人間科学ニュース

2017年11月号(第212号)

眠気について

 私は乗り物に乗るとすぐに居眠りをしてしまいます。眠りやすい性質なのかもしれません。眠りの基本は24時間周期の生体リズムによるものですが、外部からの刺激などによっても誘発されます。人は、外部からの刺激が全くないと、恐怖や不安を覚え頭の中が覚醒するので逆に眠れないようですが、適度な刺激を繰返し受けると反応が鈍くなり刺激として認識しなくなり、脳が不活性化して眠くなります。これを「馴化」と呼ぶようです。寝る前に本を読むと眠たくなるのも、目で文字を追うという単純な動作に脳が「馴化」するためのようです。列車に乗っている状況は、車窓からの視覚的刺激も、音や振動などの聴覚や体感的な刺激も単純な繰り返しで「馴化」しやすい刺激といえます。一方、パワースペクトルが周波数fに反比例する「1/f」ゆらぎの刺激は人をリラックスさせる効果があるという説もあり、列車の揺れもその「1/f」ゆらぎの一つだとされています。

 このように、列車に乗っている状態は、「どうぞお眠りください」と言われているようなものですので、今後ともあまり罪悪感にとらわれず、気持ちよく寝させていただこうと思います。ただし、これは乗客である私であるから言えることです。運転士をはじめ乗務員の方にとっては、「睡魔」に襲われる職場環境となりえます。

 近年の鉄道はATS やATC などの導入で乗務員の眠気や失念が事故に直結する可能性は大幅に低減しているものの、乗務員の注意力によって安全を担保する状況は引き続き存在しますので、乗務員の眠気防止は古くて新しい課題といえます。鉄道総研では、これまで、安全運転のための眠気予防対策に関する調査・研究を行ってきており、成果を蓄積してきました。関係する皆様からのお問い合わせにお応えすることで、鉄道の安全輸送の一助になれば幸いです。

(鉄道総合技術研究所 理事  芦谷 公稔)

踏切通行ドライバーの実態把握

調査・実験の結果概要

  踏切事故防止を目的として、通行ドライバーの実態をWEB 調査により把握した結果について、人間科学ニュース2016年7月号で紹介しました。

 その後、踏切に進入する場面を模擬した実験(進入判断実験)と、遮断かんに閉じ込められた際の対処方法を実際の踏切で聞き取る実験(脱出判断実験、図参照)を行いました。WEB 調査と合わせ、高齢者と若年者を比較した結果を表に示します。

 以下では、鉄道総研報告に載せていない、調査や実験の中で知り得た興味深い事柄や事例について紹介したいと思います。

図 脱出判断実験の風景例
図 脱出判断実験の風景例
表 踏切事故につながりやすいドライバーの特徴
表 踏切事故につながりやすいドライバーの特徴

非常ボタンへの誤解

 脱出判断実験では高齢者1名が「非常ボタンを押すと遮断かんが上がってくれる」と回答し、WEB調査では若年者1名が「手動ボタンで遮断機を上げる」と回答していました。

 このような例があるのは、教習所、免許試験場、鉄道会社の広報などで見聞きした情報を覚えていなかったり、誤解していたりするためです。ヒアリングで尋ねたところ、教習所で教わった踏切における緊急時の対処の仕方を記憶しているのは45名中12名、テレビや駅ポスター等のメディアでは45名中9名で、年齢による差はありませんでした。

列車が来るまでの余裕

 遮断の終了から列車の到達までの時間は、最低15秒以上、標準20秒とするよう省令で定められています。

 アンケートやヒアリングで、踏切が遮断されてから列車が来るまでにどのくらいの時間があるかについて尋ねました。

 WEB調査のアンケートで30秒以上と答えた割合は88%、脱出判断実験のヒアリングで30秒以上と答えた割合は63%でした。実験での回答割合が低い理由は、実際の踏切の中に閉じ込められた直後に回答したからでしょう。それでも30秒以上の余裕があると思う人の方が多いことは注目されます。

踏切内で車を退避

 脱出判断実験では、高齢者1名が「列車と接触しない位置まで車を進める」と回答しました。また、WEB 調査では、「車を、電車を回避できるように動かす」という高齢者の回答もありました。

 これらは、列車の来ない方の線路上で待ち、やり過ごそうとするリスクの高い対処例です。方向指示器で方向を確認できたとしても、どの線路がどの方向から来るかを間違える可能性があります。このような対処の危険性を伝え、遮断かんを突破するよう促すことが必要です。

 得られた知見は過去の事故事例から推測できるものもありますが、定量的に把握したことに価値があります。今後は、具体的な対策を検討し、事故防止を進めていきたいと思います。

参考文献

井上貴文ら、高齢ドライバーの踏切事故の要因解明、鉄道総研報告、Vol.31、No.11、2017

(安全心理グループ  井上 貴文)

