人間科学ニュース

2018年7月号(第216号)

鉄道は人が動かしている

 日本の鉄道技術は世界一、かどうかは別として、最近は鉄道の海外輸出が盛んである。この狙いとして、国内需要が頭打ちの中、輸出増に伴う技術力向上や経済効果が謳われており、さらにその背後には、「日本の鉄道技術は世界一なのだから、海外には売れて当たり前。」といった思い込みが見え隠れする。これに対し国内の識者からは、日本の鉄道技術のガラパゴス化や国際規格への対応不足といった冷静な反省と反論が聞かれるが、もう一つ重要な視点が抜けているように思う。それは「鉄道は人が動かしている。」という、ある意味当たり前の事実である。

 最近の日本の鉄道への語り口として、新幹線の高速性や耐震技術などと合わせて、「新幹線7分間の奇跡」を目にすることが多い。新幹線折り返し時間内での車内清掃がこれほど世間の耳目を集めるようになったのは、(株)JR東日本テクノハートTESSEIのマネジメントが優れているのはもちろんであるが、オリンピック招致で脚光を浴びた、日本人の「おもてなし」の心があるのは間違いない。古くは、トヨタの「カイゼン」も同様である。日本の鉄道の高い安全性や定時性は、技術力とともに列車の運行に携わるパートナー会社を含めた社員一人一人のカイゼンへの心がけ、この両輪によって支えられている。後者は文字で具体化するのが難しいので、仕様書に基づく輸出の契約書にどれだけ含められるのかは気になる点である。

 自動車分野の研究1)では、周囲に他の車両がなく車線変更もしない場合と比較して、狭い道への右左折など複雑な走行場面では注視時間が短くなると言われています。これは様々な視対象を確認しなければいけないという状況に対処しているからだと考えられています。

 船舶分野の研究2)では、出港時と比較して洋上では注視時間が長くなると言われています。これは特定の視対象がない一様な海面から異常物を探し出そうとするために、長時間の注視を行っているからだと考えられています。

 昨今は鉄道でも自動運転の導入が叫ばれ、また運転以外の部分でも機械化・省力化が進められている。しかし、新幹線1編成の清掃を7分間で行い、しかも「痒いところに手が届く」ロボットの開発は非常に難しいに違いない。国内の労働人口の減少に伴って省力化が必要であるのは間違いなく、また鉄道総研でも省力化に関わる研究開発テーマを多数実施している。しかし一利用者の立場からすると、何か大切なものが失われるのではないかと危惧している。鉄道現場の省力化が進むからこそ、おもてなしの心を具体化する人間科学の重要性が増すと考えている。

(研究開発推進部長 古川 敦)

指差喚呼と先取喚呼

 本稿では、ヒューマンエラー防止法である指差喚呼と先取喚呼についてお話させていただこうと思います。先取喚呼に関しては2016年1月号と同年9月号に紹介させていただきましたが、初めて目にする方もいらっしゃると思います。そこで、初めに指差喚呼と先取喚呼について紹介し、それぞれの目的とその併用方について述べていきます。

指差喚呼と先取喚呼

 指差喚呼とは、確認や操作を行う対象を指差し、対象の状態や実行しようとする操作内容を発声する確認方法です。鉄道分野に限らず、病院や工場のプラントなどで、エラー防止のため幅広く使用されている方法です。鉄道総研では様々な実験を通して、指差喚呼には視線停留効果や覚醒維持効果など5つの効果があることを確認しております。
 一方で先取喚呼とは、英国の鉄道運転士が行っているコメンタリードライビングをヒントにして、筆者が考案、研究しているエラー防止法です。先取喚呼とは、忘れてはいけない情報や作業について、事前に(先取って)喚呼することで失念を防ぎます。作業遂行直前まで、作業内容について反復復唱することで、作業内容を常に意識上にとどめて失念を防ぐ反復復唱型(図1)と、作業前に自分がその作業を行っているところをイメージしながら作業内容を喚呼し、強く記憶することで失念を防止するイメージング型(図2)の2種類があります。反復復唱型は、列車走行中に指差喚呼を妨害しないように行うのが良いと思われます。イメージング型は、イメージ中はその他の作業を行いにくくなるため、駅停車中などの列車が走行していない時に行うのが良いと思われます。

指差喚呼と先取喚呼のそれぞれの目的

 指差喚呼と先取喚呼は、喚呼をするという点においては同じですが、その目的が異なります。指差喚呼は、主に確認の精度を高めるために行われます。具体的には、見間違いや、見落としの防止が主な目的です。一方、先取喚呼は失念防止です。報告の失念や、作業の失念、確認の失念などが主な目的になると思います。鉄道総研では、先取喚呼の機能ついても研究しており、今後別の機能が発見される可能性もあります。

