施設研究ニュース

2022年9月号

道床交換判定マニュアルの作成

1.はじめに

鉄道事業者では,高低変位進みおよび保守量に加えて,目視による道床検査を実施し,道床交換の必要性を判定しています.営業線の軌道および路盤の補修・改良方法は,鉄道技術推進センターが2016年に改訂した「営業線における軌道・路盤の補修・改良方法の手引き」に示されているものの,道床交換の必要性および検査結果を判定するためのマニュアルは十分に整備されていませんでした.そのため,沈下の原因が道床ではない場合でも道床交換が行われることがあり,道床交換前と比較してあまり保守量が改善されないこともあります.
そこで,鉄道総研では道床交換の必要性を判定するための劣化指標となるFIを提案し,さらにバラスト内を透過する音の大きさから現地のバラストの健全度を簡易に検査する方法を開発しました.また,道床交換が行われるまでの間,破砕・細粒化が進行したバラストの沈下を抑制することが可能な低強度安定処理工法も開発しました.
以上を踏まえ,道床交換の必要性の判定方法,バラストの健全度の検査方法および低強度安定処理工法の施工方法をとりまとめた「道床交換判定マニュアル」を作成しましたので紹介します.

2.道床検査及び健全度判定

道床の健全度の判定には,バラストの劣化指標(Fouling Index(以下、FI)1))を適用します.FIはバラストの全体質量に対する粒径4.75mm以下の質量の割合と,粒径0.075mm以下の質量の割合の合計であり,FIが20%以上の場合に「不健全」の判定となります.FIは,現地のバラストを採取して粒度試験を実施することで求めることができますが,現地で簡易に検査する方法として,バラストの透過音試験を開発しました.本試験は,バラスト内を透過する音の大きさとFIの強い相関関係2)を応用した試験方法であり,道床を掘削せずにまくらぎ直下の任意の深さにおけるFIを検査することができます(図1).
道床交換の必要性の判定は,軌道変位と保守頻度を考慮しつつ,道床検査(粒度試験もしくは透過音試験)を基にバラストの健全度(FI)を求めて,図2の判定フローに基づいて実施します.
FIが20以上であるが道床交換を実施しない場合は,軌道変位の急進に対する応急処置として,図2に示す低強度安定処理工法の実施を推奨しています.なお,FIが20%未満の場合は,現在のFIおよび年間通トン・保守量を基に,FI=20%に至るまでのバラストの残存寿命を推定し,道床交換の中長期的な保守計画に活用できます.

3.劣化したバラストの沈下対策

低強度安定処理工法は,経年劣化および土砂混入したバラストの道床交換をすぐに実施できない場合の沈下対策です.本工法は,タイタンパによるつき固め補修時に補修材を投入し,バラストと混合して安定処理するものです.補修材はまくらぎ1本当たり8箇所(図3)に投入します.本工法の特徴は,次の通りです.
・ハンドタイタンパ,マルチプルタイタンパおよびバックホウタイタンパを用いて施工可能
・施工直後からバラストの沈下を抑制でき,昼間の作業間合いでも施工可能
・施工後もタイタンパによるつき固め作業が可能,また本工法を繰り返し施工することが可能
本マニュアルには,ハンドタイタンパ(図4),マルチプルタイタンパおよびバックホウタイタンパを用いた低強度安定処理工法の施工手順(図5)および留意事項が記載されています.

4.おわりに

本マニュアルは,鉄道技術推進センターのホームページ上で公開されています.営業線の保守管理の実務において,本マニュアルを参考にしていただければ幸いです.最後に,本マニュアルの作成にあたり,ご協力頂いた方々に対し,深甚なる謝意を表します.また,2022年8月に透過音試験装置(販売元:株式会社ジェイアール総研情報システム)および低強度安定処理工法の補修材(販売元:興和化成株式会社)を製品化しました.

<参考文献>

1) Selig, E.T.:Ballast for heavy duty track. In: Track Technology, Proceedings of a Conference organized by the Institute of Engineers (ICE), Nottingham, 245–252, 1985.
2) 髙浦真行、中村貴久、景山隆弘:土砂が混入したバラストの健全度評価方法、令和4年度土木学会全国大会第77回年次講演会、VI-435、2022.

