施設研究ニュース

2023年6月号

通り変位を考慮したロングレールの座屈発生温度の推定法

1.はじめに

 バラスト軌道のロングレール区間では,酷暑期になると大きな圧縮方向のレール軸力が発生し,これが許容限度を超過すると座屈が生じる懸念があります.現行では,軌道の温度荷重に対する釣り合い経路(図1)に基づき,理論上座屈が生じ得るレール温度上昇量の下限値Tc を指標として座屈に対する安全余裕度を算定しています.しかし,実際に座屈が生じるとされ,通り変位の影響を受けるレール温度上昇量Ta(以下,座屈発生温度)との間には少なからず差があるため,現行の指標には余裕があると考えられます.すなわち,通り変位の影響を受ける座屈発生温度を推定し,この温度差を考慮した指標により安全余裕度が高まれば,保守コストの低減に繋がる可能性があります.そこで本研究では,通り変位を考慮したロングレールの座屈発生温度の簡易な推定手法について検討しました1)

2.FEM 座屈解析による基礎的検討

 座屈発生温度に影響を与えるパラメータを整理するため,FEMによる非線形座屈解析を実施しました.解析モデル(図2)は全長100mの直線軌道とし,50kgNレールおよび3号PCまくらぎを対象としました.また,モデル中央部に三角関数で表される通り変位(波形A)を設定しました.レール締結装置の各抵抗力・道床縦抵抗力・道床横抵抗力・通り変位の波高に関するパラメータ解析の結果,座屈発生温度は最終道床横抵抗力g0と通り変位の波高hの影響を強く受けることが分かりました(図3).

 また,座屈発生温度に影響を及ぼす通り変位のパラメータを詳細に把握するために,三角関数の組み合わせで表される通り変位の形状を波形Aの他に3パターン設定し(図4),各形状の波高h・波長Lに関するパラメータ解析も行いました.その結果,各波形で波長の低下および波高の増加に伴い,座屈発生温度が低下する傾向は同様でしたが,同じ波長・波高時の座屈発生温度は波形毎に異なる結果となりました(図5(a),(b)).ここで,上記の傾向を踏まえて,レールの横方向の形状(以下,レール長手形状)の曲率と座屈発生温度の間に一定の関係があると予想し,波形毎にレール長手形状の曲率の最大値(以下,最大曲率)と座屈発生温度の関係を整理しました(図5(c)).その結果,レール長手形状が異なる場合でも,最大曲率に対する座屈発生温度は概ね一致する結果となりました.

3.通り変位データを用いた座屈解析

 2章の検討結果を踏まえて,軌道検測車で測定された通り変位データの復元波形(復元波長帯域6m-45m,図6)をレール長手形状に付加したFEM座屈解析を293ケース(直線・曲線半径R400m・R600m・R800mの4パターン)行い,最大曲率と座屈発生温度の関係を整理しました.その結果,248ケースにおいて最大曲率となる位置で座屈が生じ,最大曲率と座屈発生温度の間には決定係数0.99程度の対数関数を介した強い関連性があることが分かりました(図7).また,最大曲率位置以外で座屈した45ケースでは,座屈発生箇所の曲率と最大曲率が近い値となっていたため,図7に示した最大曲率を説明変数とした回帰式で推定した座屈発生温度と,FEM解析で得られた座屈発生温度は概ね一致する結果でした(図8).さらに,最終道床横抵抗力を変化させた場合でも,最大曲率と座屈発生温度に強い関連性があることも確認しました(図9).

4.おわりに

 本研究では,通り変位を考慮したロングレールの座屈発生温度をレール長手形状の最大曲率で効率的に推定する手法を提案しました.今後は,道床横抵抗力のばらつき等,座屈発生温度に影響を与える因子の影響分析についても進め,本手法の深度化を図っていく予定です.

参考文献

1) 玉川新悟,山岡大樹,西宮裕騎:軌道検測車で測定した通り変位波形に基づくロングレールの実用的な座屈発生温度の推定法,構造工学論文集,Vol.69A,pp.1-10,2023.

執筆者:軌道技術研究部 軌道構造研究室 山岡大樹
担当者:軌道技術研究部 軌道構造研究室 玉川新悟,西宮裕騎
    

旅客の不快度を考慮した駅構内の混雑評価手法

1.はじめに

 駅の設計を行う際のポイントとして,実際の旅客の流動状況を想定し,駅構内における混雑状況が適切な範囲に収まるように計画することが挙げられます.そこで,列車の発着に合わせて多くの人が複雑に移動する駅では,混雑状況を把握するために,旅客流動シミュレーションを用いた流動状況の解析が行われています.これにより,駅構内の混雑箇所とその規模(滞留時間)を視覚的に把握することが可能になり,例えば,ホーム上の階段での混雑が,次列車到着までに解消しているかなど,最低限のチェックを行うことが可能になりました.しかしながら,混雑箇所ごとに空間構成(幅員など)や利用状況(乗降人数の割合など)が異なり,また,駅を利用する旅客の混雑に対する許容度(交通サービスとして許容できる混雑)も各旅客で異なると考えられることから,滞留時間だけでは駅の混雑状況を単純に評価・比較できないといった課題があります.そこで,混雑状況を場所で評価するのではなく,通過する旅客側から評価する,新たな混雑評価手法を開発したので,その内容について紹介します.

