施設研究ニュース

2024年9月号

所要降伏震度スペクトルの簡易な表現方法の提案

1.はじめに

 鉄道橋りょう・高架橋等の耐震設計では,構造物の地震時応答変位を算定する際に,「非線形応答スペクトル法」を用いています1).今回,この方法に用いる「所要降伏震度スペクトル」を簡易な数式によって表現2)することで,スペクトル設定時の作業量を効率化する大きく低減する手法を提案しました.

2.構造物の応答変位の算出方法

 一般的な橋りょう・高架橋の耐震設計では,構造物に設計地震動が作用した際の地震応答値(応答変位)を算定します.これを詳細に算定する場合には,構造物の非線形動的解析を実施する事が有効ですが,構造物のモデル構築や解析の実行には比較的多くの作業が必要となります.そのため,全ての構造物に非線形動的解析を実施する事が困難になる場合があります.
 そこで,一般的な橋りょう・高架橋の耐震設計では,構造物の振動形状に対応した地震作用を漸増載荷する「非線形静的解析(プッシュ・オーバー解析)」と,所要降伏震度スペクトル(図1)を用いた「非線形応答スペクトル法」により構造物の応答変位を算定しています.具体的な手順を以下に記載するとともに,イメージを図2に示します.
(1) 構造物をモデル化し,プッシュ・オーバー解析を実施します.
(2) プッシュ・オーバー解析で得られた荷重-変位曲線より,構造物の降伏変位δyと等価固有周期Teq,降伏震度khyを算定します.
(3) (2)で算定した等価固有周期Teqと降伏震度khyより,所要降伏震度スペクトルを用いて応答塑性率μを算定します.
(4) 降伏変位δyに応答塑性率μを乗じて,応答変位δd(=μ×δy)を算定します.
 この時に使用する所要降伏震度スペクトルは,1自由度の非線形動的解析を繰り返すことで求めることができます.具体的には,等価固有周期Teqと降伏震度khyを網羅的に変化させた解析を実施し,この結果から同一の応答塑性率μを線で繋ぐことで,図1の橙線のような所要降伏震度スペクトルが得られます.さらに,これまでの経験を踏まえてこの計算結果を複数の直線で表現することで,設計で用いる所要降伏震度スペクトルを設定しています.
 設計で用いる所要降伏震度スペクトルについて,標準的に用いられる地震動(標準L2地震動)については「鉄道構造物等設計標準・同解説 耐震設計1)」(以下,耐震標準)に設定結果が記載されています.その一方で,地点固有の設計地震動を用いる場合には,地点ごとに個別の所要降伏震度スペクトルを設定する必要があります.しかしながら,設計で用いる所要降伏震度スペクトルの設定は,個別に目視で実施する必要があるため,比較的多くの作業が必要となっていました.

3.所要降伏震度スペクトルの表現方法の提案

 今回,設計に用いる所要降伏震度スペクトルを数式によって表現する手法を提案しました.具体的には式(1)によって表現します.
 ここで,khy(μ, Teq):等価固有周期Teq,応答塑性率μの時の所要降伏震度,α,β,γ,Tc:変数となり,4つの変数のみで所要降伏震度スペクトルを表現可能としています.また各変数を自動的に設定する手法も提案2)しており,これによってこれまで手作業で実施していた所要降伏震度スペクトルの設定作業を自動的に実施可能となりました.
 提案手法の有効性を確認するために,耐震標準に記載されている標準L2地震動(スペクトルⅠ,スペクトルⅡ)に対して手法を適用しました.非線形動的解析による所要降伏震度スペクトルの計算結果を図3の橙線に,提案手法による表現結果を図3の青線に示します.どちらの地震動に対しても式(1)によって計算結果を良好に表現できています.

4.おわりに

 設計で用いる所要降伏震度スペクトルを簡易な数式によって自動的に設定可能になりました.これによって,地点ごとに設計地震動を設定する作業が効率化され,結果的に設計の合理化が期待されます.引き続き,設計業務の更なる効率化・合理化を目指して,研究に取り組んでいきます.

【参考文献】

1) 鉄道総合技術研究所編:鉄道構造等設計標準・同解説 耐震設計,丸善出版,2012.
2) 坂井公俊:鉄道橋りょう・高架橋の耐震設計に用いる非線形応答スペクトルの表現方法に関する一考察,構造工学論文集vol.70A,2024.

