施設研究ニュース

2026年8月号

P波規定値超過手法による早期地震警報

1.はじめに

 現在の早期地震警報システムでは,鉄道沿線や海岸部等に設置された地震計において,揺れの強さが警報基準値を超過した場合に警報を出力する手法(S波規定値超過手法)や,P波初動から震央位置やマグニチュードを推定し,被害が予測される範囲に警報を出力する手法(P波推定手法)が運用されています.S波規定値超過手法は一定以上の揺れを観測した場合に警報を出力するため,警報出力から強い揺れが到達するまでの余裕時間が短い場合があります.またP波推定手法は震央位置やマグニチュードを推定するのに,P波到達から少なくとも1秒間のデータが必要です.したがって,沿線直下で発生する地震に対しては,警報出力が強い揺れの到達に間に合わない場合があるという課題がありました.そこで,従来よりも早く警報出力することが可能な「P波規定値超過手法」を開発しました.

2.P波規定値超過手法の概要

 本手法では,観測されたP波振幅にS波/P波振幅比をリアルタイムに乗じることでS波振幅を予測し,その予測値が警報基準値を超過した場合に警報を出力します(図1).S波/P波振幅比は,過去の地震データを用いて地震観測点ごとに事前に算出しておきます.

3. 適用性の検証

 ここでは,2004年新潟県中越地震本震データへの適用例を示します.

3.1 S波/P波振幅比の算出

 2006~2014年に発生したマグニチュード4.0~5.9の地震データを使用して,各地震で得られたS波振幅とP波振幅の比を地震観測点ごとに平均することで,S波/P波振幅比を算出しました(図2).S波/P波振幅比は主にサイト増幅特性を反映しており,地震観測点によって大きく異なることがわかります.

3.2 警報の即時性

 本震の震源断層直近に位置するK-NET小千谷観測点での本手法の適用例を示します(図3).P波検知直後から,観測されたP波振幅(地表面最大加速度:PGA)にS波/P波振幅比(K-NET小千谷観測点では3.86)を乗じてS波のPGAを予測します.ここで,警報基準値を80cm/s2とすると,P波検知から0.09秒後に予測S波PGAが警報基準値を超過し,警報を出力する結果となりました.このことは,本手法の即時性の高さを示しています.

3.3 警報の精度

図2に示した地震観測点に本手法を適用したときの予測S波PGAと,実際の観測S波PGAを比較した結果を示します(図4).予測S波PGAに対する観測S波PGAの残差の対数標準偏差は0.284と,高精度にS波PGAを予測できていることがわかりました.また,警報基準値を80cm/s2とした場合の警報出力判定結果を確認したところ,対象の52観測点のうち,本手法により適切に警報出力判定できたのは42点,空振り(過大評価)となったのは6点,見逃し(過小評価)となったのは4点でした.一方,現行のP波推定手法では,適切に警報出力判定したのは45点,空振り1点,見逃し6点でした.以上から,本地震における本手法の警報出力判定精度は,現行のP波推定手法と同程度であることがわかりました.

4. 現行の警報手法との併用

 本手法と,現行のP波推定手法およびS波規定値超過手法の警報出力状況(警報基準値80cm/s2の場合)を比較しました(図5).P波検知から0.64秒後の時点では,主に震源断層近傍で本手法による警報が出力されています.一方,P波検知から1.28秒後の時点では,震源断層周辺で本手法およびP波推定手法により警報出力されています.特に,震源断層南側ではP波推定手法のみにより警報出力されています.よって,本手法は震源断層近傍で最も早く警報出力できることや,現行の警報手法と併用することで総合的に安定して警報出力できることが確認されました.

5.おわりに

新たに開発した「P波規定値超過手法」について紹介しました.今後は早期地震警報システムへ本手法を導入できるよう,アルゴリズム仕様書の作成や実験機による連続稼働試験等を進めて参ります.

執筆者:鉄道地震工学研究センター 地震解析研究室 森脇美沙
担当者:鉄道地震工学研究センター 地震解析研究室 是永将宏

補剛材端部のグラインダー処理による疲労強度向上効果

1.はじめに

 鋼鉄道橋では,マクラギ直下の中間補剛材上端や支承上の端補剛材下端などの補剛材端部の溶接部(図1)に疲労き裂が発生することがあります. このような溶接部での疲労き裂の発生を抑制する対策として,バーグラインダ—により溶接部の形状を改善して疲労強度向上を図る工法(以下,グラインダー処理)が提案されています.本工法は,疲労き裂の起点となる溶接と母材の境界部分(以下,溶接止端)の形状をグラインダーにより滑らかに加工するもので,溶接止端の応力集中を緩和することで疲労き裂の発生が抑制されます.一方,グラインダー処理の効果を得るためには,グラインダーによる研削の深さや加工面の曲率半径等の処理形状(図2)を適切に管理する必要があります.例えば,図2中の研削深さdが大きくなると,母材板厚の減少や断面のくびれによる剛性急変が大きくなり,溶接止端の応力集中が十分に緩和されない可能性があります.グラインダー処理の効果や適切な処理形状は文献1)などに示されているものがありますが,補剛材端部で疲労き裂が発生している部分(補剛材縁端を回すように溶接した部分の補剛材側の溶接止端(図1中の矢印))に適用した場合の効果や適切な処理形状は明らかにされていません.グラインダー処理は簡単な工具のみで短時間に施工できるため,補剛材端部に適用できれば疲労き裂の発生防止対策として有効に活用できます.そこで本研究では,補剛材端部にグラインダー処理を適用する場合の処理形状やグラインダー処理後の疲労強度向上効果を確認しました.

