施設研究ニュース

2024年6月号

腐食によって発生した切欠きに生じる応力と応力勾配を用いたレールの疲労強度予測手法

1.はじめに

 レール損傷を引き起こす要因のひとつに「レールの腐食」があります.これは,主にトンネルや踏切といった湿潤環境下において発生し,レール底部に切欠きが生じることで一般的な明かり区間でのレールに比べ曲げ疲労強度が低下します1).そこで,腐食したレールの疲労強度を精度良く推定するために,切欠きに生じる応力と応力勾配を用いた疲労強度予測手法2)を提案しましたので,紹介します.

2.切欠きに生じる応力と応力勾配を用いたレール疲労強度予測手法

 疲労強度に影響を及ぼす重要な因子のひとつとして「切欠き」があります.「切欠き」は形状が変化し応力集中が生じる箇所のことをいい,疲労き裂のほとんどは切欠きを起点として発生します.図1は,切欠き材の断面図であり,引張荷重をかけた際の切欠き付近の高さ方向における応力分布のイメージを示したものです.切欠きによる疲労強度の低下について,Siebelらは,「切欠き底における最大応力σmax」のほかに「切欠き底における応力勾配χ」に着目しました3).χは,ある位置から離れたときにどれだけ応力が減少するかを示した量であり,図1のように切欠き底からの距離をz,切欠き底からz離れた位置における応力をσ(z)とすると,以下の式(1)で定義されます.

 また,Siebelらは,「切欠き底におけるσmax」と「平滑材(部材の表面が滑らかな場合)の疲労限度(負荷を繰り返しても破断しない限界の応力)σw0」の比(σmax/σw0)がχで決まることを見出しています3).このSiebelらの考え方を基に,新品レール(軌道への敷設履歴がない圧延黒皮つきのレール)を平滑材とみなすことで,図2に示すようなレール曲げ疲労試験において「腐食レールの破断位置となった切欠き底におけるσmax」と「新品レールの時間強度(特定の破断繰返し数に対する限界の応力)σt0」の関係を式(2)で表すことができます.

 ここで,Kt:応力集中係数,σt:腐食レールの時間強度です.

 つまり,式(2)で表される係数qは,「腐食レールの時間強度」を「新品レールの時間強度」で補正するための係数とみなすことができます(以下,係数qのことを「時間強度補正係数」とします).qとχの関係は材料ごとに定まるため,レール鋼におけるqとχの関係を求めることで,腐食レールの疲労強度を推定することができます.

 腐食レールの曲げ疲労試験における破断時載荷回数Nを推定する具体的な方法を以下に示します.

① 腐食レールのレール底面の形状を取得し,これをレールの有限要素モデルの底面に反映した上で有限要素法による応力解析を行うことで,σmaxとχを算出します.
② レール鋼の「qとχの関係式」より,破断位置のχからqを算出します.
③ 式(2)に求めたσmaxとqを代入して,腐食レールを新品レールと考えた時のσt0を算出します.
④ 新品レールのS-N曲線より,σt0のときの推定破断時載荷回数NEを算出します.

3.提案手法の実施例

 提案手法を用いて,曲げ疲労試験において「孔食を起点として破断したレール」の破断時載荷回数を推定した例を示します.ここで「孔食」とは,図3に示すような孔状に浸食した形状の切欠きであり,ここでは最大深さ位置とそこからの距離が5mm離れた箇所の深さとの差が1mm以上となった箇所のことを言うこととします.

 まず,手順①として,図4に示すように3Dスキャナを用いて腐食により変化したレール底面の形状測定を実施しました.また,この測定結果を用いて,レール底面の形状を考慮したモデルを作成し,レール曲げ試験を模擬した有限要素法による応力解析を実施しました.これにより,σmaxとχが算出できます.

 次に,手順②として,形状測定を実施したレールについてqとχの関係を求めると図5のようになります.図5中の破線は切片を1としたqとχの回帰直線であり,これを用いて破断位置のχからqを算出します.そして,求めたqを用いて手順③,④を行うことでNEが算出できます.

 曲げ疲労試験におけるNとNEを比較した結果を図6に示します.提案手法による推定結果は,NとNEの比が1/2倍から2倍となる範囲内にプロットされています.疲労現象はばらつきが大きく,一般的に破断時載荷回数を対数軸で評価します.そのため,提案手法によって孔食が発生した腐食レールについて曲げ疲労試験の破断時載荷回数を精度良く推定できる可能性が示されました.

4.おわりに

 レール底面に発生した孔食の最大応力と応力勾配を評価することで,曲げ疲労試験の破断時載荷回数を精度良く推定できる可能性が示されました.今後,レール底側部の欠損等の孔食以外の腐食による切欠きについても本手法を適用可能か検証していきます.また,本手法を実軌道に敷設されたレールに適用するために,レール底面の状態を精緻に評価可能な検査手法についても検討を進めていきます.