両手法の併用

 確認ミス防止も失念防止も、事故を防ぐためにはどちらも重要です。そのため、確認ミス防止に主眼を置いた指差喚呼と、失念防止に主眼を置いた先取喚呼をうまく併用することが事故防止に有効であると考えます。指差喚呼やノッチ操作中は、その作業に集中するために、失念が生じやすくなります。そこで、例えば列車走行中、指差喚呼やノッチ操作直後に反復復唱型先取喚呼し、忘れてはいけないことを意識することで失念が防止できると思われます。また、列車が停車した時に、指差喚呼による確認作業を終えてから出発合図を受けるまでの間に、イメージング型先取喚呼を行うのが、効果的な使い方であると思われます。
 一方で、やりすぎには注意が必要です。英国の運転士を対象に行った実験では、シミュレータ運転中、反復復唱型先取喚呼をさせ続けた場合と、運転士の任意のタイミングで反復復唱型先取喚呼をさせた場合とでは、前者の方が運転を単調と感じやすく、自身が何を喚呼しているのか分かりにくくなるという結果になりました。指差喚呼や先取喚呼は、行うことが目的ではなく、エラーを防ぐために行うことが目的であることを意識していただければと思います。今後、鉄道総研では適切な先取喚呼の行い方について検討していきます。

(安全心理グループ 佐藤 文紀)

ダブルチェックの精度を高めよう

はじめに

 ダブルチェックは、何らかの作業後に1回目の確認を行い、再度2回目の確認を行うことです。なお、3回目以降も再度確認を行う場合には、多重チェックと呼ばれます。
 本誌No.172(2011年3月号)では「多重チェックの落とし穴」と題して、ダブルチェックの効果が有効に発揮されない場合についてご紹介しました。ダブルチェックの効果に影響する要因の一つは、社会的手抜きだと考えられています。社会的手抜きとは、個々に作業した場合よりも集団で作業した場合に、努力をしなくなる傾向のことです。自分以外の確認者がいることよって、相手に依存したり、油断が生じたりした結果、かえって精度が低くなってしまうのです。

独立したダブルチェックとは

 それでは、ダブルチェックの精度を高めるにはどうしたら良いでしょうか。本稿では、「独立したダブルチェック」というやり方についてご紹介します。
 独立したダブルチェックは、2人目の確認者が、1人目の確認者の確認結果などの事前知識を持つことなく確認を行うものです。したがって、2人目の確認者は、「1人目の確認者がちゃんと確認しているはずだ」という先入観を持たずに確認することが出来ます(図1)。このことによって、相手に対する依存や油断を防ぐことを狙っています。独立したダブルチェックは、医療現場などで使われていますが、厳密な実験での効果検証はされていませんでした。


 

独立したダブルチェックの精度検証

 そこで、次のような実験で、その効果を検証しました。
 実験課題は、パソコン画面に表示された文字の中から「コ,ウ,テ,ツ」の4文字を探し出し、マウスでクリック(確認)するというものでした。なお、クリックした文字は赤に変わります(図2)。この確認作業を2回繰り返す際、1人が2回確認する場合と異なる2人が1回ずつ確認する場合、1回目(1人目)の結果が参照できる(1回目にクリックした文字が2回目に赤で表示される)場合と参照できない(2回目に文字がすべて黒で表示される)場合を組み合わせました。最終的な「コ,ウ,テ,ツ」のチェック漏れを集計したのが図3になります。結果を見ると、1回目(1人目)の確認結果を参照できない方が、チェック漏れが少なく、精度が高くなることがわかります。

おわりに

 図1に示した通り、チェック用紙を複数準備する手間や2人(2回)の結果を照合する手間は必要ですが、独立したダブルチェックによって確認精度の向上が見込まれますので、作業の種類や状況に応じて適切に活用していただければと思います。

(安全心理グループ 増田 貴之)

ロービジョン者に必要な配慮(その2)

はじめに

 前回No.210(2017年7月号)、バリアフリーの分野ではロービジョン者のための対策が立ち遅れていること、ロービジョン者のためのバリアフリー対策はロービジョン者に特有の事情を考慮する必要があること等をお話ししました。今回は2つの事例についてこの問題を考えてみたいと思います。

視覚障害者誘導用ブロックの使いやすさ

 視覚障害者誘導用ブロックとはいわゆる点字ブロックのことですが、長いので、ここでは「ブロック」と略します。ブロックは今から半世紀ほど前に日本で誕生した技術で、現在では日本全国に普及しています。全盲者はその表面の点状や線状の突起に足や白杖で触れて使う訳ですが、これだけでは全体の半分しか説明したことになりません。同じ視覚障害者でも、ロービジョン者はブロックを目で見て使うからです。ブロックには触れずに、目で見て脇を歩くというケースもあります。ブロックが黄色く目立つよう色づけられているのはこのためです。

