電力ニュース

2023年10月号

架線・パンタグラフシミュレーションの妥当性確認結果

 鉄道総研では、架線・パンタグラフ系の運動シミュレーションの開発を進めています。シミュレーションの開発では、その計算結果が実際の設備で生じる現象を再現できているか(シミュレーションの妥当性)を確認することが重要です。ここでは妥当性の確認結果の一例をご紹介します。

 実際に起きる現象のデータを取得するために、鉄道総研が所有する集電試験装置を用いて架線に対してパンタグラフをしゅう動走行させました。図1 のように、走行台車にレーザー変位計、電車線金具に巻取式変位計を設置してパンタグラフ高さやトロリ線上下変位を測定しました。さらに、集電試験装置での実験条件を再現した計算モデルを作成して(図2)、実験と同等の条件でのパンタグラフの走行シミュレーションを実施しました。そして、実験で取得したパンタグラフ高さ・トロリ線変位等の動的なデータと、シミュレーションによる計算結果とを比較し、それらが良く一致していることを確認しました(図3、図4)。

 このような手順を通して、鉄道総研ではシミュレーションの妥当性を確認し、計算精度を高めています。今後もシミュレーション技術を活用して、架線・パンタグラフ系の運動に関する現象解明や設計への応用、メンテナンスへの活用を見据えた研究開発を進めてまいります。

(記事: 集電管理 長尾 恭平)

スプライサ金具の断面寸法の設計

 トロリ線に局所摩耗が発生した際に、在来線ではダブルイヤーやスプライサ等の接続金具を用いて必要箇所のみ張替えています。一方、新幹線高速区間では集電性能を優先して引留長全体を張替えていますが、部分張替によるコスト削減が期待されています。本稿では、新幹線用電車線への接続金具の導入に向けて、トロリ線接続の要求性能を満たす接続金具(スプライサ想定)の断面寸法設計に関して報告します。

 トロリ線を機械的・電気的に接続するために接続金具に求められる要求性能は以下の通りです。
 ① 機械的接続要件:許容荷重…トロリ線の標準張力の2.2 倍以上
 ② 電気的接続要件:電気抵抗…トロリ線の電気抵抗以下
ここでは、代表的な架線金具用材料で、上記要件を満たす金具の断面寸法を概算します。

 図1に接続金具の断面形状および寸法を示します。計算簡略化のため、長方形断面と仮定して検討しています。①機械的接続要件について、トロリ線張力により生じる金具の応力が金具材料の耐力以下となる断面積を求めます。引張応力と曲げ応力の両方が加わるとき、金具の断面積の計算式は式(1)になります。②電気的接続要件について、金具の電気抵抗がトロリ線の電気抵抗以下となる金具の断面積を求めます。電気抵抗を満たす金具の断面積の計算式は式(2)になります。

 式(1)を用いて許容荷重をトロリ線標準張力の2.2倍としたときの金具の耐力と断面積の関係を図2に示します。また、式(2)を用いて電気抵抗をトロリ線電気抵抗としたときの金具の導電率と断面積の関係を図3に示します。具体例として、金具材料は、既存のスプライサに使用されているアルミニウム青銅、コネクタ金具に使用されている純銅とし、トロリ線は新幹線を想定し線種GT-SN-170、標準張力19.6kNとしました。各トロリ線の機械的、電気的接続に必要な断面積は、図2、3の各曲線と金具の耐力または導電率との交点の値以上となります。トロリ線GT-SN-170・標準張力19.6kNの条件において、アルミニウム青銅では許容荷重を満たす断面積は図2から900mm2、電気抵抗を満たす断面積は図3から1140mm2となり、許容荷重と電気抵抗の両方を満たすためには断面積が大きい値である1140mm2を選択します。同様に、純銅では許容荷重を満たす断面積は2820mm2、電気抵抗を満たす断面積は120mm2となり、許容荷重と電気抵抗の両方を満たすためには2820mm2が必要になります。アルミニウム青銅もしくは純銅を用いた際の金具質量は、金具全長をスプライサとほぼ同じの200mmと仮定すると、アルミニウム青銅で1.7kg、純銅で5kgとなります。