参考文献

1) 細田充,片岡宏夫,高須豊,弟子丸将,腐食・電食環境下におけるレールの余寿命評価,鉄道総研報告,Vol.27,No.4 (2013),pp.5-10.
2) 水谷淳,細田充,山本隆一,寺下善弘:孔食が存在する腐食レールに対する実応力と応力勾配を用いた疲労強度予測手法の提案,日本機械学会論文集,Vol.89,No.927(2023),p.23-00196.
3) Siebel, E. and Stieler, M., Ungleichformige Spannung-sverteilung bei Schwingender Beanspruchung, VDI Z, Vol.97, No.5 (1955), pp.121-126 (in Germany).

執筆者:軌道技術研究部 レールメンテナンス研究室 水谷 淳
担当者:軌道技術研究部 レールメンテナンス研究室 細田 充

桁式高架橋の大規模音響解析手法

1.はじめに

 近年,列車速度が向上したことにより,鋼鉄道橋などに比べて構造物音が小さいと考えられてきたコンクリート高架橋においても,部材の動的応答の増大に伴う構造物音の顕在化が懸念されるようになっています.列車走行による構造物音は,車両,軌道,構造物,沿線空間など様々なパラメータが介在する現象であり,現車試験や実験などによる現象の再現や検証が容易ではないため,数値解析による問題解決への期待が高まっています.本稿では,筆者らが開発した数値解析に基づく構造物音評価法1)を用いて,鉄筋コンクリート(以下,RC)桁式高架橋を対象とした解析事例をご紹介いたします.

2.構造物音評価法の概要 1)

 図1に構造物音評価法の概要を示します.車両,軌道,構造物,沿線空間からなる全体系を有限要素法によりモデル化し,数値解析により構造物音を評価します.ただし,全体系を一体としてモデル化すると解析自由度が膨大となり解析時間が実用的ではないものとなるため,全体系を車両/軌道系,軌道/構造物系,構造物/沿線空間系の各モデルに分割し,それぞれを弱連成問題として取り扱うこととしました.これにより,全体系を一体で解析する場合に比べて大幅に解析自由度を削減することができ,効率的な解析が可能です.また,各種パラメータの条件を任意に設定することができ,様々な条件を想定した数値実験を行うことが可能です.

3.RC桁式高架橋を対象とした解析事例

(1) 対象構造物と解析モデルの概要

 図2に対象構造物を示します.対象構造物はスパン20mの標準的なRC桁式高架橋3連としました.軌道構造は普通スラブ軌道とし,走行車両は車両長25mの近年の一般的な新幹線車両で270km/hとしました.

 図3に解析モデルの概要を示します.車両と軌道の相互作用解析モデルではレールおよび軌道スラブをはり要素,軌道パッドおよび軌道スラブ下のCAモルタルをばね要素でモデル化します.本モデルでCAモルタルを模擬したばね要素のばね反力を「移動加振力」として高架橋の走行ラインに入力します.構造物の振動解析モデルでは,橋脚ははり要素で,それ以外の部材はシェル要素でモデル化します.ここで得られた高架橋の各節点の「振動速度」を,音響解析モデルの構造物の位置に境界条件として入力し,沿線の構造物音を求めます.

 表1に解析に用いた各種定数および条件を示します.音響解析において,地面は完全反射境界,沿線空間を模擬した半球面(半径34m)は無限境界としました.

(2) 解析結果の例

 図4に沿線の構造物音の解析結果の例を示します.評価点は図3に示した4か所(桁裏面,防音壁近傍,12.5m点,25m点)です.加振源に近い桁裏面の音圧レベルが最も大きく,高架橋から離れるにしたがって音圧レベルが低下することなどが分かります.また,31.5Hzや63~100Hzで音圧レベルが他の周波数帯に比べて音圧レベルが大きいことが分かります.これは同周波数帯に,桁のねじり2次振動モード(29.7Hz)や防音壁と線間張出スラブの連成振動モード(78.0Hz)などの振動モードが存在することによる影響と考えています.なお,紙面の都合で詳細は省略しますが,防音壁と線間張出スラブの連成振動モードは63~100Hzの間に複数存在することを確認しています.

(3) 軌道パッドの低ばね化による低減効果の検証例

 図5に軌道パッドのばね定数を60MN/mから30MN/mに低ばね化したことによる沿線の構造物音の低減効果の検証例を示します.図5(a)は12.5m点と25m点の比較ですが,63Hzより高い周波数域で音圧レベルの低減効果を確認できます.また,図5(b)は図5(a)で示した評価点を包含する,線路直角方向断面の音圧分布の30Hzと80Hzの比較を示します.図5(a)でも示した通り,30Hzにおいては音圧レベルにほとんど違いがないため,軌道パッドのばね定数の違いによらず音圧分布がほとんど同じであることが分かります.一方,80Hzにおいては軌道パッドのばね定数が60MN/mのケースに比べて30MN/mのケースの方が音圧レベルが低いことを示す青色表示が多くなっており,軌道パッドの低ばね化による低減効果を確認することができます.このように,本手法では解析領域の任意の点の音圧レベルを比較することが可能です.

