電力ニュース

2020年8月号

X線CTを用いた経年ポリマーがいしの非破壊内部状態観察結果

 近年では国内においても電気鉄道用ポリマーがいしの導入が進んでおり、古いものでは架設から20年程度を経過しています。他方、これまで、長期使用したポリマーがいしの保守につながる研究は少なく、経年ポリマーがいしに対する有効な保守方法は確立されていないのが現状です。この要因の一つとして、ポリマーがいしは金属・ゴム・FRP等の複合材で構成されその構造も多様であり、磁器がいしのピン部残存径のような外観に基づく劣化判断が確立していないという事情があります。そこで、産業用X線CT装置を用いてポリマーがいし把持金具部の内部を非破壊で観察する検討を進めています。

 供試体の外観を図1(a)と図2(a)に示します。どちらの供試体も直流き電線をちょう架する懸垂がいしとして使用されていたもので、メーカー、経年、使用環境は同一であり、鉄道事業者の検査において把持金具の腐食が著しいため取り替えた撤去品です。どちらも把持金具とシリコンゴムの接合部は全面的に腐食していますが、外観上は供試体Bの方がより腐食が著しいため、事故に至るリスクが高いと予想しました。

 しかしX線CT撮影の結果、供試体A内部には図1(b)の赤枠で囲った範囲のように、隙間もしくは極端に密度の低い領域が存在しました。この隙間からポリマーがいしの内部に水分が侵入してFRPコアに接触すると、FRPに脆性破壊が生じて破断に至るリスクが高くなるため、事前の予想に反して供試体Aのほうが事故に至る可能性が高いことが示唆されました。今後、2つの供試体の引張破壊荷重試験やシール密着性試験等により、健全性の評価を行い、非破壊内部状態観察の有効性を確認する予定です。

(記事: き電 柴田 直樹)

しゅう動摩擦が作用するパンタグラフの安定性評価

 パンタグラフが走行する際に、パンタグラフのすり板が電車線としゅう動することによる摩擦力が、すり板の前後方向に作用します。すり板の前後方向に摩擦力が作用すると、これに起因して、パンタグラフに上下方向の運動が励起されます。摩擦力が小さい場合には、励起されるパンタグラフの上下運動は非常に小さいものですが、すり板の表面が荒損した場合には、すり板と電車線間の摩擦係数が大きくなり、比較的大きな上下運動が励起されます。この上下運動が大きいと、電車線とパンタグラフの間に作用する接触力の変動が大きくなり、パンタグラフの挙動が不安定になります。そこで、しゅう動摩擦が作用するパンタグラフの挙動に関する安定性を評価する手法を開発しました。

 図1に示すように、すり板の前後方向に作用する摩擦力に起因した上下運動を表現可能な、パンタグラフの力学モデルを構築しました。このモデルは、マルチボディダイナミクス(以下、MBD)という手法に基づいて構築されており、パンタグラフの各部材を剛体として表現した上で、パンタグラフの平面内の運動を表現するものです。MBDに基づくモデルについては、既報(文献1)に詳細が述べられています。

 構築した力学モデルの、質量や幾何形状、及び電車線とパンタグラフの間の摩擦係数等に基づいて、パンタグラフの安定性を評価する手法を開発しました。本手法は、固有値解析という線形解析に基づいて安定性を評価するため、比較的短い時間で解析を行えるという長所があります。図1に示す標準的な幾何形状のパンタグラフでは、摩擦力によるパンタグラフの不安定現象が発生しにくいため、図2に示すような上枠の長さを通常の1.5倍に延長した上枠延長モデルを用い、摩擦係数に対する安定性を試算しました。その結果を図3に示します。図3では、不安定度がゼロであればパンタグラフは安定であり、不安定度が大きいほど不安定な状態を示します。また図3では、摩擦係数が正の場合はなびき方向、負の場合は反なびき方向に走行することを示します。図より、上枠延長モデルが反なびき方向に走行する場合に、摩擦係数が約1.9以上になると、パンタグラフに不安定な挙動が生じることがわかります。

〔参考文献〕

  1. 長尾恭平、3次元パンタグラフシミュレーションモデルの作成、電力ニュース2019年4月号

(記事: 集電力学 小林 樹幸)

