電力ニュース
2026年4月号
矩形舟体の揚力の基本特性とレール方向幅の影響評価
パンタグラフには走行時に揚力が作用しますが、これが適切な値に調整されていないと良好な集電性能が発揮できなくなります。特に舟体に作用する揚力は、風向やすり板の摩耗状態によって変化しやすいため、舟体の断面形状を空力的に最適化することが重要です。さらに、沿線に放射される空力音(風切音)を低減することも両立する必要があり、現状では、揚力の安定化を考慮して矩形を基本とする断面形状を採用したうえで、その形状を工夫することで両者の両立が図られています。鉄道総研では、近年、こういった舟体形状を対象として、断面形状の変更によって流れ場・揚力が変化するメカニズムを解明する研究を進めています。本稿では、そのなかで最も基礎的な検討として、矩形断面の舟体の揚力特性とそのレール方向幅の影響を調査した結果を紹介します。
図1に様々なレール方向幅の矩形舟体の揚力を風洞試験で測定した結果を示します。矩形舟体は上下対称な舟体であるため、揚力がほぼゼロとなることが期待されますが、本図からは、揚力が負値となっていることがわかります。また、舟体のレール方向幅が増加すると、揚力がさらに減少する様子も確認できます。これらの要因について、流れのシミュレーションにより検討を行った結果を図2に示します。本図を参照すると、舟支え部付近の流れが左右に分流する際に強い渦が形成され、その影響により舟体底面の圧力が低下しており、これが揚力が負値となる要因であることがわかります。また、舟体のレール方向幅を増加させるほど、渦が強くなって左右に広がるようになり、低圧力領域が拡大することも別途確認しています。このように、パンタグラフに上下対称な矩形舟体を搭載した場合には、舟体・舟支え部の流れの干渉の影響によって舟体底面の圧力が低下し、揚力が負値となる基本特性を有することを確認しました。パンタグラフが安定して高速集電するためには、揚力を静押上力と同程度の正の値に調整する必要があることから、この状態に対して舟体各部の形状を変更した場合の流れ場や揚力への影響について、現在、検討を進めています。
トロリ線中間接続箇所のひずみ推定
トロリ線が局所的に摩耗・損傷した場合、在来線では引留区間の中間でトロリ線を接続金具等で接続し、必要箇所のみ部分張替を行います。一方、新幹線では高速走行を行うためトロリ線中間接続を原則禁止し引留長全体を張り替えています。これは中間接続箇所の離線やトロリ線疲労破断等が懸念されるためで、とくに疲労破断は、フランス国鉄高速鉄道で報告があり、そのリスクを慎重に評価する必要があります。
中間接続箇所のトロリ線疲労破断リスクを推定するため、疲労破断の指標として用いられるひずみを推定する式を構築しました 1)。この推定式の概要は下記のように表せます(詳細は文献 1)を参照ください)。
トロリ線単体時のひずみ 2)に中間接続の曲げ剛性・質量の影響を考慮した式となっています。トロリ線単体時のひずみは、パンタグラフ速度がトロリ線の曲げ変形が伝わる速度(波動伝播速度)に近づくほど(※この近接度を「無次元化速度β =パンタグラフ速度÷トロリ線波動伝播速度」で示します)、急激に増加することが知られています 2)。ここに中間接続の曲げ剛性・質量の影響によるひずみ増加が掛け合わさるため、金具の曲げ剛性や質量が大きいほど、接続金具近傍のトロリ線は疲労破断の弱点箇所になりえます。
推定式の妥当性を無次元化速度β の高い速度域も含めて検証するため、集電試験装置に実験用の低張力架線を架設し、接続金具の有無によるひずみ増加の速度特性を測定しました。実験条件を図1に示します。トロリ線GT-110を2.9kNで架設することで波動伝播速度を195km/hとし、最高速度200km/hの試験装置でも無次元化速度β ≈1の検証を実現しました。なお、低張力化によるトロリ線の過度の押上を防止するため、径間を25m、パンタグラフの静押上力を27Nとしました。
図2に、無次元化速度に対するトロリ線ひずみの測定値と推定値の比較結果を示します。パンタグラフの押上力同定等に課題があり絶対値の比較では2倍程度の乖離がみられたため、図に示すトロリ線ひずみは、トロリ線単体の静押上時に相当するひずみで正規化した相対値を示しています。これら相対値の比較では、β ≤0.8の範囲で測定値と推定値がよく一致しており、推定式が中間接続によるひずみ増加をよく再現できていることがわかります。なお、β =0.9付近でひずみが推定式ほど増加しないのは、パンタグラフが測定点通過時に顕著に離線していることによります。本実験結果においては、β ≥0.6付近から接続金具ありの条件でのひずみが急激に増加し、β =0.65付近が定性的な適用可能速度の目安と考えられます。
今後、パンタグラフの押上力同定手法等を改良し、実際の架線・パンタグラフ条件でトロリ線ひずみ推定を行い、疲労破断目安値からトロリ線中間接続の適用可能速度を検討していきます。また、新幹線用のトロリ線中間接続金具を開発し、新幹線でのトロリ線部分張替の実現に向けて研究開発を進めていきます。
[参考文献]
- 1) T. Nakamura, Y. Amano, T. Koyama, “Applicability of Contact Wire Splices for Shinkansen Overhead contact lines, WCRR2025.
