電力ニュース
2025年4月号
架線割り込み現象と静的割り込み限界
わたり線と本線の交差区間や、強風によりトロリ線に著大な線路直角方向変位(はらみ)が生じた場合、舟体左右に取り付けられたホーンからトロリ線が脱落し、舟体の下に回り込む「架線割り込み現象」が起きる可能性があります(図1)。割り込みが発生しない限界のトロリ線接触位置を「割り込み限界」といい、トロリ線とパンタグラフとの静的な力の釣り合いから以下の式(通称、下川の式)で算出されます 1)。(円弧ホーンの場合)
ここで、x c0 [m]:静的割り込み限界、r[m]:ホーン曲線部半径、P[N]:パンタグラフ押上力、K H [N/m]:トロリ線復元力の等価ばね定数です。この下川の式では、割り込み限界を簡単に求めることができる一方、パンタグラフの傾斜やホーン・トロリ線間の摩擦力などの影響は無視されています。
そこで、曲線などパンタグラフの傾斜を無視できない区間に対し、式(1)の導出過程を参考に、図2のようにパンタグラフが鉛直方向に対しα度傾いているときの静的割り込み限界の算出式を導出しました 2)。
ここで、ξ c[m]:トロリ線とパンタグラフの力が釣り合う点、ξ c0[m]:割り込み限界(いずれもパンタグラフ上の座標系)です。数値解法を用いて式(2)、式(3)より割り込み限界ξ c0を実際に求めると、図3のように傾斜角αが大きいほど割り込み限界が小さく、割り込みが発生しやすくなることが明らかになりました。
[参考文献]
- 1) 集電力学委員会:高速架線の研究、鉄道電化協会、N72-12、2002
- 2) 村上、小山:パンタグラフ傾斜を考慮した静的な割り込み限界の理論検討、J-RAIL2024、SS7-1-3、2024
トロリ線とすり板の摩擦熱による接点の温度上昇解析モデル(2)
前報(126号 1))では、トロリ線とすり板の摩擦熱による接点温度上昇解析モデルを紹介しました(図1)。このモデルでは、1接点あたりの摩擦仕事(=摩擦力F [N]×速度v [m/s])にかけた係数ηが0.6の時に、実験値と解析値の誤差が最小になることを報告しましたが(図2)、本稿ではη=0.6の根拠について報告します。
図1のモデルは、トロリ線とすり板の接点が固定された状態です。一方、実際はすり板がトロリ線と接触しながら移動するため、図3のように相対的に移動するモデルが正確です。その場合、接触面積は図4のように時間によって変化し、接点移動モデルの平均接触面積A [m2]は接点固定モデルの0.41倍、接触時間t[s]は接点固定モデルの2倍となります。
接点1つあたりの平均接触面積A [m2]が小さくなると、すり板とトロリ線の荷重N [N]を支えるための接点数nが増加します。
ここで、H0はトロリ線硬さ[Pa]、A0はトロリ線とすり板の見かけ上の接触面積[m2]です。硬銅トロリ線と鉄系焼結合金の組合せの場合、(1)式から接点移動モデルの接点数nは、接点固定モデルの2.2倍となります。
接点に摩擦熱が入力されたときの温度上昇θ [K]は、次式で計算できます。
ここで、Acは接点自体の断面積[m2]です。この式の接点数nと接触時間t[s]に、接点移動モデルと接点固定モデルの比率をかけると、次式のように0.64という数字が得られます。
(3)式は、接点移動モデルの温度上昇θ'は、接点固定モデルの温度上昇θの0.64倍であることを示しており、これがη=0.6という値になったものと考えられます。
以上、接点の移動モデルを考慮することで、より正確な接点温度を解析することができます。
[参考文献]
- 1)山下:トロリ線とすり板の摩擦熱による接点の温度上昇解析モデル(1)、電力ニュース、No. 126、p.3、2024
国際規格に準拠した変電所監視制御システムの紹介