 今後、高速走行区間への接続金具導入を目指し、上記程度の付加質量が架線・パンタグラフの接触力変動に与える影響や、接続金具による曲げ剛性増加がトロリ線応力に与える影響等を検討していきます。

(記事: 電車線構造 中島 祐樹)

高強度トロリ線のひずみ目安値の提案

 トロリ線は、パンタグラフが接触しながら通過するたび曲げひずみが生じ、ひずみの大きさによっては疲労破断するおそれがあります。そのためトロリ線には許容されるひずみの目安として500×10-6という値が設定されています。この値は、無張力下の硬銅線材(直径2mm)の疲労特性とある程度の余裕度に基づき設定された値で、全ての種類のトロリ線に適用されています。しかし、一般的に金属は静的強度が大きいほど耐疲労性が高いことが知られており、高強度トロリ線では上記の目安値を向上できる可能性があります。そこで、従来の目安値設定方法と整合する高強度トロリ線のひずみ目安値を提案しました。

 ここで、従来の目安値設定には2つの課題があると考えられます。1つは設定時の余裕度に定量的な根拠が示されていないこと、もう1つは張力下の実トロリ線の疲労特性に基づいていないことです。そこで本研究では、張力下の実トロリ線GT110の疲労試験を実施してS-N曲線を作成し、S-N曲線から求めた破断確率によって余裕度を定量化することとしました。疲労試験には、線条・金具振動試験機(図 1)を使用しました。疲労試験におけるトロリ線は、標準張力9.8kNにおける摩耗限度を模擬しました。その他の試験手順は文献 1)の14S-N試験法に従いました。図2 に、疲労試験結果から作成したGT110のS-N曲線を示します。図2の水平部分は、107回の疲労寿命に対するひずみ振幅をステアケース法 1)によって求めたものです。S-N曲線と従来目安値500×10-6を比較した結果、余裕度を含む従来目安値は破断確率約0.3%のひずみ振幅に相当することがわかりました。

 以上の結果から、従来と整合するトロリ線ひずみ目安値設定方法として下記を提案しました。
 ① 摩耗限度を模擬したトロリ線に対して 14S-N試験法による疲労試験を実施し、S-N曲線を作成する。
 ② 疲労寿命107回に対して破断確率が0.3%となるひずみ振幅を求め、それを基準にひずみ目安値を設定する。

 最後に、上記の方法により高強度トロリ線のひずみ目安値を求めた例を紹介します。今回対象としたトロリ線は、SNN170、PHC110、PHC130、CPS130の4種類です。表1に、各トロリ線のひずみ目安値案を示します。

[参考文献]

  • 1) 日本機械学会:統計的疲労試験方法(改訂版)、日本機械学会、1994

(記事: 集電管理 小原 拓也)

ACRPS2023の報告

 ACRPS(A.C. Rail Power Supply)は、主にドイツ語圏を中心とした地域の交流電気鉄道に関する電車線・変電関係の国際会議です。ドイツの鉄道業界誌Elektrische Bahnen(電気鉄道)、ドイツ鉄道(DB)、ドイツ連邦鉄道局(EBA)、SIEMENS等メーカーの共催によって、2003年から2年ごとにドイツのライプツィヒにて開催されています 1)。一方、直流電気鉄道に関する話題はACRPS 対象外であったため、こちらと対比する形で、2020年から2年ごとにDCRPS(D.C. Rail Power Supply)が開催されることとなりました。現在では奇数年はACRPS、偶数年はDCRPSというように、それぞれ隔年で開催されています。また、当日の講演内容は後日論文としてまとめた上でElektrische Bahnen誌に掲載されています。

 両会議は、研究者・鉄道会社の技術者・メーカーの技術者が一堂に会する場であり、その点では日本のJ-RAIL(鉄道技術・政策連合シンポジウム)と似ています。一方で、電気鉄道の電力供給を主要な話題とする会議であること、かつ電力分野のみで例年400~500名程度の専門家が参加することの二点は、日本のJ-RAILとの大きな相違点です。また、講演内容として、現在進行中の施工プロジェクトの紹介、あるいは国際規格への対応方法の検討といった実務に近い話題提供が多いことが特徴として挙げられます。なお、欧州以外からの参加者も講演可能であり、これまで鉄道総研からは3件講演を行いました。