- 2) 真鍋:講座 架線構造と集電(VII)、電気鉄道39(1)、1985
気象・地形データに基づく新幹線トンネル区間のがいし汚損度推定手法 (その2:推定精度検証と実在トンネルを例とした試算)
新幹線トンネル区間のがいし汚損度に関する3回シリーズ(2025年8月号:実測結果、2026年1月号:推定手法)最終回は推定精度検証と実在トンネルを例とした試算のご紹介です。
2025年8月号で紹介した新幹線トンネル区間のがいし汚損度測定結果(実測値)の全データのうち、手法の構築で使っていない残りの半分のデータを用いて検証しました。実測値と推定値(計算値)の比較結果を図1に示します。推定に用いた気象データは、実測対象のがいしが現地に設置されてから、または直前の清掃を行ってから汚損度を測定するまでと同じ期間としました。図1に示す全データに対して、両者の相関を示す近似直線の傾きは0.88、決定係数(R2)は0.83となり、強い正の相関が確認できました。また、推定値が実測値の2σ(95%信頼区間)に入る確率が93.5%であることから、構築した推定手法はトンネルの設置場所や長さなどの条件によらず適用でき、実用的な推定精度を有するものと判断しました。
トンネル長約900m、トンネル両坑口から海岸までの距離は共に約5km、起点方坑口は内陸向き・終点方坑口は海向きの実在トンネルを例として試算しました。試算条件は、2018年1月1日午前0:00のがいし汚損度を0(ゼロ)と設定し、2018年1月1日午前1:00から2021年1月1日午前0:00までの3年間の気象庁データを使って計算しました。両坑口から約200m地点における汚損度推定値の経時変化を図2に示します。この例では、毎年5月頃に汚損度が一度ピークを迎えた後、降雨が多くなる時期に汚損度が減少する傾向を示しつつ長期的には汚損が蓄積する傾向にあることが推測されています。また、坑口から同じ200mの地点でも、内陸を向いた起点方より海を向いた終点方の方が汚損度が大きくなることが推測されています。
さらに全支持点について、上記と同条件で試算し、各支持点の最大となる推定値で整理した結果を図3に示します。これは、このトンネル内で推定される汚損度の分布と考えることができます。この例では、トンネル坑口付近はトンネルの外の降雨の影響を受けて内部より汚損度が低くなること、最も汚損するのは終点方坑口から約200m付近であること、トンネル中央部付近も最大汚損箇所と同程度汚損することを読み取ることができます。例えば、がいし清掃について、「海岸からの距離が5km以内に坑口があるトンネルは坑口から500m以内は清掃する」と仮定した場合、このトンネルは全支持点を同じ条件で清掃しなければなりませんが、図3に示すように計算上はトンネル内で汚損度が変わるため、トンネルごとの汚損度の状況に応じて清掃範囲を再設定することも可能と考えられます。
トンネル内がいしの汚損と絶縁性能の関係の調査
がいしは汚損により絶縁性能が低下するため、清掃などの周期的な保全が必要です。汚損の程度を示す指標の一つである、等価塩分付着密度(以下、ESDD)は、付着した汚損物を蒸留水に溶かし、水溶液中に含まれる電解性物質の総量を、同じ導電率を与える塩化ナトリウムの量に換算した、単位面積あたりの質量です。汚損の程度を示す別の指標である、不溶性物質付着密度(以下、NSDD)は、単位面積あたりに付着している水に溶解しない物質(粉塵や金属粉など)の質量です。
鉄道総研では、鉄道トンネル内でがいしの汚損度調査を実施し、ESDDの推定手法を提案してきました。一方、NSDDについては、汚損設計値(NSDD = 0.1 mg/cm2)1)を超過するがいしが鉄道トンネル内に多数存在するものの、詳細な知見はこれまで得られていませんでした。
ここでは、鉄道トンネル内の汚損を模擬した人工汚損がいしを用いて、JEC-0203:2022 2)に規定された定印霧中法試験を鉄道総研内の霧室を使用して実施し、ESDDおよびNSDDと絶縁性能との関係について調査した結果を紹介します。
まず、実施した定印霧中法の試験概略を説明いたします。図1のように、鉄道トンネル内の汚損状況を模擬した新幹線用の磁器製長幹がいし試験体を、人工霧中に架設し、30kVを上限として印加し、一定時間保持した後に降圧しました。試験中は印加電圧および漏れ電流を記録し、降圧後に試験体のESDDおよびNSDDを筆洗い法により測定し、それぞれを比較しました。