執筆者:鉄道地震工学研究センター 地震応答制御研究室 久保大樹
担当者:鉄道地震工学研究センター 地震応答制御研究室 坂井公俊

既設鋼橋支承部の復旧性を高めた移動制限装置

1.はじめに

 鋼橋支承部の耐震設計では,新設橋の場合全ての部材が大規模地震に耐えられるよう設計しますが,既設橋の支承部にもこれを適用すると,旧式の下部工等で鋼桁の慣性力に対する耐力が不足し,多大な補強を要する場合があります.そのため既設橋の場合,小規模地震時は走行安全性等の観点から移動制限装置により桁ずれを防ぎ,大規模地震時は桁ずれを許容しつつも落橋防止装置にて落橋を防ぐという方法が用いられます.しかし,大規模地震で大きな桁ずれを生じると,支承から逸脱した桁を元に戻し,支承部を補修する等,被災後の復旧に多大な手間や費用を要します.そのため,今回,大規模地震による外力のエネルギーを吸収し,桁ずれを抑制する機能を持った移動制限装置(本装置)を開発したので紹介します.

2.装置の概要

 本装置の概要を図1に示します.本装置は,従来の移動制限装置にスリット孔を有するボルト継手を付加した構造です.継手には,高力ボルト摩擦接合継手を用いています.この継手によって,本装置は図2のように2段階に分けて機能します.小規模地震程度の外力が作用した際には,摩擦面にずれを生じず,従来と同様桁ずれを防ぎます.外力が増した際には,装置上側(摺動部)が桁に押されて装置下側(固定部)の上をすべり出し,継手部に生じる摩擦によって外力のエネルギーを吸収することで,桁の移動を抑制します.このような段階を踏んだ機構によって,従来の移動制限装置より桁ずれを抑え,復旧性の向上を図ります.加えて,固定部の高さを支承に合わせることで,桁ずれが生じた後も桁を支承上から落とさない段差防止工として併用することができ,更なる復旧性向上を見込むことができます.
 本装置の要は,スリット孔を有するボルト継手部でのエネルギー吸収です.摩擦接合の継手部におけるエネルギー吸収量は摩擦面処理に依存します.摩擦面における荷重-変位関係は,一般に図3のように推移し,静止摩擦で最大荷重に達した後,摩擦面にすべりが生じて荷重が低下し動摩擦に移行します(動摩擦における荷重をすべり後荷重と呼ぶことにします).本装置を支える固定部のサイズは最大荷重により決まり,摺動部はすべり後荷重により決まります.そのため本装置の摩擦面処理は,最大荷重を抑えて下部工への負担を減らしつつ,すべり後荷重を維持できるものが最適であるとして,溶融亜鉛めっきを選定しました.溶融亜鉛めっきは,移動制限装置のような鋼橋の付帯構造にもよく使われる防せい処理方法であり,部材本体と同じ防せい材料を使用することで製作時の手間を減らすことができます.この摩擦面処理を施したプロトタイプを用いて動的載荷試験1)(図4)を行った結果,本装置は目標としていた荷重の推移を示しており,地震時の桁ずれのエネルギーを吸収できることを確認しました.

3.設置時の効果

 地震時における本装置の桁ずれ抑制の効果を確認するため,大規模地震を再現した時刻歴応答解析により,無補強の場合と本装置を適用した場合の桁ずれ量を比較しました.その結果,本装置を設置した場合の桁ずれ量は,無補強時と比べ約1/3まで抑制できることを確認しました(図5).また,このケースにおける最大桁ずれ量は摺動部の可動範囲内に収まっており,落橋防止装置としても機能する結果となりました.

4.おわりに

 大規模地震において桁ずれを抑制する機能を持った移動制限装置について紹介しました.本装置は従来の構造にひと手間を加えた簡易構造であるため,ダンパーなどに比べて安価に復旧性を向上させることができます.また,継手部のボルト本数や軸力,摺動部の可動範囲を調整すれば様々な規模の橋りょうに適用することができます.今後は,設計マニュアルや標準図の整備,実現場への設置により,本装置の普及を図っていきます.

