人間科学ニュース

2017年9月号(第211号)

事故の聞き取り調査手法の演習研修の一例

 事故やトラブルの防止には、関係者の行動や発生状況などの十分な情報収集が必要です。そこで、事故の背景要因に関する情報を収集するための聞き取り調査手法と手法の導入を支援するための教育プログラムを開発しました(本誌2015年9月号および2016年1月号をご参照ください)。

 教育プログラムは、基本的な留意事項の解説と体験型の学習(聞き取りの様子の観察、傾聴の演習等)を組合せたものです。演習は、「経験したことを話す」「聞く・傾聴する」「聞いて理解する」という基本的な行為の留意点を理解するための体験を行ないます。しかし、解説を受けたり、聞き取りの様子を映像で視聴したりするだけの場合は、講演形式で一度に多数に対して実施できますが、受講者の姿勢が受身になりがちです。

 2014年秋からの2年半で約70回の研修講師を経験してきましたが、1~2時間の講演よりも、4~8時間かけた演習研修の方を依頼される場合が多いようです。そこで、今回は、教育プログラムで行なわれる演習の一つとして、「経験を話す」「聞いて理解する」という部分の演習例を紹介します。

「経験を話す」「聞いて理解する」演習の方法

 この演習では、受講者の中から1人、話し手を担当する協力者を指名します。次に、話し手にだけに簡単な図形を見せ、それを会場の受講者全員に向かって言葉だけで(描かずに)説明してもらいます。これが、「(図形を見たという)経験を話す」という体験に該当します。

 次に、話し手以外の受講者は、話し手の説明内容からイメージする図形を描いてもらいます。これが「聞いて理解する」という体験に該当します。

同じ体験でも説明の仕方は人それぞれ

 図形を見るという単純な体験であっても、(演習を何回かやっていると)話し手の表現方法にも個人差があります(図1)。

 時々、「自分が体験できたことなのに(わかるように説明できないのは)何か隠しているからだ」ということを言う人もいます。体験したことを言葉だけで説明するのは日常的に経験していることですから簡単なように思いがちです。しかし、正しく説明するのは意外と容易ではありません。

 ですから、聞き取り調査でスムーズに話せなかったり、考え込んだりする瞬間があっても、必ずしも何か隠している、嘘をついているとは限りません。

同じ説明からでも受け取り方は人それぞれ

 話し手に見せる図形はごく簡単なものです。しかし、同じ説明を聞いても、今までの研修ではその場の受講者全員が全く同じ図形を書いたことは一回もありません。

 聞き取り調査の経験者から、「話し手の話の内容がおかしい(矛盾している)時は、必ず何か隠している(嘘をついている)と思う」という意見をうかがうことがあります。しかし、話をしてくれる相手のことをおかしいと思う前に、そもそも、聞き手自身が話し手の話をきちんと受けとめられているかを確認した方が良いでしょう。話をきちんと受けとめずに最初から疑うような態度でいられては、話し手も伝わるように話そうという気が失せてしまうかもしれません。

 こうしたコミュニケーションの齟齬を解決するためには、相互の確認会話が重要です。「今、お話してくださったのは~~ということですか?」と自分が受けとめた内容を言葉で表し、相手に確認をしてください。その際、自分が受けた印象や感想を加えず、話の内容の確認のみにとどめるのが聞き取り調査のコツです。

おわりに

 無駄な疑心暗鬼を止め、相手の話をきちんと受けとめれば、安全に向けた職場内の協力関係が築きやすくなります。聞き取り調査手法の演習研修をぜひ体験してみることをおすすめします。

(安全性解析グループ  宮地 由芽子)

コミュニケーションエラーと対策 その2

コミュニケーションエラー

 指示内容や伝達情報が送り手の意図どおりに相手に伝わらないことをコミュニケーションエラーといいます。「復唱」や「確認会話」はコミュニケーションエラー防止対策として広く知られています。

「復唱」の限界

 復唱は相手が言ったことをくり返し、受け取った情報の内容を相手に確認することが主な目的です。情報の送り手は、自分が伝えた内容と異なる復唱が返ってくれば相手の聞き間違いや理解間違いに気づく事ができる有効な対策です。