 しかし、巷には黄色くないブロックが散見されることも事実です。そうした事例は設計者(施工者)が、「景観に配慮」した結果であることが多く、わざわざ周囲と同色または同系色のブロックが使用されています。つまり、触れて使うケースしか想定せず、目で見て使うロービジョン者への配慮が全く欠けている訳です。これに対しては、視覚障害者団体も声をあげています1)。

 それでは、黄色いブロックを使ってさえいれば十分かといえば、一概にはそう言えないところが難しいところです。日本の公共施設では、空間を明るくしたいというニーズから、床材に明るい色のタイルが使われることが少なくありません。そうすると、明るい面に明るい色(黄色)のブロックが敷設されることになるため、案外、ブロックは見えにくくなってしまうのです。

 ブロックの見えやすさには周囲面との視覚コントラスト(色のコントラストや明暗のコントラスト)が重要ですが、色覚をもたない人に対しても有効なものは明暗のコントラスト、つまり輝度コントラストです。周囲がアスファルトのように黒っぽい場合には輝度コントラストが大きくブロックは見えやすく、周囲が白っぽい場合には輝度コントラストが小さくブロックは見えにくくなります。

 こうした問題を解決するため、ブロックの両側に黒っぽい帯(側帯)で縁取りを付けてブロックが見やすくなるように工夫した施工例が、近年、道路を中心に増えてきました。ただ、歩行面に黒い帯があると、ロービジョン者には溝のように見えて怖く感じるという弊害もあります。そこで、我々は、弊害を抑えながらブロックの見えやすさを向上するための側帯の条件を実験で検証し、側帯の幅は5~15cmが良いことを提案しています。

トイレの使いやすさ

 もう1つの問題はトイレです。駅のような公共空間にみられるトイレでは狭い空間内に様々な器具が密集している上、動線が複雑に折り曲げられていることも多く、視覚障害者にとってはハードルが高い場所のひとつです。その一方、デリケートな空間でもありますから、介助者と一緒の時でさえ、トイレ内では基本的に自力で済ませる必要があります。私が出会ったロービジョン者の中には、中の構造をよく知っている数ケ所以外、駅のトイレは極力使わないようにしているという方もおられますが、前向きな解決法とは言えません。やはり、誰もが安心して使えるような設計が必要でしょう。

 多機能トイレ内の器具類の配置はJIS規格で決められていますが、それは一般トイレには適用されません。また視覚障害者の側も、多機能トイレは空間が広すぎてどこに何があるかがわかりにくいという理由で、一般トイレを使うことが多いようです。

 そこで私達は、トイレ内の配色の面からロービジョン者の使いやすさを向上させるための検討を行っています。見えやすさには輝度コントラストが重要であることはトイレも同じですが、平面上に敷設されるブロックと違って、トイレの中には立体的な器具や構造が多く、照明によって影や陰も出来るため、それを測ることはずっと難しいという問題があります。小便器、個室ブース、洗面台などについて、どこをどのように配色することがロービジョン者の使いやすさにつながるのか、検討を進めています。

参考文献

1.毎日新聞:<点字ブロック>やっぱり黄色「弱視の人にも見やすい」、毎日新聞(2017年11月19日付)

(人間工学グループ 大野 央人)

事故シナリオを想定する

はじめに

 事故を未然に防止する取り組みは種々行われていますが、防ぎきれない場合もあります。このことから、万が一、事故が発生した際にも被害を軽減するための対策を考えておくことは重要です。例えば、列車が自動車や他の列車などに衝突(以下、1次衝突)し、車両内に発生した衝撃で乗客が投げ出され、車内設備や他の乗客に衝突(以下、2次衝突)することで、場合によっては大きな傷害が発生する可能性があります。このような傷害の軽減に向けて、2次衝突をあらかじめ考慮して車内設備を設計しておくという観点で、研究を行っています。

どのように検討を進めるべきか?

 2次衝突を考慮した車内設備を設計するためには、事故時に乗客はどのように投げ出され、どの車内設備に2次衝突し、どのような傷害を負うのかといった被害状況を把握する必要があります。しかしながら、同じ車内レイアウトで同じ位置に乗客が居ても、車両内に発生した衝撃の特徴によって、2次衝突する車内設備の位置や、2次衝突する姿勢・速度が異なり、被害状況も変わります。この衝撃は列車がどのような速度で、何に1次衝突するのかといった事故シナリオに依存します。以上のことから、想定する事故シナリオを決め、被害を軽減するための設計の検討を進めています。