執筆者:軌道技術研究部 軌道・路盤研究室 景山隆弘
担当者:軌道技術研究部 軌道・路盤研究室 中村貴久

覆工のひび割れの密度とパターンによる山岳トンネルの要注意箇所抽出方法

1.はじめに

山岳トンネルの検査は,経験豊富な技術者が十分な人工を割くことにより行われていますが,今後維持管理技術者の減少が見込まれており,覆工撮影画像等のデジタル情報を定量的に活用してトンネルの維持管理を行う方策が模索されています.覆工撮影画像をもとに定量的な健全度判定等を行うための基盤技術として,変状展開図に記載されたひび割れ情報から,検査において重点的に調べるべき箇所(以下,「注意すべき箇所」)を抽出する方法について検討しましたのでご紹介いたします.

2.Tunnel Crack Index(TCI)

ひび割れの定量的な指標としてTunnel Crack Index(TCI,図1)があります.TCIは,ひびわれの幅,長さ,方向から計算される定量的な指標です.
図2に壁面画像と変状展開図,TCIの関係の例を示しますが,ひび割れが多いところで TCIが大きくなることが分かります.TCIを活用することにより,「注意すべき箇所」を選定することができるものと考えられます.一例として,図3に,経験者により目視による調査が行われたAトンネルを対象に,経験者が「注意すべき箇所」と判断した箇所と,その箇所のTCIとの関連を調べた結果を示します.TCIの増加とともに「注意すべき箇所」が占める割合も増加していることがわかります.

3.TCIによる注意すべき箇所抽出の試行

TCIにしきい値を設定して「注意すべき箇所」を抽出する手法について検討しました.検証対象は上記Aトンネルとし,経験者による「注意すべき箇所」判定を正として,しきい値と捕捉率,見逃し率,空振り率との関係を調べました.試行ケースは,ケース1(TCIのしきい値4×10-4)と,ケース2(しきい値3×10-4)とし,ブロック単位でTCIを計算し,しきい値を超過したブロックを「注意すべき箇所」と判定しました.
表1に試行結果を示します.ケース1では「注意すべき箇所」の捕捉率(=正しく抽出できた割合)は45%,見逃し率は7%でした.しきい値を小さくしたケース2では捕捉率は65%に増加,見逃し率は4%に減少しました.ただし,その一方で,空振り率が13%から33%に増加しました.

4.TCIとひび割れパターンによる注意すべき箇所抽出の試行

TCI単独では捕捉率が低く,実務で使うには課題があります.この原因として,図4に示したA部,B部のように,TCIはしきい値未満で,図中①~③のような,地圧を受けたトンネルに特徴的なひび割れパターンが見られる箇所を抽出できていないことがあります.

そこで,図5に示した,地圧を受けたトンネルに特徴的な「特別なひび割れパターン」や「特別な条件」による抽出をTCIと組み合わせることとしました.試行結果を表1のケース3として示します.ケース1と比較すると,捕捉率は45%→68%に,見逃し率は7%→4%に改善し,空振り率も10%の増と小さく抑えることができています.さらに,抽出された区間の前後のブロックを追加すると捕捉率は87%となることが確認できています.以上から,TCIに「特別なひび割れパターン」や「特別な条件」による抽出を組み合わせることにより,抽出精度が高められることもわかりました.

5.まとめ

「特別なひび割れパターン」や「特別な条件」を考慮することにより,TCIによる判定をスクリーニングの一手法として用いることもできることがわかりました.全般検査においては,変状展開図をもとにあらかじめ事前検討を行い,重点的に検査を行う箇所を定めておいてから検査を実施すると,限られた検査のための時間を有効に活用できる他,発生した余力を注意すべき箇所に振り向けることにより安全性の向上につながると考えられます.後継テーマにて,画像情報とTCIを用いた健全度診断システムの開発を実施しているところです.

執筆者,担当者:構造物技術研究部 トンネル研究室 野城一栄

厚膜型無機ジンクリッチペイントを施した高力ボルト摩擦接合継手のすべり係数の変更

1.はじめに

高力ボルト摩擦接合継手は,鋼構造の橋りょうをはじめ,土木分野や建築分野で幅広く使用されています.
高力ボルト摩擦接合継手は,高力ボルトに導入した軸力によって鋼板同士を締め付け,鋼板の接触面の摩擦力を介して応力を伝達する継手形式です(図1).特に現場施工時には他の接合方法に比べ少ない管理項目で安定した継手強度を発揮できることから,高頻度で使用されています.
一方で,線路上空等の工事は,限られた作業間合い,狭隘な作業スペースといった厳しい条件下で行われます.作業時間のうち,ボルト締付に要する割合は非常に大きいため,ボルトを1本でも減らすことが,作業の効率化やリスクの低減に直結します.また,鋼重の観点においても,ボルト本数が多くなると不経済となるため,ボルト本数を低減することには大きなメリットがあるといえます.
2009年の設計標準の改訂以降,高力ボルト摩擦接合継手について様々な研究が行われていますが,その中で,「接触面に厚膜型無機ジンクリッチペイントを使用した場合のすべり係数」について着目し,現在進めている設計標準の改訂に反映させることを予定しています.以降に,本変更の概要およびボルト本数低減の試算を示します.

