電力ニュース

2017年8月号

腐食の間接評価に関する基礎検討

 国土交通省への運転事故の報告・届出を基に、電気鉄道の電力設備に起因する運転事故や輸送障害を分類した報告があります1)。それによると、劣化・不良による輸送障害のうち、腐食や絶縁不良に起因するものがそれぞれ約2割ずつと、他の原因(振動・摩耗、接触不良など)と比して高くなっています。つまり、統計的に見て鉄道事業者が輸送障害を減少させるために優先的に取り組むべき課題は、腐食や絶縁不良と考えられます。実際、鉄道事業者から高耐食性部材に関する研究成果が数多く報告されています。しかし、絶縁不良は汚損区分と想定塩分付着密度(等価塩分付着密度、以下ESDD)が示され、事業者において相応の設計や保守が行われていることもあり、電気鉄道の分野において活発な検討は行われていません。

 ところで、一般的には腐食と ESDDは別物として考えられています。しかし、がいしを例に考えると、絶縁低下に至る原因として、絶縁部への導電性物質付着、がいし金具から絶縁部への腐食生成物溶出などが考えられることから、腐食とESDDには一定の関係がある可能性があります。そこで、鉄道総研では汚損環境評価に向けた検討の一環として、腐食を腐食損耗量や板厚減少量などで直接評価するのではなく、腐食と関係の深い因子(ESDDなど)によって間接的な方法で推定することを目的として、鉄道沿線で環境調査を行っています。

 2016年1月の12日間で実施した試験の様子と得られた結果をそれぞれ図1、図2に示します2)。試験の結果、腐食、ACM センサから得られた電荷量、ESDDの3者に相関が認められました。ただし、長期の暴露試験においては、ESDDは雨洗効果による影響を受けることが明らかとなっていますので、それらの結果については、今後機会を捉えてご報告します。

参考文献:

1) 網干光雄,「鉄道電力設備のメンテナンスと劣化予測」,第29 回鉄道総研講演会(2016)

2) 臼木理倫ほか,「簡易な方法による腐食環境評価の基礎検討」,平成28 年電気学会電力・エネルギー部門大会,No.333,pp.8.6.1-8.6.2(2016)

(記事:集電管理  臼木 理倫)

交流き電回路における高調波解析モデルと共振抑制手法

 交流き電回路では、ある特定の周波数帯域で電圧・電流の高調波成分が共振することが知られています。従来は、通信線への誘導障害を防止する観点から数百Hz までの低周波帯域における電流高調波の共振について対策を実施してきましたが、近年、パルス幅変調(PWM)制御車の導入に伴い数千Hzの高周波帯域において高調波の共振が生じ、高調波を含んだ電圧を計測器が過電圧と誤認識するなどの新たな影響が顕在化しつつあります。

 そこで、PWM 制御車による高調波共振も考慮した新たな解析モデルを提案しました(図1)。従来手法では電車を定電流源とみなしてモデル化しておりましたが、新たな手法では定電圧源(PWM コンバータに相当)とインダクタンス成分(電車用変圧器に相当)を直列に接続した構成となっております。解析モデルの妥当性を現地試験で評価した結果、共振周波数の解析値と実測値は誤差4%以内の高い精度で一致することを確認しました。

 この解析モデルに基づいてき電回路における高調波共振の発生条件を評価した結果、き電回路内における電車の位置、き電距離長などの条件によっては数千Hz の高周波帯域で共振が生じることや、き電距離長が数十km と長い場合には複数の周波数帯で共振が発生することなどを定量的に明らかにしました(図2)。

 また、従来から電流共振対策としてき電回路の末端に設置されている共振抑制装置について、電圧共振現象に対する抑制効果とその設置位置との関係を本手法で評価した結果、一部の共振箇所を除けばき電回路の任意の位置に設置しても抑制効果を有することを確認しました(図3)。これらの成果は、新型車両等の導入時における共振抑制対策の策定に活用できます。

参考文献:

赤木 他:「実測による交流き電回路の高調波電圧共振モデルの検証」,電気学会全国大会,Vol.5,pp295-296 (2017)

(記事:き電  赤木 雅陽)