欧米で進められた検討の流れ

 英国では2次衝突を考慮した車内設備を設計するための研究が90年代に開始されました。その際に、まず事故シナリオを想定した上で様々な検討が行われ、その結果を踏まえて設計基準が策定されました。その後、欧州全体でこのような基準の統一化を目指したプロジェクトが始まり、2014年に技術レポートが発行されました。このレポートでは列車同士が相対速度36km/hで衝突する事故シナリオが想定されています。一方で、米国では相対速度48km/hの列車衝突事故を想定した基準が策定されています。欧米で事故シナリオが異なっているのは、発生した事故傾向の違いや、各国の事情によるようです。では、日本で発生した事故はどのような傾向を示しているのでしょうか。

日本国内で発生した鉄道運転事故の特徴

 2001年度から2015年度に国内で発生した鉄道運転事故の7種別(①列車衝突、②列車脱線、③列車火災、④踏切障害、⑤道路障害、⑥鉄道人身障害、⑦鉄道物損)の件数を比較しました(図1)。このうち事故発生時に車両に衝撃が発生する可能性のある事故種別①、②、④、⑤、⑦の中で、踏切障害事故が圧倒的に多いことが分かります。また、同期間に発生した踏切事故(踏切障害に伴う①列車衝突事故、②列車脱線事故、③列車火災事故と④踏切障害事故を指す)において、衝突物の約半数が自動車であり、原因は直前横断や踏切上での停滞・落輪・エンストが約8割を占めています(図2)。

想定する事故シナリオ

 国内で発生した事故の特徴から、踏切上で前面から自動車と衝突する事故シナリオを想定して研究を行っています。具体的には、過去に踏切で発生した重大事故における列車の1次衝突速度と、法律で規定されている大型自動車の最大重量を参考に、列車が54km/hで総重量22tの大型ダンプカーに衝突する条件を中心に検討を進めています。

(人間工学グループ 中井 一馬)

現業管理者のコミュニケーションスキル評価手法

はじめに

 職場の同僚や管理者に相談し易い職場であることは、安全風土の重要な側面です。そこで、自己チェックや指導のきっかけ作りのための「職場管理者のコミュニケーションスキル評価手法」1)を作成しました。また、その評価結果を提示するツールとして、評価点とコメント(強み・弱み)を自動出力するシート(図1)を作成しました。このシートを使うと、社員からの期待などの必要な調査の結果を予め設定しておけば、回答時間は4~5分程ですが、各回答者の評価結果を瞬時に提示します。
 ここでは、評価結果の提示内容についてのモニター調査の結果について紹介します。

「弱み」は改善の内容に

 モニター調査では、3職場10人の管理者を対象に、自身の評価結果(評価点とコメント)を読んでいただいた後に、提示内容の有効性の確認のための質問(今後の改善の参考になるか)と否定的な印象がないかを確認する質問(嫌な気分にならないか)を行いました。その結果、ありがたいことに10人中9人から、各自の評価結果を読んだ後に「嫌な気分にはならない」「今後の参考になる」との意見をいただきました。
 さらに、「今後の参考になる」という回答の内容的な妥当性を確認するために、今後、改善しようと思うことの具体的な内容を説明していただきました。その結果、各自が改善しようと考えている内容のうち、7割が「(弱みの中で)特に社員から期待されていること」に関するコメントであり、また6割が自身の「弱み」として提示されたコメントに関連したものでした。
 各自の弱みに対して改善を促すことが本手法の目的ですから、弱点として提示された内容について、今後、改善しようと考えてもらえることは、本手法の目的に適ったものです。では、各自の「弱み」だけを提示し、「強み」は提示しなくても良いでしょうか?

「強み」は改善する気に

 モニター調査では、協力していただいた管理者全員が「強み」の情報は「あった方が良い」という意見でした。また、「自身の評価結果を読んで嫌な気分になった」「評価結果は、今後の参考にならない」と回答した人は、「強み」の情報が提示されなかった人でした。
 たしかに「弱み」は、今後取り組むべき改善の内容を示すものです。しかし、評価を受けることそのものに否定的な印象をもち、嫌な気分になっていては、評価結果を素直に受け入れ、改善する気にならなくても仕方がないのかもしれません。評価に対する否定的な感情(リアクタンス)を持たせないためには、どうやら「強み」は重要な情報であったようです。
 実は、評価項目には、「褒めることはないか常に考え、些細なことでも声をかけ、褒める」という1項目が含まれています。管理者が褒める態度を示してくれると、社員と話す機会が増えます。同じように、管理者も褒めてもらえると、心を開き、改善のための情報を受けとめてくださるわけです。

おわりに

 鉄道総研では、様々な職種に対応して、現業管理者のコミュニケーションスキル評価、職場社員の期待度評価などの調査の実施など、職場の実態に合わせた評価をお請けすることが出来ます。
 安全風土の醸成のため、職場内のコミュニケーションの活性化のために、ぜひご活用いただければと考えています。

参考文献

1)宮地ら:現業管理者のコミュニケーションスキル評価手法、鉄道総研報告、 Vol.31、 No.11、 pp.5-10、2017