉄道では風の強さを瞬間風速で評価することがあります.一方,一般的な天気予報などでは,風の強さは「10分間の平均風速」の値として発表されることが多いです.そのため,「明日は風が強くなりそうだ」との情報を得ても,運転規制が発令されるような風なのか,鉄道の各種設備に対して何らかの保守点検が必要となるような風なのか,直感的にわかりにくいところがあります.本稿では,平均風速から瞬間風速を推測する際に役に立つ「突風率」という指標とその特徴を紹介します.

2.突風率とは

 沿線に配置された規制用風速計や気象庁のアメダスなどの風速計で観測された風速データから,ある評価時間N(N=10分が多用されます)内の平均風速や瞬間風速の最大値(最大瞬間風速)を求めることができます.この最大瞬間風速を平均風速で除したものを「突風率」とよび,一般的には1.5~2.0程度の値を採るといわれています1).ニュースなどから平均風速で表された風の予測情報を得た時,その値に突風率の値を乗じることでおおよその最大瞬間風速を推測することができます.図1は,太平洋沿岸部に位置するアメダスで観測された5年間の風速データから求めた10分間平均風速と10分間最大瞬間風速の散布図,また最小二乗法で直線近似した回帰直線を示したものですが,この回帰直線の傾きが全ての風速範囲を対象とした一般的な突風率(=1.69)に相当します.
 図1の場合,平均風速が12m/s以上になると鉄道で警戒を要する風速の目安である20m/s(≒12×1.69)を超える最大瞬間風速になると推測できます.しかしながら,平均風速と最大瞬間風速との関係にはばらつきがあるため,図1をよくみると平均風速が10m/s未満でも20m/s以上の最大瞬間風速が観測されていることもわかります.図1に示した10分毎の平均風速と最大瞬間風速のペアから求めた突風率と平均風速との関係を示したのが図2です.これをみると,突風率は平均風速が小さいほどばらつきが大きく,平均風速が大きくなるほど一定の値に近づいていくことがわかります.著者らは,平均風速と突風率から強風時(最大瞬間風速が20m/s以上)の風速をより安全側に推定することを目的に,図2の分布を包絡する曲線(上限突風率曲線)を作成し,様々な風速データからその特徴を調べています.

3.地域別・気象擾乱別にみた突風率

 2017~2021年度の5年間に,全国のアメダス(約700地点)のいずれかで25m/s以上の日最大瞬間風速が観測された延べ約1,200日を対象に,同日の10分間平均風速と10分間最大瞬間風速から上限突風率曲線を作成しました.まず,全国を北海道から九州までの9エリアに区分して,エリア別に上限突風率を示したのが図3です.同図より,平均風速が大きくなるにつれて中国地方を除く8エリアの上限突風率には大きな差異がなくなることが確認できます.中国地方で上限突風率が小さい一因には,同エリアでの強風日数が62日(他エリアは概ね100日以上)と少ないことが考えられます.次に,強風日毎に強風をもたらした気象擾乱(台風,低気圧,前線,冬型の気圧配置,その他)を同定し,擾乱毎に求めた上限突風率が図4です.同図より,平均風速が大きいほど台風時の上限突風率が他の擾乱に比較して大きいことが確認できます.また,図3と図4を比較すると,上限突風率は地域による違いよりも気象擾乱による違いの方が大きく,取り得る値の幅が大きいことが分かります.このことから,「明日は風が強くなりそうだ」との情報を得たときは,どんな気象擾乱で風が強くなりそうなのか,といった情報を併せて入手することで,瞬間風速の推測の精度を上げることが可能になると考えられます.

4.おわりに

 本稿では,私たちが簡単に入手できる平均風速の情報を用いて,鉄道でよく使われる瞬間風速を簡易に推測する際に役立つ突風率とその地域別,気象擾乱別の特徴を紹介しました.近年,気象災害の激甚化に伴いより強い風がより広範囲な場所で吹く事象が増えつつあり,突風率も変わっていく可能性があります.今後もより最新の風速データを用いて突風率の情報を更新し,皆様への情報提供に努めていきたいと考えています.

参考文献

1)気象庁:気象観測ガイドブック,2018 (https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/kansoku_guide/guidebook.pdf)

執筆者:防災技術研究部 気象防災研究室 荒木啓司
担当者:防災技術研究部 気象防災研究室 栗原璃,京増顕文

発行者:柴田 宗典 【(公財) 鉄道総合技術研究所 施設研究ニュース編集委員会 委員長】
編集者:石綿 勇人 【(公財) 鉄道総合技術研究所 構造物技術研究部 コンクリート構造】