現在わが国の鉄道用電力供給システム(送配電・き電・電気室)の監視制御は、現地(変電所等)側の配電盤(機械式リレー・プログラマブルロジックコントローラ(PLC)・保護継電器・計測装置など)と、指令所と現地間の通信網を含む電力管理システムとで実施されています(図1(a))。配電盤には主に制御・保護・計測の機能が実装され、電力管理システムには遠隔監視・遠隔制御・作業管理などの機能が実装されます。配電盤と電力管理システムは、伝送装置子局を境界として別のシステムとして設計・運用されます。また,配電盤・電力管理システムともに一般的にはメーカー間の互換性はありません 1)。
一方、近年では、国内の一般電力分野(送配電事業者や鉄道事業者の送電設備など)や、欧州などの鉄道用電力供給システムでは、国際規格IEC 61850シリーズに準拠した「変電所監視制御システム」の導入が進んでいます 1)2)3)(図1(b))。IEC 61850は制御所(指令所)から発変電所に至るすべてをカバーし、システム構成・ハードウェア・データモデル・伝送プロトコル・機能・試験・認証手続き等を規定することで,メーカー間の互換性確保を目指しています。例えば機能に関して、開閉器・機器のプロセスレベルから指令所のネットワークレベルまで4階層の機能レベルがあります。
典型的なフルデジタルの変電所監視制御システム(図1(b)、文献1参照)では、プロセスレベルに、開閉器に接続するRIO(Remote Input/Output unit)と、機器や計器用変成器類に接続するMU(Merging Unit)を置き、それ以上の機能レベルは全て光ケーブル等を使用したデジタル伝送とします。ベイレベルにはIED(Intelligent Electronic Device)が置かれ、PLC・保護継電器・計測装置等の機能を収容します。機器から指令所までが一体のシステムであるため、例えば変電所間の情報伝送を用いた新しい保護機能や保守支援機能なども容易に実装可能となります。
システム製造にはIEC 61850だけでは不十分で、ユーザーやメーカーで決めるべき自由度があり、事業者やメーカーがそれぞれ独自に仕様を決めることで互換性が失われる懸念があります。そのため、電力中央研究所より一般電力分野向けの機能仕様が発行されており,国内仕様の共通化を図っています 1)(図2(a))。今後、国内の鉄道用電力供給システムへ導入するには、電力中央研究所の機能仕様を基本として鉄道固有の機能仕様を追加することが必要となります(図2(b))。
[参考文献]
- 1)ディジタル変電所の監視制御・保護リレーシステム、電気協同研究、Vol. 80、No. 1、2024
- 2)JR東日本・日立製作所プレスリリース、2023-9、https://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2023/09/0905.pdf (2025/4/7参照)
- 3)Roberto Bianchi, Martin Altmann, Kay Herbst, Elektrische Bahnen, pp.326-330, Feft 6-7, 2017
パンタグラフのモデル化の簡素化方法
鉄道総研では、パンタグラフの運動シミュレーションの開発を進めています。近年はシミュレーションの高度化が進み、実機パンタグラフの周波数特性を100 Hz程度まで再現できつつあります。しかしながら、シミュレーションが高度化した結果、実機パンタグラフに対応した多くのパラメータ(密度やヤング率、断面形状など)を部材毎に入力する必要が生じ、パラメータ設定に多くの労力が必要となります。ここでは、パンタグラフの機構に着目し、パラメータ設定を簡素化できるパンタグラフモデルの構築方法についてご紹介します。