2.混雑評価モデル

 開発した混雑評価手法では,旅客が感じる混雑に対する不快度をモデル化し,旅客流動シミュレーションの各旅客に実装することで,シミュレーション上の混雑箇所を各旅客が評価しています.
 混雑を評価するためのモデルの構築には,WEBアンケートの結果を用いました.WEBアンケートは,東京もしくは大阪に在住・在勤している男女3168名を対象として2020年1月下旬に実施しました.WEBアンケートでは,駅構内の混雑箇所として,「降車時のホーム上の階段手前部分の混雑状況」,「降車時の改札手前部分の混雑状況」,「乗車時のホーム移動上移動時の混雑状況」の3場面について,「交通サービスとして妥当だと思う密度(妥当水準)」,「交通サービスとして耐えられる密度(許容水準)」,「許容水準に耐えられる時間」を回答してもらいました.また,駅構内で頻出する混雑状況を適切に評価できるように,建築の分野で用いられることの多いフルーインのサービス水準1)の水準Fをより細分化し,アンケート回答時の選択肢として提示しました(図1).

 WEBアンケートの回答結果より,許容水準の回答比率に有意差(p<0.05)が見られた「男・女」,「鉄道利用頻度(定期利用・非定期利用)」の組み合わせからなる4属性について,混雑の評価モデルを作成しました.4属性における許容水準の回答結果を図2に示します.ここでは,許容時間が同じ傾向であった密度域を,同じカテゴリーとして扱い,混雑A~Cを低密度許容型,混雑D~Fを中密度許容型,混雑G~Jを中高密度許容型,混雑K~Lを高密度許容型として分類しています.図2より,フルーインのサービス水準の最低値である水準Fでも,混雑Gレベルの密度(2.15人/㎡)であれば約半数の人が許容できると回答していることがわかります.
 次に,許容時間の回答割合の例として,男性・定期利用属性の結果を図3に示します.高密度になるほど,長い時間を許容できると回答している割合が多くなっています.これについては,高密度によって歩行速度が下がり,移動に時間がかかることが適切に反映されているものと考えられます.
 本手法では,これら図2,図3に示した回答比率の組み合わせを,旅客の発生確率とした混雑評価モデルを作成しました.例えば,男性・定期利用属性の中高密度許容型で,30秒までしか耐えられない人は,男性・定期利用者総数の12%となる(図2, 図3の赤字の比率の掛け算).

3.旅客流動シミュレーションを用いた混雑評価

 旅客流動シミュレーションでは,旅客ごとに混雑箇所を通過する際の状態(密度やその混雑に曝露される時間)を計算していることから,この状態と各旅客の許容値(混雑評価モデル)の比較により,各混雑箇所を評価することが可能です.具体的な評価では,旅客の状態が,妥当水準内なのか,許容水準内なのかを判定し,いずれの水準内でもない場合を不快とし,この不快度(混雑箇所を通過した全旅客数に対する,不快と判定した旅客数の割合)によって,混雑箇所の評価を行っています(図4). 

4.おわりに

 旅客流動シミュレーションに混雑評価モデルを実装することで,混雑箇所を不快度によって評価する手法を開発しました.これにより,駅構内や他駅の混雑箇所について,同一の指標(旅客の不快度)で評価・比較することが可能になり,駅改良計画等の優先順位の検討などに活用することができます.
 本検討では,WEBアンケートを基に構築した混雑評価モデルを使用していますが,体感との誤差が想定されることから2),今後は,絶対値として混雑を評価できる指標の作成を目指し,実駅での調査・試験を重ねて,評価モデルの改良を進めていきます.

参考文献

1) J.J.Fruin著,長島正充訳:歩行者の空間,鹿島出版会,1977
2) 石突光隆,柴田宗典,山本昌和:駅の混雑に関する体感とWEBアンケート結果の比較,土木計画学研究・講演集,Vol.66,CD-ROM,2022

執筆者:構造物技術研究部 建築研究室 石突光隆
担当者:構造物技術研究部 建築研究室 柴田宗典,山本昌和

構造物検査へのドローン適用の課題と検討事例

1.はじめに

 労働人口の減少を背景として,ロボット化やデジタル技術活用による産業活動の省力化・省人化が喫緊の課題となっており,高所や遠方に容易に移動して情報収集や物資運搬を行えるドローンは,様々な産業分野にイノベーションをもたらすツールとして期待されています.一方,航空法などによる規制,ドローン活用人材の確保,現状のドローンの性能などの課題から,鉄道構造物のメンテナンス分野への適用は遅れています.ここでは,構造物検査へのドローン適用の課題と期待について述べ,将来の適用に向けた鉄道総研の取り組み事例を紹介します.