意思決定の傾向を測る

はじめに

 近年、安全上の研究対象として、専門的な技術(テクニカルスキル)を下支えする基盤的な技術(ノンテクニカルスキル)に焦点が当てられており、各職種特有のテクニカルスキルに対する教育訓練のみならず、意思決定やコミュニケーションといったよりノンテクニカルスキルの支援をすることで安全性が高まることが明らかになりつつあります。本稿ではその一つである意思決定に関する取り組みをご紹介します。

意思決定傾向の把握

 一般的に、意思決定という言葉は経営上の判断という意味で使われることが多いですが、鉄道現場で行うほとんどの作業は、ちょっとした意思決定が連続的に行われています。その意思決定を誤ってしまえば事故の原因となることから、個々人の意思決定の問題点を把握し、教育訓練を行うことが重要となります。しかし、個々人の意思決定の問題点を外から把握することは簡単ではありません。そこで鉄道総研では、作業場面を抽象化した、パソコン上で個々人の意思決定傾向が確認できる作業課題を開発しました。

意思決定作業課題の開発

 鉄道作業場面の実態を反映した課題を作成するため、まずヒューマンエラーが関わっていた事故について心理学的な調査や分析を行いました。その結果、鉄道作業現場の意思決定エラーとして「確認作業場面」が多いことが明らかになり、その確認作業場面を模擬した「確認の要否判断課題」(図1)を開発しました。この課題は、9文字のカタカナ文字の中から、「コ」「ウ」「テ」「ツ」の文字が複数あるかをチェックする課題を5問繰り返し、その後に見直しをするか問われるものです。見直しをする場合には、見直しの手間を模擬して、チェックする課題が5問追加されます。見直しをしない場合には確認の手間も無く、チェックする課題にミスが無い場合には、課題の追加が発生しません。しかし、見直しをせずにミスが有った場合には、確認できなかったミスのために多くの手間が増えますので、これを模擬して10問追加されます。この一連の試行を25回繰り返します。

 160名の被験者がこの課題を実施したところ、確かに確認を省略する意思決定傾向が把握できることが示されました。

図1 確認場面を再現した作業課題
図1 確認場面を再現した作業課題

fMRI による妥当性検証

 このようにして開発した作業課題は本当に想定どおりの意思決定を伴っているのかを生理的に検証するため、fMRI (functional Magnetic Resonance Imaging)を活用し、作業課題実施中の脳機能画像データを取得しました(図2)。

 その結果、「自身の違和感を基に意思決定を行う際に活性化する」島皮質が活動していることがわかり、妥当性が示されました。

図2 課題実施中の脳機能画像
図2 課題実施中の脳機能画像

おわりに

 今後、開発した作業課題を活用して、意思決定の傾向を測る手法の研究に取り組む予定です。

(安全心理グループ  北村 康宏)

眠気を捉える(3)

はじめに

 鉄道総研では、近年、進展の著しい画像処理技術等を用い、列車運転士の眠気状態を推定するシステムの研究開発に取り組んでいます。眠気を検知し、警報を出すことにより、運転士が良好な運転パフォーマンスを維持できるように支援するシステムの提案を目標としています。

 運転士の眠気検知の研究は、自動車分野を中心に古くからなされており、そこで開発された先行技術の知見を学び、取り入れるべきことも多いと思われます。本稿では、自動車分野における眠気検知の開発動向について概観したいと思います。

運転操作・車両の挙動と生体情報への着目

 眠気を検知するといっても、人の眠気を直接的に計測できる手法があるわけではありません。このため、‘眠気そのもの’ではなく、ドライバーが眠気を催している際のハンドル操作や車両の挙動に関する情報、ドライバーの生体情報を活用する方法が用いられてきました。生体情報の計測項目として、例えば心拍や血圧・脈圧、換気量、脳波、眼球運動や瞬き、瞳孔径、皮膚電気活動や体温、発汗など様々なパラメータが提案されています。

眠気検知技術の実用化事例

 運転操作や車両の挙動情報を活用したドライバーの眠気の検知技術の実用化事例としては、ハンドル動作をモニタリングし、急なハンドル動作の発生頻度が一定水準を超えるとサインが点滅して休憩を促すといったものがあります。一方、生体情報を活用した実用化事例としては、ヘッドセットマイクのようなものを首からかけ、耳たぶをクリップ状に挟み、脈拍を検出して、その大きさやリズム等から眠気を推定する装置が開発されています。眠気を検知すると、音声や振動で本人に伝えます。高速バスの運行会社で導入されています。

 ドライバーの顔画像から眠気を検知する開発も多くあります。近赤外線カメラでドライバーの目の瞬きをモニターし、目の開閉状態や顔器官の各パーツの相対的な位置関係により顔の向きを捉え、前方への注意力不足を検知すると警報を発出する装置もあります。一部の大型トラック、大型バスに導入されています。安全性向上のためのドライバー支援に関わるシステムであり、製品紹介には、「状況によっては、正常に動作しないことがある」旨の記述がなされています。

 また、‘眠気のレベル’の変化を常時モニタリングするというより、ドライバーの目の開閉をモニタリングし、目を閉じている状態が一定時間続くと警報音が鳴る、言わば‘居眠り検知’のシステムも一部の乗用車に導入されています。前方を注視せず、かつ、衝突の可能性がある場合、警報を早めることでドライバーの回避行動、ブレーキ操作を促します。