2.接触面に厚膜型無機ジンクリッチペイントを塗布した場合のすべり係数

接触面に厚膜型無機ジンクリッチペイントを塗布した場合のすべり係数は,現行標準において0.4としていますが,近年の研究開発内容1)から 0.45とすることができます.
これにより,すべり係数は1割程度増加(0.45/0.4=1.125)し,設計すべり耐力Pjudも下式に示すように比例して増加することとなります.

Pjudnm・μ・Nb

ここに,

n : ボルト本数,  m : 接触面の数,  μ : すべり係数
N : ボルト軸力,  γb : 部材係数

ここで,接触面に厚膜型無機ジンクリッチペイントを塗布した場合のすべり係数を0.45とするにあたり,(a)施工条件,(b)摩擦接合継手の実耐力を考慮しておく必要があります.
(a)施工条件については,鋼構造物塗装設計指針に記載の塗膜厚(接触面片面当たりの標準塗膜厚:75μm,塗膜厚許容値:60~90μm)で且つボルトの締付け厚さが150mm程度の範囲内であれば0.45を用いて問題ありません.
(b)摩擦接合継手の実耐力については,すべり係数の値を0.40から0.45にすると,同一の設計すべり耐力(Pjud)を確保するための必要ボルト本数は減らせますが,実際のすべり耐力はボルトの本数分低下することになります.
これについては,考え方としては,現行標準が有している安全余裕が減った(過剰な余裕分を削った)ことに相当します.ただし,ボルト継手部は腐食しやすいため,従前の安全余裕を持たせておくことも一定のメリットはあると考えられます.したがって,腐食が生じやすい箇所等に対しては,部材係数を割り増したり,重防食やボルト頭部の保護等の適切な防食対策を講じるといった配慮が対応案として挙げられます.

3.すべり係数の変更が必要ボルト本数に与える影響

すべり係数の変更によるボルト本数低減の程度を,図2に示す橋りょうの主桁断面の添接部の継手を対象に試算しました.図3に示すように,ボルト本数はすべり係数を0.45とすることで低減可能です.しかしながら,各断面のボルト本数の低減率にばらつきがあることが分かります.この理由として,ボルトの配置本数はボルト配置(m行×n列)に依存することが挙げられます.例えば,図4ではJ2断面の継手を部分的に取り出し,各すべり係数におけるボルトの必要本数および配置本数を比較した結果を示していますが,ボルトの必要本数はすべり係数に応じて低減している一方で,実際の配置本数には変化がないことが分かります.すべり係数の変更が,必ずしもボルト本数の低減に直結するわけではないことに留意する必要があります.

4. まとめ

本稿では,厚膜型無機ジンクリッチペイントを施した高力ボルト摩擦接合継手において,すべり係数を0.4から0.45に変更した場合のボルト本数低減の程度を示しました.
現行の設計標準では,高力ボルト摩擦接合継手のすべり係数は一律0.4を選択することが前提となっていますが,現在進めている設計標準の改訂においては,接触面の処理方法に応じたすべり係数が選択できるように変更し,設計自由度の向上を図ることを考えています.くわえて,一般に広く用いられている厚膜型無機ジンクリッチペイントのすべり係数の標準値として0.45を示すことを予定しています.

<参考文献>

1) 独立行政法人 土木研究所,公立大学法人 大阪市立大学:高力ボルト摩擦接合継手の設計法の合理化に関する共同研究報告書,第428号,2012, 1.

執筆者:構造物技術研究部 鋼・複合構造研究室 二宮僚
担当者:構造物技術研究部 鋼・複合構造研究室 小林裕介

発行者:中村 貴久 【(公財) 鉄道総合技術研究所 施設研究ニュース編集委員会 委員長】
編集者:北川 晴之 【(公財) 鉄道総合技術研究所 鉄道力学研究部 構造力学】