2.ドローン活用の現状の課題

 ドローンの飛行ルールは,航空法など複数の法令で定められており,飛行に関わる申請は,主に国土交通省に対して行います1).産業利用の黎明期である昨今,飛行ルールが頻繁に改正されており,本稿執筆時点では,重量100g以上のドローンが規制対象で,無人航空機登録制度に基づく事前の機体登録が必要です.また,人口集中地区や人・物件との距離30m以内での飛行,夜間の飛行などを行うには事前の申請が必要ですが,無人航空機操縦者技能証明制度によりドローン操縦の国家資格を得ることで手続きを省略できます.このような飛行に関わる申請手続きや資格の取得・維持,ドローンを活用する人材の確保・育成,操縦の難易度,連続飛行時間,搭載可能重量などの機体性能の限界がドローン活用の足かせとなっています.

3.構造物メンテナンスの将来ビジョン

 我が国の科学技術基本計画の第5期でSociety5.01)(サイバー(仮想)空間とフィジカル(現実)空間を高度に融合させたシステムにより,経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会)が提唱されました.構造物メンテナンスの分野も,このようなコンセプトでの技術革新が必須であり,Society5.0との親和性が高いドローン技術の応用が有効であると考えます.図1は,センシング技術を駆使して収集した現実空間のデータに基づいて仮想空間に構築されたビッグデータやデジタルツインをAIやシミュレーションで分析し,現実空間にフィードバックして改善を図る様子を示しています.ドローンは,空撮による実構造物の外観情報収集能力が極めて高いだけでなく,ロボット技術を適用すれば,より高度な検査や措置作業の実行・補助に応用できます.このような観点から,構造物検査用のドローン・ロボット開発の基礎検討を実施してきました.

4.付着走行型の構造物検査ドローン

 線路への侵入や車両・設備との衝突の防止の観点から,まずは桁下部の調査に特化した付着走行型の構造物検査ドローンを開発しました.図2(a)は機体の構成を組み替えることで下面・側面の両方に適用できるタイプ,図2(b)は比較的,簡単な構造を採用した実用化プロトタイプの構造物検査ドローンで,何れも近接画像撮影,鉄筋探査,打音測定に活用できます.飛行して検査対象面に付着し,電動のクローラーで移動して搭載機器を検査対象面と一定の離隔に保ちながら検査を行います(図3).
 図4は,近接画像撮影によるコンクリート部材のひび割れ測定結果例です.付着走行で撮影したビデオ画像から,AIでひび割れが含まれた部分を検出し,その画像中の線状からひび割れ形状を推定し,最後に,線状の幅の画素数からひび割れ幅を算出します.検証実験で,ドローン測定で得たひび割れ幅が熟練技術者による測定値と十分に一致することを確認しました.
 図5は,ドローンによるコンクリート部材のかぶりの測定結果と熟練技術者が足場で測定した結果との比較事例です.検証実験で,ドローン測定によるかぶりが熟練技術者による測定値と十分に一致することを確認しました.
 図6は,ドローンによる打音検査の流れを示しています.打音検査機のハンマーでコンクリート面を打撃して,ドローンが発する大きなノイズ音を含んだ打音を収録し, AIでその良否を判定します.ドローン機体下部には,付着走行中は青,打音の評価結果が良好であれば緑,不良であれば赤く点灯するLEDがあり,それをビデオカメラなどでトレースすれば判定結果を台帳化できます.なお,AIによる打音分析・評価技術は,まだ基礎的な検討段階です.

5.おわりに

 構造物メンテナンスへのドローン適用には課題がありますが,今後の飛行ルール改定や自動航行技術向上でドローン活用人材の確保・育成の負担が軽減され,センシング・ロボット・AIなどの技術革新でより高度な検査や措置作業への応用も期待できます.鉄道分野に安全かつ効果的にドローン技術を適用するために,今後は鉄道独自の飛行ルール策定や事業者間での技術共通化などに取り組みたいと考えています.なお,本研究の一部は国土交通省の鉄道技術開発費補助金を受けて実施しました.

参考文献

1) 国土交通省:無人航空機(ドローン・ラジコン機等)の飛行ルール, https://www.mlit.go.jp/koku/koku_tk10_000003.html,2023年5月1日閲覧
2) 内閣府:Society5.0, https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/index.html,2023年5月1日閲覧

執筆者,担当者:鉄道力学研究部 上半文昭

発行者:中村 貴久 【(公財) 鉄道総合技術研究所 施設研究ニュース編集委員会 委員長】
編集者:笹田 航平 【(公財) 鉄道総合技術研究所 構造物技術研究部 鋼・複合構造】