図2は、ESDDおよびNSDDの測定結果と定印霧中法試験中のせん絡の有無を、IEC / TS 60815-1 3)にて定義される汚損区分に示したものです。〇印、◇印、△印がそれぞれESDDとNSDDの比率を1:10、1:2、1:1とした場合の結果、赤色の×印はせん絡の発生を示しています。おおむねVery heavyに相当する汚損条件下でせん絡が発生し、NSDDが汚損設計値を超過した条件でも、せん絡しない場合が存在しました。
図3は、ESDDと電圧印加中の試験体の最大漏れ電流値Imaxとの関係を示したものです。ESDDの増加に伴ってImaxは増加し、増加傾向はESDDとNSDDの比率が1:10、1:2ではおおむね同じとなり、1:1では緩やかになりました。
ESDDとがいしの漏れ電流およびせん絡の有無には一定の関係性があり、NSDDが絶縁性能に与える影響はESDDに比べて限定的という結果が得られました。なお、ここに示す結果は、がいしの表面漏洩抵抗が最低となる絶縁性能評価上厳しい条件下(相対湿度100%の霧中に60分以上曝露後に試験開始)で実施した試験に基づくものです。
[参考文献]
- 1) 電気協同研究会,ポリマーがい管の設計基準・試験法の標準化,電気協同研究,Vol.72,No.4(2017).
- 2) JEC-0203,高電圧試験一般(2022).
- 3) IEC / TS 60815-1,Selection and dimensioning of high-voltage insulators intended for use in polluted conditions.(2008).
【ワンポイント講座】線形システムと非線形システム
私たちの身の回りには無数のシステムが存在します。機械や電気の装置だけでなく、風による木々のざわめき、気温による飲料の売り上げの変化、世界情勢による原油価格の変動など、「入力(原因)」に対して何らかの「出力(結果)」を生じるものはシステムと考えることができます。「パンタグラフの押上力に対する電車線の押上量」、「列車速度に対するパンタグラフの揚力」や「気温変化に対する自動張力調整装置のストロークの変化や電車線の伸縮」などもシステムへの入出力の関係にあります。したがって、パンタグラフや電車線などはシステムとみなすことができ、両者を組み合わせたものもまたシステムです。
システムを理解する上で非常に重要な概念の一つに「線形」と「非線形」があります。この2つの違いを知ることで、なぜ予測しやすい現象や複雑で予測しにくい現象があるのかを理解する一助となります。
線形システムとは、入力が2倍になれば応答も2倍になるという「比例の関係」が成り立つシステムを指します(図1青線)。フックの法則(力=ばね定数×ばねの伸び)に従うばねの伸びと力の関係も入出力関係にあり、ばねは線形システムとみなすことができます。
一方、実際の多くのシステムは完全な線形ではありません。「入力と出力の関係が比例しない」、「状況によって挙動が急に変わる」などの特徴を持つシステムは、線形システムに対して非線形システムと呼ばれます(図1赤線および緑線)。ばねとストッパを組み合わせた機構では、ストッパに接触しない状況ではフックの法則にしたがい、ストッパに接触する状況ではストッパの剛性もばね要素として作用する場合があるため、図1の緑線のような非線形性を示す場合があります。
現実のシステムは、単純に線形または非線形のどちらかに分類できるものではありません。複数の線形システムと非線形システムが組み合わさって構成されている場合もあれば、単一のシステムであっても入力の「大きさ」や「変化の速度」などの状況に応じて線形にも非線形にも振る舞う場合があります。ただし、図1の赤線のような非線形性がある場合であっても、入力として0付近の範囲を考慮すればよいのであれば青線のような線形システムで近似することも可能です。また、図1の緑線のような非線形性がある場合でも、屈曲する範囲を避ければ線形システムで近似することも可能です。
非線形性が存在することで、入出力関係が複雑になり、入力に対する出力の予測が難しくなる場合があります。電車線とパンタグラフも例外ではなく、電車線設備およびパンタグラフの各種部材に存在する「ガタ」、「ストッパ」、「摩擦」などはシステムを非線形にする要因となります。直接測定できない物理量を何らかのシステム(例えば、パンタグラフの接触力を加速度や部材のひずみ量から推定するシステムなど)を使って予測・推定する場合にも、これらの非線形性により予測・推定精度が低下することがあります。そのため、線形近似の活用や非線形特性をそのまま扱う解析手法を活用するなどの工夫が重要です。過去の研究や実務では、このようなアプローチによって各種現象の理解が進められてきました。一方で、予測・推定を有利に進めるために、非線形性をもつ部材自体を線形化するという方策も検討の余地があると考えられます。