柔軟な列車運行システムに対応した簡易なわたり線構造

 鉄道総研で開発を進めている情報ネットワークを活用した柔軟な列車運行システムは、複線区間における柔軟な単線運転を実現し、作業時間帯にとらわれない効率的な工事の実施を可能とします。図1に示すように複線区間の片線の一部で工事を実施する場合、単線運転区間をなるべく短くし、遅延時間を最小限にするためには、複線間を連絡するわたり線が必要です。そこで、将来の柔軟な列車運行に対応するため、短期間かつ低コストで仮設、撤去できるわたり線(以下、簡易電車線)の構造について検討しました。

 図2に簡易電車線構造を示します。短期間かつ低コストで仮設、撤去できるように、電柱を新たに建植しないこと、電車線に張力を印加しないことをコンセプトとしました。簡易電車線は、アルミ丸棒を取り付けたトロリ線の両端を本線のトロリ線に接続する直接接続方式の構造としました。これは、通常のわたり線構造に比べて施工期間を4割に、コストを5割~7割に低減できます。

 簡易電車線におけるパンタグラフの走行状況と本線のトロリ線に簡易電車線を接続した影響を確認するため、所内の集電試験装置で走行試験を実施し、本線のトロリ線ひずみを測定しました。

 簡易電車線におけるパンタグラフの目標走行速度を15km/hと設定し、まずは簡易電車線から本線に進入する際のパンタグラフの走行状況を確認しました。図3に簡易電車線を走行するパンタグラフの高さの軌跡を通過速度ごとに示します。なお、パンタグラフ高さの軌跡は本線との接続点を基準にして表しています。また、参考として簡易電車線と本線のトロリ線静高さも併せて示しています。図より、パンタグラフは異常な挙動を示すことなく、問題なく通過していることが確認できます。
 
 次に、本線のトロリ線に簡易電車線を接続し、そこをパンタグラフが通過した際に生じる本線のトロリ線ひずみを測定しました。パンタグラフが本線を100km/h程度で走行した場合のトロリ線ひずみは420×10-6程度であり、目安値500×10-6以内であることを確認しました。
 
 以上に示したように、直接接続方式の簡易電車線を架設した場合に、パンタグラフへの割込みは生じず、本線のトロリ線に過大な応力が加わらないことを確認しました。ただし、一編成に複数のパンタグラフを搭載した列車が走行する場合にはさらなる検討が必要です。また、気温変化や風速によってトロリ線の高さや偏位が変化するため、列車運行時には気温変化および風速を監視する必要があります。

(記事: 電車線構造 近藤 優一)

新幹線区間に対応するCPSトロリ線(その2:新幹線区間敷設試験結果)

 電力ニュースNo.112(2020年6月号)では、CPSトロリ線の化学組成および定置試験結果をご紹介しました。今回は、新幹線区間で実施した敷設試験の結果をご紹介します。

 定置試験の結果を踏まえて実施した半年間にわたる在来線区間での敷設試験の結果が良好であったことから、新幹線区間(列車速度240km/h)において1年間の敷設試験を行いました。その結果、以下のことを確認しました。

①PHC(PHCは三菱マテリアルの登録商標です)トロリ線と同様の方法で張替および撤去工事が可能であること
②しゅう動面には局部摩耗などの異常摩耗が発生しないこと(図1)
③CPSトロリ線の摩耗断面積は、比較用のCSトロリ線(CPSトロリ線の隣接ドラム、鋼芯は未露出)に比べて1/3以下であること(表1)
④CPSトロリ線の動特性はPHCトロリ線と同等であり、かつ文献1に示された電車線保守上の目安値を下回っていること(表2)
⑤撤去品調査の結果、1年間の使用後もCPSトロリ線の仕様を満足していること(表3)、および金属組織に変化がないこと(図2)

 以上から、CPSトロリ線はPHCトロリ線に替わるトロリ線として新幹線区間でもご使用いただける性能を有することを確認しました。今後、三菱マテリアルおよび菱星尼崎電線において製造体制を構築したのち、三菱マテリアルから販売する予定です。

 なお、CPSトロリ線の開発は三菱マテリアル、三菱伸銅、菱星尼崎電線との共同研究にて実施しました。

〔参考文献〕

  1. 鉄道総合技術研究所編:電車線とパンタグラフの特性、研友社、p.217,221、1993

(記事: 集電管理 臼木 理倫)