 2023年3月30~31日にACRPS2023が開催されました。新型コロナ禍後の参加者の便宜を図るため、対面参加と Web 参加のハイブリッド形式で開催され、弊研究室からもWeb参加にて聴講しました。講演件数は全21件であり、ドイツを中心とした欧州諸国から講演がありました(図1)。内容としては、工事・建設プロジェクトの紹介、および電車線や集電系の話題が多く取り扱われていました(図2)。その中でも、
 ・ 保全・工事用車両の電動化にあたっての車載蓄電池の活用とそのマネジメントに関する講演
 ・ 蓄電池車両用充電インフラに向けた再生可能エネルギー利用検討に関する講演
 ・ 交流 25kV き電系統への直接連系を想定した太陽光発電システムの設計に関する講演
などといった再生可能エネルギーや蓄電池車両に関する講演が見られ、欧州における脱炭素に向けた取り組み意識の高まり、あるいは鉄道設備を活用した電力託送への新たな視点が感じ取れました。

 来る2024年3月14~15日にはDCRPS2024(https://www.dcrps.org/en/)が開催予定です。ご興味のある方は上記Webサイトをご確認いただければと思います。

[参考文献]

  • 1) 兎束哲夫:交流き電会議 ACRPS、鉄道と電気技術、Vol.21、No.7、pp. 15-19、2010

(記事: き電 緒方 隆充)

【ワンポイント講座】スパースモデリング

 多数の情報からある現象を説明する問題の例として、パンタグラフの舟体表面の圧力からパンタグラフの揚力を推定する問題を考えます。原理的には、揚力は舟体表面の圧力を表面の方向を考慮しながら面積分すると求めることができます。これを実際に行うためには、舟体表面の圧力分布を測定する必要があります。この圧力分布の測定を多数の圧力測定点で近似的に代替することも可能です。この近似は、原理的には加算点(この例では圧力測定点)同士の間隔が小さいほど積分の結果に近づきますので、精度を上げるためには非常に多くの圧力測定点が必要となります。とはいえ、測定点数が増加するほどデータ処理等にかかるコスト(手間・費用)が増加しますし、より少ないいくつかの代表測定点の圧力データだけから揚力を求めることができるかもしれません。揚力の精度を確保しつつ測定点数を減らす場合には、測定点毎の重要度(揚力への寄与度)を把握し、重要度の低い測定点を使用しないという取捨選択をする必要がありますが、それは非常に難しい問題です。このような問題に対して、スパースモデリング 1)という手法が有効な場合があります。この手法は、大量のデータの中からごく少数の(疎な=スパースな)データを用いて現象を説明する関係式などを構築すること(モデリング)が可能であることから、スパースモデリングと呼ばれています。

 上記の揚力を求める問題に対して実際にスパースモデリングを適用した例を紹介します。図 1 に示すような 34 点の圧力測定点を設けた舟体模型(研究用のため特殊な形状)を取り付けたパンタグラフに対して揚力および舟体表面圧力を測定する風洞試験を実施し、その結果に対してスパースモデリングを適用しました。この結果、5 点の圧力データのみを用いることにより、スパースモデリングを使わずに 34 点の圧力データを用いた場合と同等の揚力測定結果が得られることを確認しています 2)。これにより精度を低下させずに低コストな測定方法を構築することができたと言えます。

 上記の例のほかにも、スパースモデリングにより大量のデータ(ビッグデータ)から現象を説明するために必要最低限のデータを抽出し、抽出されたデータのみにより現象を表現する関係式を構築する検討が行われています 3)。必要最小限のデータから構築されたモデルは、可読性・解釈性が高く、現象の理解・説明に大きく寄与することになり、広い分野で研究例や活用例があります。

[参考文献]

  • 1) 永原正章:スパースモデリング 基礎から動的システムへの応用、コロナ社、2018
  • 2) 山下義隆ら:スパースモデリングによるパンタグラフの揚力係数推定手法、日本機械学会論文集、 Vol.84、No.868、p18-00267、2018
  • ※3) 例えば http://sparse-modeling.jp/

(記事: 集電力学 山下 義隆)