4.まとめ

 本稿では,数値解析に基づく構造物音評価法を用いてRC桁式高架橋を対象とした解析事例をご紹介しました.今後は,列車の速度向上の影響,各種対策工の評価,沿線の構造物音に対する部材ごとの寄与度の評価などを行っていきたいと考えています.

参考文献

1)渡辺勉,宇田東樹,北川敏樹,唐津卓哉,清野多美子,尾川慎介:数値解析に基づくRC
ラーメン高架橋の構造物音評価法,鉄道総研報告,Vol.34,No.8,pp.41-45,2020

執筆者:鉄道力学研究部 軌道力学研究室 渡辺勉
担当者:環境工学研究部 騒音解析研究室 宇田東樹,阿久津真理子

トンネル同士が極近接する工事の影響予測解析法

1.はじめに

 都市部では,ライフライン施設の高密度化と社会資本整備の進展に伴い,鉄道路線に近接した工事が数多く行われています.そのため,鉄道総研では,平成19年に「都市部鉄道構造物の近接施工対策マニュアル」1)をまとめましたが,その後も新たな施工技術や事例に対応していくため,既設構造物への影響予測に用いる数値解析法(以下,「影響予測解析法」)や計測管理,対策の方法についての研究開発を進めています.本稿では,このうち,トンネル同士が地中で交差する近接工事(図1)を対象として,新たに構築した影響予測解析法を紹介します.

2.トンネル同士が地中交差する近接工事とその課題

 トンネル同士が地中交差する場合の離隔は,これまで新設トンネルの外径以上確保されるのが一般的でした.この理由の一つとして,離隔が新設トンネルの外径以下となる場合(以下,「極近接施工」)に対しては,定量的な影響予測が可能な影響予測解析法が確立されていないことがありました.

 離隔を新設トンネルの外径以上確保する場合については,図2に示す影響予測解析法が用いられてきました.この方法では,地盤を連続体でモデル化したトンネルの掘削解析手法1)で既設トンネル位置の地盤変位を求め,既設トンネルをモデル化した弾性床上の梁に求めた地盤変位を入力して工事に起因した断面力や変位の増加量を把握します.しかしながら,極近接施工の場合には新設・既設トンネル間の地盤は薄いため,連続体で表現できるか明らかでなく,別途適切な検討が必要とされていました.

 近年は都市部の地下空間は過密化も進み,極近接施工とせざるを得ない場合も増加しています.現状,地盤条件に関わらず一律に周辺地盤を改良して強度増加を図るなどの安全側の対策が講じられていますが,適材適所の対策が行えるように,影響予測解析法の構築が求められていました.

3.極近接工事を対象とした新たな影響予測解析法

 図3に示すように,極近接施工における新設・既設トンネル間の地盤挙動をばね値の増減に置き換えるとともに,3次元で詳細にモデル化したトンネルに土水圧を作用させて,局所的な応力変化を把握する影響予測解析法を構築しました(以下,「提案手法」).

 図4には,ばね値の算定方法の概念図を示します.一般に,トンネル掘削においては,上方の地盤にトンネル外径と同程度の高さを有する緩み領域が局所的に現れることが知られています2).極近接施工の場合にはこの緩み領域内に既設トンネルが位置するため,既設トンネルに作用するばね反力,地盤および新設トンネルに作用する力は緩み領域内外を境に急激に変化します.そのため,提案手法では,緩み領域を考慮した地盤の安定計算を行い,安定度に応じてばね値を低下させる方法を構築しました3)

4.影響予測解析法の検証例

 影響予測解析法の妥当性については,土槽底版の一部(降下床)を降下させることでトンネル掘削に伴う地盤挙動を再現する「降下床実験」と呼ばれる実験で検証しました(図5).地盤内に設置した既設トンネル模型に対して,提案手法を用いたシミュレーション解析を実施したところ,トンネル同士の交差位置に近づくにつればね値が低下していく傾向や,既設トンネル模型に生じたひずみを適切に再現できることを確認しています.また,提案手法を用いて実際の極近接施工を想定した対策工の要否に関する試解析も実施しています.良好な地盤では,地盤改良して強度増加を図らなくても既設トンネルの応力増加が制限値以内に収まる結果が得られる場合があることを確認しています(図6).

5.おわりに

 トンネル同士の極近接工事を対象とした新たな影響予測解析法を紹介しました.今後は実現場のシミュレーション解析を通して,更なる精度向上を目指していく予定です.

参考文献

1) (公財)鉄道総研:都市部鉄道構造物の近接施工対策マニュアル,研友社,2007.
2) (公財)鉄道総研:鉄道構造物等設計標準・同解説(トンネル)シールド編,丸善出版,2022.
3) 仲山貴司,三輪陽季彦,清水達貴:トンネル同士が極近接する工事の影響予測解析法,鉄道施設協会誌,No.4,2024.

執筆者・担当者:構造物技術研究部  トンネル研究室 仲山貴司

発行者:柴田 宗典 【(公財) 鉄道総合技術研究所 施設研究ニュース編集委員会 委員長】
編集者:笹田 航平 【(公財) 鉄道総合技術研究所 構造物技術研究部 鋼・複合構造】