架線・パンタグラフの3 次元運動シミュレーション

 架線やパンタグラフの開発、架線・パンタグラフに関わる事故の原因究明等を行う上で、架線やパンタグラフの動的な挙動を把握することは重要です。コンピュータによる数値計算が発達する以前は、架線やパンタグラフを簡単な物理モデルにより表現し、解析的に動的挙動を求める手法のみが利用されていました1)。しかし、理論解析により扱うことができるのは簡易なモデルに限られ、架線の複雑な構造を反映したモデルについては解析的な取扱いは困難です。さらに、実際には、パンタグラフが架線から離れる「離線」やハンガ浮きといった非線形現象が生じるため、定量的な評価を行ううえでは理論解析には限界があります。そこで、1960年代後半に東京大学の藤井、江原らにより、架線・パンタグラフシミュレータが開発され2)、その後、鉄道総研(当時、鉄道技研)により継続的に改良されてきました。このシミュレータでは、架線を多質点でモデル化し、差分法に基づいて2次元の複雑な架線系の動的挙動を計算することができます。パンタグラフの離線やハンガ浮き等の考慮も可能であり、新しい架線やパンタグラフの開発に大きく寄与してきました。

 上記シミュレータでは架線を2次元構造のモデルとして解析していましたが、わたり線におけるパンタグラフの挙動の再現や、カーブ区間の集電性能の評価を行う場合、架線とパンタグラフの3次元構造を考慮する必要があります。そこで、鉄道総研では、有限要素法に基づく3次元の架線・パンタグラフ運動シミュレータの開発を進めており、現在、次のような計算を実行することが可能です。

①架線のジグザグ偏位や、風による架線のはらみ、曲線引金具等によるトロリ線の引き上がりの影響等を考慮した架線モデルを、質点やばねでモデル化したパンタグラフ(図1(a))が走行するシミュレーション
②曲線区間や勾配区間といった線路が3次元的に配置される区間や、オーバーラップやわたり線のように複数の架線が存在する区間(図2)の架線の静構造計算
 今後は上記②のような架線モデルに対して、パンタグラフが走行するときの動的挙動を計算できるようにシミュレータを改良していきます。さらに、将来的には3次元でモデル化したパンタグラフ(図1(b))を計算に導入することで、パンタグラフと架線との3次元的な位置関係を考慮し、詳細なモデルに特有の部材・金具の影響を検討可能なシミュレーションを実現することを目指しています。

参考文献:

1) 電車線とパンタグラフの特性, 研友社, 1993. 2) 江原, 日本機械学會論文集, No.287, pp.1067-1074, 1970.

(記事:集電力学  長尾 恭平)

トロリ線の破断箇所からわかる事故電流の推定方法

1.はじめに

 近年、直流電気鉄道においてエアセクション箇所での電車の停車や車両基地でのパンタグラフの積雪による自然降下でトロリ線を断線する事故がしばしば発生しています。断線の原因は、トロリ線とパンタグラフ間の不完全接触により電流が空気中を伝って流れるアーク放電です。断線原因の解明には断線箇所に流れた電流値を調べる必要がありますが、この値は変電所の同一き電区間内の他列車の負荷電流などが影響するため、明確に求めることができません。そこで当研究室では、アーク放電による入熱で断線に至る際のトロリ線の変形長がアーク電流値によって異なることに着目し、張力を加えたトロリ線にアーク放電を発生させ、その電流値と断線したトロリ線の変形長の関係を調べました。

2.試験内容

 試験では9.8kNの張力を加えた新品のトロリ線を使用し、接触させた状態からすり板を降下させることで直流のアーク放電を発生させました。加えた電圧は40V、発生させたアーク電流は約45~480Aとしました。断線したトロリ線の変形長の測定方法を図1に示します。変形長は断線後の2本のトロリ線の形状変化が始まっている点の間の長さとしました。

3.結果と考察

 図2に試験で得られたアーク電流I(A)とトロリ線の変形長d(mm)の関係を示します。電流値が小さいほどアーク放電によるトロリ線の温度上昇が緩やかとなり、張力によるトロリ線の変形長は長くなることがわかりました。ここで、SNN110、9.8kNの場合におけるアーク電流値と変形長の関係を式1に示します。

4.現場での活用について

 本実験により断線したトロリ線の変形長を測定できれば、事故電流が推定できることがわかりました。そこで現地に到着した際、断線したトロリ線のうち、先端が地絡などで荒れていない方のトロリ線の破断面までの変形長を図1の要領で測り、その長さを2倍した値を式1に代入することで簡単におおよその事故電流がわかります。また、計算式を覚えていなくても、トロリ線断面の様相を目視で確認することで事故電流の大小の判断ができます。図3にアーク放電で断線したSNN110の破断面の様相を示します。電流値が大きい場合は、断面下部にアーク放電に伴うトロリ線の溶融による窪みが見受けられます。

 トロリ線断線事故発生時には、現地で断線箇所の伸びによる変形長を確認し、早期原因解明に役立てていただければ幸いです。

参考文献:

伊東 他:「アーク放電によるトロリ線断線時の伸びと電流値に関する考察」,電気学会全国大会,Vol.5,pp329-330 (2017)

(記事:電車線構造  和田 祥吾)