 しかし、復唱をしているにも関わらずコミュニケーションエラーが発生してしまう場合があります。このようなケースの会話を分析したところ、肝心な情報の復唱が抜けていた事が原因の1つにあることが分かりました。指示を受ける場合、1回の指示で1つの情報のみ受け取るのではなく、複数の情報を1度に受け取る事があります。全てを復唱するというルールがある場合には復唱漏れは生じませんが、そのようなルールが無い場合は重要な部分を復唱することが多いようです。この時「何が重要か」の判断を誤ってしまうと、肝心な情報の復唱が抜けてしまう可能性があります。

「確認会話」の限界

 航空業界や医療業界で、新たな対策として「確認会話」が注目されるようになりました。これは、相手の言ったことをくり返すだけではなく、重要な情報や自分が理解できなかった情報、曖昧な情報を「○○とは、つまりこういう事ですね」と別の言葉や表現で言い直したり、「そうすると、このようになりますが、良いですか?」と結果として起こる事を相手に返したりするものです。

 確認会話を効果的に行うためには「何が重要か」や「自分が勘違いをしている可能性」や「曖昧な情報」に気づくことが必要です。これができなければ、肝心な情報の確認が抜けてしまいます。

 また、「確認会話」という言葉は最近広まってきてはいますが、実施方法は明確に定められていない場合も多く、実際にどのように確認すれば良いのかについて混乱があるという話も聞こえてきます。

確実な確認のために

 会話というものは常に完璧な情報をやり取りするものではありません。その時の状況によって、情報を省略することや省略された情報を過去の経験等によって補って解釈する場合もあります。

 コミュニケーションエラーを防止するには、省略された情報内に重要な内容が含まれていないかや、自分の解釈が誤っていないか?などに疑問を持ちながら会話を行い、少しでも不安がある場合には相手に確認することが重要です。そのためには、まずは受け取った情報や自分の解釈の「何を確認すべきなのか」ということに気づく能力を身につけておくことが必要と言えそうです。

 また、表面的な確認にならないように、復唱や確認会話の実施方法の整理が必要です。例えば復唱の場合、情報の送り手は「復唱を受けた」という事だけ確認して満足し、復唱誤りに気付かないことがあります。復唱とは、復唱を受け取った側が内容を確認するまでが1セットと捉える必要があります(図1)。

まとめ

 安全心理グループでは、曖昧な表現や用語に気づく能力を向上させる訓練教材と、復唱・確認会話実施方法を学習するための教材を開発中です。教材の内容は、人間科学ニュース2018年3月号でご紹介いたします。

(安全心理グループ  中村 竜)

One Health(一つの健康)

 近年、抗生物質などの薬が効かない薬剤耐性菌のニュースを見かけることが多くなったように思います。ここでは、公共輸送の使命を持つ鉄道も将来的に関わる可能性のある、薬剤耐性菌への取り組みのコンセプトと現状をご紹介したいと思います。

One World、One Health(一つの世界、一つの健康)

 現代では、国境はあるものの自由な往来が許容され、貿易も盛んとなり、一つの国家だけでは存在が成り立たず、国家同士がつながりあう「一つの世界」となっています。これを、感染症問題の観点から見たのがこのコンセプトであり、「人、動物、環境の健康は相互に関連していて一つ」であり、それぞれに連携した取り組みが必要であるということを示します。

 何故なら、記憶に新しいエボラ出血熱(コウモリが媒介)やデング熱(蚊が媒介)などに加え、これまで知られている感染症の6割、さらには今後新しく発見される感染症などはほとんどが動物由来だと言われています。これらの感染症を人獣共通感染症と呼びます。人獣共通感染症の発生と拡大は、上記の3つの要因が密に絡み合っており、それぞれの分野が調和して行動することが必要だからです。

薬剤耐性による感染症の脅威拡大

 感染症には様々な種類があり、その病原体はウィルスや微生物です。その治療には、抗ウィルス剤や抗生物質が用いられますが、近年、冒頭で示した薬剤耐性菌の感染拡大が脅威となっています。最近では、多剤耐性といい、ほとんどの抗生物質が効かない危険な性質を持った菌の検出も増えていると言います。通常では病原性を示さない身の回りに存在する種類の菌であっても、このような耐性を持つと、病気やケガなどで免疫力が落ちた方に感染し、治療できないまま重篤な結果となる場合があります。日本でも、医療現場などでは感染が報告されています。イギリス政府が諮問した調査によれば、2050年の全世界での薬剤耐性菌による死者数は、がんの820万人を大きく超え、1000万人と予測されています(図1)。