2.グラインダー処理形状と溶接止端の応力集中低減率2)

 補剛材端部でのグラインダー処理を模擬したFEM解析を行い,処理形状を変えて溶接止端の応力集中低減率を比較しました.FEM解析では,上路形式の2主I断面桁(支間:12.3m)の端補剛材下端にグラインダー処理を行った場合を対象とし(図3),列車通過時にグラインダー処理前後の溶接止端に発生する応力を評価しました.解析結果の一例として,グラインダー処理の曲率半径ρ,研削深さdを変えて溶接止端の応力集中低減率を比較した結果を図4,図5に示します.図4より,グラインダー処理後の応力集中低減率は曲率半径ρに応じて高くなっていることがわかります.これは,溶接止端の曲率が大きくなることで応力が集中しにくくなるためです.図5より,同じ曲率半径ρで比較した場合の応力集中低減率は,研削深さdが大きいほど低くなっていることがわかります.これは,母材の板厚減少や補剛材縁端のくびれによる応力集中が大きくなるためです.応力集中低減率は,研削深さd≦0.5mmで20%程度(疲労強度1等級分の疲労限応力の差に相当)となっており,研削深さdをコントロールすることで一定の形状改善の効果が得られることを確認しました.

3.グラインダー処理後の疲労強度向上効果2)

 補剛材端部に実際にグラインダー処理を行った場合の疲労強度向上効果を疲労試験により確認しました.疲労試験では,補剛材端部の溶接部を模擬した試験体を用いて,グラインダー処理の有無を変えて繰返し載荷による疲労寿命を比較しました.グラインダーによる処理形状は,前章の検討結果を元に,母材の断面欠損を抑えられるよう曲率半径ρ=3mm,研削深さd=0.5mmとしました.各試験体の疲労寿命をグラインダー処理の有無で比較した結果を図6に示します.グラインダー処理前は載荷回数76~352万回で疲労き裂が発生したのに対し,グラインダー処理後は500万回以上載荷しても疲労き裂が発生していません.この結果より,グラインダーによる処理形状を適切に管理することで,補剛材端部の疲労強度向上が可能となることを確認しました.

4.おわりに

 補剛材端部に発生する疲労き裂の予防保全対策としてグラインダー処理が有効であることを確認しました.鋼橋では,あるディテールに疲労き裂が発生していると,同じディテールの他の箇所にも同様の疲労き裂の発生が懸念されますが,抜本的な対策にかかるコストが大きい場合などは,一定期間監視を行い,その間のき裂の発生状況を踏まえて対策の必要性等を判断することがあります.このような場合に,グラインダー処理を適用して延命化(疲労強度1等級で疲労寿命が2倍程度)を図ることにより,監視を行っている間の疲労き裂の発生を抑制できます.また,発生応力が小さい場合などは,グラインダー処理を恒久的な対策として利用することも考えられます.

参考文献

1) 日本鋼構造協会:鋼構造物の疲労設計指針・同解説,技報堂出版,2012.
2) 吉田善紀ほか:荷重伝達型十字溶接継手の回し溶接部におけるグラインダー処理の疲労強度向上効果,構造工学論文集,Vol.72A,pp.469-483,2026.

執筆者:構造物技術研究部 橋りょう研究室 吉田善紀
担当者:構造物技術研究部 橋りょう研究室 小林裕介,豊原匡織

近年の線路近傍における薬液注入の実施例

1.はじめに

 薬液注入は,掘削土留め工や線路下横断工等において,地盤や近接構造物の変位抑制および止水を目的として広く用いられています.一方,注入圧により周辺地盤や近接構造物に変位が生じる場合があり,特に線路近傍では,注入効果と列車走行の安全性を両立した設計・施工管理が求められます.
 上記に対し,鉄道総合技術研究所では「注入の設計施工マニュアル」1)を2011年に発行し,現在も広く活用いただいています.しかし,発刊から約15年が経過し,新たな技術や課題が見られるようになっています.そこで,本調査では,文献調査および事例収集により,近年の技術動向を整理するとともに,計画段階における地盤変形解析の活用動向を踏まえ,新たに提案する地盤変形解析手法を用いたパラメータスタディを実施しました.本調査結果は「地盤に対する薬液注入の実施例に関する調査研究 報告書」および「付属:近年の注入の実施例」として2026年3月に発行し鉄道技術推進センターHPに公開していますが,ここではその概要を紹介します.