 最近では、AI技術を活用した眠気検知システムの研究開発もなされています。眠気と瞬き、表情などに関する様々な計測結果をデータベース化し、その中から瞬き、表情などに関するパラメータと眠気表情を分析し、AI処理することで、眠気レベルを推定するものです。ドライバーが運転に適した状態かをリアルタイムにレベル分けして判定する技術などの開発が行われています。

おわりに

 眠気の検知については、多くの取り組みがあり、製品化されているものもありますが、「眠気を精度良く検知できる」ことを、多様な環境条件やドライバーの個人差を含めて、多数のデータに基づき実証しているシステムは必ずしも多くありません。実際に試用したところ、眠気を検知出来なかったとの報告もあります。列車運転中の眠気検知に関して、先行技術の良いところは取り入れながら、より精度よく眠気を検知する技術を開発していきたいと思います。

<参考>

http://www.fujitsu.com/jp/group/fjm/case-studies/willer/

http://www.hino.co.jp/profia/feature/index.html#safety

(人間工学グループ  水上 直樹)

緊急時の心の働き①~感情コントロール~

はじめに

 地震や津波、火災などの緊急事態が発生した際の対応力を高めるため、多くの鉄道会社では、防災訓練や避難訓練を行い、消火栓や避難梯子などの道具の使い方や対応手順を学ぶ機会を社員に提供しています。しかし、それらを学ぶだけでは、緊急時に適切な対応がとれないことがあります。それは、緊急時に突如襲われる強い緊張や恐怖のため、気が動顛してしまうからです。今回は、緊急時に陥りがちな心の状態とそこから脱する方法について述べたいと思います。

心の働きの癖

 人間は、自分を取り囲んでいる外界から様々な情報を得て、それらを処理することで、世界を認識し、必要な対応をとっています。このような人の情報処理は、緊急事態には、大きな負荷がかかり、次のような傾向がみられることが知られています。

  ① 注意の集中による見落としや勘違いが増える

  ② 自分に都合のよい解釈をしやすくなる

  ③ 深く考えられなくなり、短絡的な行動をとる

 これらは人間の“認知特性”と呼ばれる心の働きの癖です。自分は悲観的に考えすぎる癖があるとか、顎をさわりながら話す癖があるなど、自分の癖を知っていても、それをなかなか簡単には治せません。ですが、自分の癖に気づいていない状態に比べ、癖を知っていると、癖が出るのを減らすことができたり、癖がでてしまったときにすぐに適切な対処をとれたりします。したがって、緊急時の心の働きの癖を知ることは必要な対処行動を適切にとる上で極めて重要です。しかしながら、緊急事態では、癖がでている状態に陥っているのに、それに気づけないことがあります。その原因の一つは、強い恐怖心や緊張などによって心が支配され、自分を見失うこと、すなわち、もう一人の自分で自分を客観的にみることが難しくなることが挙げられます。そのため、緊急時に陥りがちな癖を知るだけでなく、自分自身を客観的にみることができるもう一人の自分を呼び出すためのコントロール技術についても学ぶことが重要です。

火災を生き延びた人の証言

 1982 年のホテル・ニュージャパンの大火で奇跡的に脱出した宿泊客の証言に次のようなものがあります。「自分の部屋(10 階)に迫る猛煙に動顛してしまい,いったんはベッドのマットを2つ立て,その間に身体を入れシーツでぐるぐる巻きつけた状態で下へ飛び降りるつもりになった。ところが部屋の中を右往左往しているうちにバスルームに入り,たまたま鏡に映った自分の姿をみた途端に我にかえった。」

 実際に10階の客室の窓から飛び降りて命を落とした宿泊客は少なくありませんでした。証言した人の場合,たまたま動顛している自分を客観的にみるもう一人の自分が現れたことで,浅慮な判断を止めることができました。鏡に映った自分の姿をみることで,自覚や自己認識を促す方法は,心理療法や体育生理学などの研究分野でもよく用いられており,有効な方法です。自分を客観視するための方法は,鏡を使う方法以外にも腹式呼吸を行う呼吸法など複数考えられますが,いずれの方法にしても,それらについて知っているだけでなく,普段の生活の中でも実践する機会を積極的に作り,体験してみることが重要です。例えば,我を忘れるくらい怒っているとき,あるいは,悲しんでいるときに,自分の姿をそっと鏡に映しだせるように,身近なところに鏡をおいておくのも一案です。その時,自分はどのような反応をとるでしょうか。我を忘れている状態から自分を取り戻す過程が実際にはこんな感じだということが身をもってわかるかもしれません。

おわりに

 緊急時に適切に対処できるようになるには、心の働きの癖やそれらをコントロールする技術を知ることが重要です。そして、コントロール技術は、普段の生活の中で試してみることで、より実践的な知識になります。訓練の場だけが学びの場ではありません。日常生活の中でも考えたり、実践したりすることがいざという時のために重要です。

(人間工学グループ  山内 香奈)

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