世界の取組、わが国の取組

 このため、One Health の概念は今後の脅威を減らすために大変重要なコンセプトの一つとして取り上げられています。実際に昨年行われた先進主要国首脳会議伊勢志摩サミットにおいて、「国際保健のためのG7伊勢志摩ビジョン」の中の1項目として、薬剤耐性に関するOne Health アプローチと各国の協力の強化等の対策が採択され、まさにOne World、One Health での取組みの重要性が認識されました。わが国では、これを受けて、官邸主導で「国際的に脅威となる感染症対策関係閣僚会議」が開かれ、「国際的に脅威となる感染症対策の強化に関する基本方針」とそのアクションプランが制定されました。

対岸の火事ではない

 上記の取組として、具体的には医療と畜産の現場での対策強化が始まっていますが、海外では都市の状況を把握する動きもあります。その一環として、鉄道も含めた都市の大規模調査が進められており、これまでに、その一部である米国のニューヨークやボストンの地下鉄の調査結果が報告されています。

 日本の鉄道にはあまり関係のない話題だと思われたかもしれませんが、鉄道は都市を構成する主要なインフラの一つであり、都市に住む人々の重要な移動手段として使われています。したがって、利用者にとっての鉄道の安全・安心を将来的に推し進め、高いレベルでのサービスを提供するためには、このような事柄に対しても早めに情報収集を行い、対策が必要になった時のことを考え始めることも大切だと思われます。

参考文献

1)Review on Antimicrobial Resistance. Antimicrobial Resistance: Tackling a Crisis for the Health and Wealth of Nation, 2014

(生物工学グループ  池畑 政輝)

乗り心地の見える化

はじめに

 「最近の新幹線はすごく乗り心地がいいね。」「あの列車はけっこう揺れるから苦手なんだよね。」何気ない会話ですが、この「けっこう揺れる」とは、左右の振動なのか、上下の振動なのか、ゆっくりした揺れかブルブルする振動か、それともこれらが混ざり合うから不快なのか、実はよくわからない点がまだ多くあります。このような、捉えどころが難しい乗り心地を捉え、向上させる研究を行っています。

 ここでは、お客様にとっての「振動乗り心地」を「見える化」して、様々な関連要因を簡単に把握する方法についてご紹介します。

乗り心地情報一元表示システム

 人間科学ニュースNo.190(2014 年1 月号)で試作版をご紹介した本システムは、その後、車両や軌道現場のご意見を反映した改良が進んでいます。図1に、軌道整備の前後を比較した画面例を示します。

 左が全体の傾向を把握するためのメイン画面で、一番上に、「旅客が感じる乗り心地の見える化」を狙った「複合振動乗り心地推定(図中「複合推定」)」(人間科学ニュースNo.183(2013年1月号)参照)の結果が表示されるのが大きな特徴です。その下には、振動方向ごとの乗り心地評価(乗り心地レベル)や、軌道変位、線路線形、構造物の情報が表示され、地点に対応した乗り心地の変化や関連情報が一目で把握できます。メイン画面中に点線枠で囲った範囲が軌道整備箇所であり、この範囲だけ、複合推定や乗り心地レベルが改善していることがわかります。

 右側の画面((b)、(c))は、左側のメイン画面の破線箇所の振動特徴を把握するためのサブ画面で、加速度波形上と周波数分布(右下)が表示されます。測定したままの加速度波形や振動分布ではなく、人間の振動感度を反映させ、人間の感じやすい成分はそのまま残し、感じにくい成分は小さく換算して表示するのが特徴です。この例では、整備によって上下振動の1Hz成分と10Hz付近の成分が低減し、この効果が乗り心地向上に繋がったことがわかります。

おわりに

 乗り心地を支えるのは、車両と軌道と運転です。この3つの分野の連携が、さらなる乗り心地の向上を実現します。ぜひ広くご活用いただき、ご意見を頂ければと考えております。

(人間工学グループ  中川 千鶴)