2.薬液注入に関わる近年の動向

 図1に「注入の設計施工マニュアル」に示される注入工法を示します.工法ごとに注入材やシール方式が異なり,線路近傍では周辺への影響や施工性等を考慮して選定されます.薬液注入では,高い注入圧力は地盤変位を生じやすく,一方で注入速度を低下させると施工期間が長くなるため,両者のバランスが重要です.本調査で37件の事例を収集した結果,多くは既往工法に分類されるものの,施工性や安全性の向上に向けた取組みが見られました.低速注入による工期増への対策として,結束細管多点注入工法や改良型地山パッカ方式の適用が進められていることが明らかになったほか,注入管やポンプ制御の改良による施工効率向上も報告されています.例えば文献2)では多角形スリット構造を有する新型注入管により軌道変状の低減効果が示されています.また,文献3)では地山パッカ方式を用いることで構造物への影響低減と施工期間短縮を図った事例が報告されています.さらに,注入速度や注入圧力を変動させる動的注入工法(図2)も適用されており,文献4)では同工法が従来工法と同等の安全性を有することが示されています.
 上記のような施工技術の高度化に加えて,計画段階における影響把握を目的として地盤変形解析の活用もみられたことから,本報告では,新しく考案した地盤変形解析手法を用いたパラメータスタディの結果を紹介します.

3.効率的な挙動評価のための諸元の取得優先度

 等価1質点モデルの構築に必要な情報である,トリリニアモデルの折れ点を効率的に推定するため,橋上駅の地震挙動に大きく影響する諸元を,感度分析により明らかにしました.各諸元に入力する値は,実在する2層橋上駅の設計図書の調査から得られる各諸元の統計的な変動を基に設定しています.
 感度分析の結果を図4に示します.横軸の感度は地震挙動の変動の大きさ,縦軸は橋上駅の各諸元を感度の大きい順に並べ替えたものです.同図より,線路階以下の部材・スパン・地盤に関する情報や基礎梁の有無等が地震挙動に大きく影響することがわかりました.またこれらの諸元を優先的に取得することで,評価対象駅の地震挙動把握の信頼性や精度を効率的に高められると考えられます.
 最後に,提案した取得優先度の検証のため,基礎梁の無い実駅(線路方向)を対象に,複数の地震波に対して動的解析を行い,設計図書から取得する情報量の多寡が推定精度に与える影響を調べました.
 検証結果を図5に示します.図4の青で示した諸元(感度の上位10項目程度)を取得した場合は,最大応答についてはほぼ正解に近い値を示した一方,塑性率(最大応答変位/降伏変位)については誤差が約20%でした.これに対し,同図の緑で示した諸元(青で示した諸元も含めて上位20項目程度)も追加で取得した場合は,塑性率の誤差は約10%にまで減りました.これより,取得する諸元を全諸元の中から優先度の高いものに限定しても,作業量に見合った精度で地震挙動を評価できました.

4.おわりに

 本報告では,薬液注入工法に関する近年の技術動向と地盤変形解析手法による影響予測の適用例を紹介しました.その結果,新たな施工技術や注入設備の改良が進められていること,また地盤変形解析が線路近傍における施工計画や安全性評価に活用できる可能性を確認しました.今後も,薬液注入工事の安全性向上に向けて知見の蓄積を進めてまいります.

参考文献

1)公益財団法人鉄道総合技術研究所:注入の設計施工マニュアル,財団法人研友社,2011
2)佐藤将樹,草野英明,竹内仁哉,飯塚潤平:鉄道直下における薬液注入工法の注入パイプに着目した性能比較,土木学会第72回年次学術講演会講演概要集,VI-103,pp.205-206,2017
3)大石敬司,倉方真司,福迫政隆:地下鉄駅営業線直下への薬液注入工における施工および安全管理について,土木学会第65回年次学術講演会講演概要集,VI-217,pp.433-434,2010
4)伊藤昭一郎・篠原宏・岡部洋・田中進:動的注入工法における既設軌道への影響について,土木学会第58回年次学術講演会講演概要集,IV-097,pp.193-194,2003
5)石井貴大,仲山貴司,三輪陽彦,清水達貴:薬液注入に伴う周辺地盤挙動のシミュレーション手法の検討,第78回土木学会年次学術講演会講演概要集,2023
6)森 麟,田村 昌仁,千 柄植:ゲル化時 間の長い薬液の砂質地盤における注入形態とその支配条件,土木学会論文集,No. 388/III-8, pp. 61-70,1987
7)石井貴大,仲山貴司,三輪陽彦,清水達貴:地盤の浸透注入と割裂注入を考慮した薬液注入に伴う周辺地盤挙動のシミュレーション手法の検討,第29回地下空間シンポジウム論文・報告集,Vol.29,2024

執筆者:構造物技術研究部 トンネル研究室 小西陽太
担当者:構造物技術研究部 トンネル研究室 仲山貴司,山下雄大,武田琢真

発行者:嶋本 敬介 【(公財) 鉄道総合技術研究所 施設研究ニュース編集委員会 委員長】
編集者:豊原 匡織 【(公財) 鉄道総合技術研究所 構造物技術研究部 橋りょう】