【参考文献】

1) 二宮僚,小林裕介,山﨑信宏,橋本国太郎:エネルギー吸収能に着目したスリット形状のボルト孔を有する高力ボルト摩擦接合継手,構造工学論文集,Vol.70A,2024.3.

執筆者:構造物技術研究部 鋼・複合構造研究室 三宅温
担当者:構造物技術研究部 鋼・複合構造研究室 小林裕介

岩石における割れ目進展に対する気象条件の影響の評価

1.はじめに

 鉄道沿線斜面の斜面災害の中でも,割れ目を境界に岩盤の一部が分離して落下する現象である剥落型落石は,地震や大雨などの突発的な誘因によらずとも発生するという特徴があり,降雨時の運転規制等の対応が有効でない場合があります.また,岩石中の割れ目の進展については不明な点も多く,落石対策工等の対策を行う箇所の優先順位付けや施工時期の検討に悩む場合もあります.そこで,突発的な誘因によらない割れ目の進展要因として,気象条件の影響の評価を行いましたので,その結果を報告します.

2.評価方針の概要

 温度変化や乾湿変化などの気象条件の変動が発生した場合には,岩石粒子どうしの膨張率の差の影響等で,応力変化が発生します.この応力変化が繰り返し発生することで割れ目が進展すると考えられることから,気象条件変動と応力変動の関係1)と,応力変動と割れ目の進展性の関係2)に分けて検討を行いました(図1).

3.気象条件変動と応力変動の関係

 気象条件変動と応力変動の関係を調べるため,試験機内に岩石供試体を静置し,温度か相対湿度の一方のみを変化させた時の変形を測定しました.その結果,湿度上昇時と温度低下時に岩石が膨張する傾向にあり,その変形は湿度や温度の変化から遅れて生じることが明らかになりました(図2,図3).この傾向から,岩石の変形とそれに伴う応力変化には,吸水の影響が大きいことが考えられます.また,湿度と気温の1日の変動の大きさの違いを考慮すると,実岩盤では湿度変化の影響が大きくなることが判明しました.これを踏まえ,多孔質物質の吸湿に関する理論式3)に基づき,気温一定の条件下で湿度変化に対する変形を予測する式を構築し,実測値をよく再現できることを確認しました(図4).

4.応力変動と割れ目の進展性の関係

 気象条件変動で発生する応力変動と割れ目の進展性の関係性を調べるため,前章の結果も踏まえ,模擬割れ目を含む岩石に対して載荷条件下(図1の右下の図参照)で,乾燥と浸水を1サイクルとする乾湿繰り返し試験を実施しました.試験の結果,試験中の乾燥過程で割れ目が閉じ,湿潤過程で割れ目が開くことが明らかになりました(図5).また,試験が進行するごとに割れ目の開口幅は大きくなる傾向にあり,実際に割れ目が進展して供試体が破断することを確認できました(図6).
 また,繰り返し応力による割れ目の進展に関する経験式として知られるパリス則4)に基づいて,今回の試験条件下で適用可能な割れ目の長さと割れ目の進展速度の関係についての理論式を構築しました.理論式はサイクル数が増加し,割れ目が長くなるほど割れ目の進展速度が増加する試験結果の傾向を概ね再現できました(図7).すなわち,乾湿繰り返しによる割れ目の進展は,概ねパリス則により説明されると考えられます.

5.おわりに

 岩石の変形や割れ目の進展に関する実験を行い,温度変化よりも乾湿変化の影響が大きいことを明らかにしました.さらに,乾湿変化に伴う岩石中の割れ目の進展に関する2つの理論式を構築し,実験結果への適用可能性を確認しました.これらの理論式を組み合わせることで,気象変化による割れ目の進展に関して定量的な評価を行えると考えられます.この結果や実岩盤での測定結果をもとに気象変化による割れ目の進展しやすさを定量化し,落石の危険性を評価できる手法に発展させる予定です.

参考文献

1)久河竜也,浦越拓野,河村祥一:温湿度の変動に対する堆積岩のひずみ応答,第49回岩盤力学に関するシンポジウム講演集,pp.97-102,2023.
2)久河竜也,浦越拓野,河村祥一:切欠きを設けた堆積岩に対する乾湿繰り返し試験結果に基づく割れ目進展理論式の適用性検討,第50回岩盤力学に関するシンポジウム講演集,pp.124-129,2024.
3)村田敏,田中史彦,K.S.P.アマラトゥンガ,澁谷和子,内野敏剛: 精白米の吸湿過程における平衡含水率の測定,農業機械学会誌,57(6),pp.45-52,1995.
4)Paris P.C., Gomez P., Anderson E.: A rational analytic theory of fatigue, The Trend in Engineering 13, 9, 1961.