はじめに、パンタグラフモデルの構築方法の概念図を図1に示します。提案方法では、パンタグラフを枠組部と舟体部に分割し、それぞれの運動を平面内運動でモデル化します。そして、接合部において、枠組部と舟体部の鉛直方向変位が一致する条件を課すことで、両者の運動を連成させます。また、舟体部のローリング振動を再現するために、接合部に回転ばねを付加します(図1)。このモデル化方法により、平面外運動に関するパラメータの設定が不要になり、パラメータ設定に要する労力を低減することができます。このモデル化方法の妥当性を、加振試験(図2)によって検証した結果を図3に示します。図3はパンタグラフの伝達関数を示しており、実験およびモデルの結果が高い精度で一致していることが見て取れ、提案方法の妥当性が確認できます。
以上に述べたモデル化方法は、舟体のレール方向の剛性が高い(舟体はX軸方向にほとんど曲がらない)こと、枠組のまくらぎ方向の剛性が高い(枠組はY軸方向にほとんど曲がらない)ことを前提としています。今後は、このモデル化方法の適用範囲に関する検討を進めてまいります。
【ワンポイント講座】耐震設計における電柱の解析モデルと地震応答解析
鉄道で用いられる電車線柱(以下、電柱)の耐震設計は、一般に「電車線路設備耐震設計指針・同解説」 1)(以下、耐震設計指針)に基づいて実施されます。ここでは、高架橋上の電柱を例に、電柱の解析モデルと地震応答解析について説明します
高架橋上における電柱の解析モデルには、電柱と高架橋を一体として考える一体型モデルと、電柱と高架橋を個別に考える分離型モデルの2種類があります(図1)。高架橋から見れば電柱の応答が高架橋への入力になることから、その影響が無視できない場合は一体型モデルを用いる必要があります。一方、分離モデルは前述の影響は考慮できないものの、高架橋の計算結果がある場合、電柱のみを計算すればよく、計算コストが低くなるため、様々な種類の電柱の検討ができるというメリットがあります。過去の研究において、高架橋が電柱から受ける影響は限定的であることが確認されたため 2)、電柱の耐震設計では分離型モデルが多く用いられています。
電柱自体の解析モデルについては、片持ち梁モデル、骨組解析モデルやばね-質点系の1自由度モデル等があります。様々なパラメータを変化させて膨大な計算を実行する場合、計算コストが低いばね-質点系の1自由度モデルが多く用いられています(図2)。ただし、このモデルでは、高架橋から受ける回転振動の影響を直接入力することができないため、高架橋天端の水平変位と回転角から得られる回転水平比を補正係数とすることで高架橋の回転振動を考慮しています 1)2)。
また、耐震設計で想定する地震動(設計地震動)には、建設地点で設計耐用期間内に数回程度発生する確率を有するL1地震動と、建設地点で想定される最大級の地震であるL2地震動があります。L2地震動はさらに海溝型地震(スペクトルⅠ)と内陸活断層(スペクトルⅡ)があります。電柱の耐震設計では安全性の観点からL2地震動(スペクトルⅠ、Ⅱ)を用いています 3)。なお、電柱に支持される金具や線条類については、発生確率が高い地震で損傷しないことが求められることからL1地震動が使用されています 4)。選択した設計地震動と建設地点の地盤の特性から高架橋モデルに入力する地表面地震動を算出します。
耐震設計では、これらの解析モデルと地表面地震動を用いて図1のように応答加速度を算出します(これを地震応答解析といいます)。応答加速度に基づき計算される部材の内力(断面力)と電柱の材料等により定まる耐力を比較することでその電柱の安全性を評価しています(耐震性評価) 1)。
[参考文献]
- 1)鉄道総合技術研究所:電車線路設備耐震設計指針・同解説、鉄道技術推進センター、2013
- 2)加藤尚、他:構造物-電車線柱一体モデルによる地震応答特性の評価、鉄道総研報告、26巻11号、2012
- 3)鉄道総合技術研究所:鉄道構造物等設計標準・同解説 耐震設計、丸善、2012
- 4)網干光雄、他:地震時における電車線路の動特性解析と耐震性向上策、日本機械学会論文集(C編)、Vol.78、No.789、pp.1470-1484、2012