執筆者:防災技術研究部 地質研究室 久河竜也
担当者:防災技術研究部 地質研究室 浦越拓野

既設線省力化軌道区間を対象とした軌道管理手法の検討

1.はじめに

 近年,小型の軌道検測装置が実用化され,これを営業車両に搭載することによって従来よりも高頻度な軌道検測が可能となってきています.鉄道総研では,これまでに高頻度検測データの特性を活かした軌道変位進みの予測プログラムや,軌道保守計画策定支援システムを開発してきました.それらは,主に有道床区間を対象としており,今後は高頻度検測データの更なる利活用として,有道床区間以外への適用範囲の拡大が期待されます.そこで,JR東日本の首都圏を中心に導入されている既設線省力化軌道の劣化状態に着目して,高頻度検測データを活用し,軌道変位の進展傾向の分析を行い,既設線省力化軌道における劣化箇所の抽出方法と保守選定方法について検討した内容を紹介します.

2.既設線省力化軌道の概要

 既設線省力化軌道は,まくらぎ下のバラストをセメント系てん充材で固定化した軌道構造です(図1).全体として良好な軌道状態を保っていますが,一部の箇所において劣化が確認されています.主な劣化状態としては,まくらぎとてん充層の縁切れ,あおりによって発生するまくらぎ1本単位の「局所的な劣化」箇所と,まくらぎ10本分くらいにわたって生じる噴泥や路盤の変状に伴う軌道沈下の「広範囲な沈下」があります.不良状態に対しては複数の保守方法がありますが,局所的な劣化に対しては,「パッキン挿入」や「樹脂注入」が行われています.また,広範囲な沈下に対しては,「グラウト圧入工法」や「掘削・再てん充」などが行われています.

3.既設線省力化軌道の劣化箇所の抽出方法の検討

 既設線省力化軌道の劣化箇所については,浮きまくらぎ検出手法1)を適用することにより,局所的な劣化箇所の抽出方法を提案しています2).しかし,より詳細に過去の保守実績を確認すると,広範囲な沈下箇所に適用しているグラウト圧入工法を実施していることがわかりました.つまり,浮きまくらぎ検出手法は,局所的な劣化と広範囲の沈下の両方を抽出していることがわかりました.そこで浮きまくらぎ検出手法で抽出した保守対象箇所から,グラウト圧入工法を適用するてん充道床の広範囲な沈下箇所を抽出する方法を検討しました.グラウト圧入工法では延長20m程度で浮きまくらぎを解消することから,このような長い延長に渡って発生する軌道沈下を軌道変位から捉えることが有効だと考えられます.したがって,波長20m前後の軌道沈下の検出感度が高い,「20m弦高低変位」を使って,保守箇所を抽出する方法を検討しました.
 まず,浮きまくらぎ検出手法を用いて既設線省力化軌道の保守対象箇所を抽出するために,浮きまくらぎ推定値に対する閾値を検討しました.ある線区における浮きまくらぎ推定値の閾値と保守対象箇所数の関係を表1に示します.検討した線区では,表1の結果になりましたが,浮きまくらぎ推定値の閾値を下げると抽出される箇所数が増えるため,保守能力などを考慮して,閾値を設定するとよいと考えられます.検討線区では,1.5mmまたは2.0mmに設定するのがよいと考えられます.
 次に同線区において,グラウト圧入工法の補修直前の軌道状態を分析しました.グラウト圧入工法の保守実績がない良好な区間との傾向を比較した結果,20m弦高低変位が大きくなっていた上に,施工直近6か月で進み傾向がある特徴がみられました.軌道変位履データの分布の傾向と施工能力から,同線区では標準偏差1.5mm,最小値進み量0.5mmを抽出すると過去にグラウト圧入工法が行われた箇所の76%を抽出できることを確認できたので,検討線区では閾値とすることができると考えられます(図2).

4.既設線省力化軌道の保守方法選定フローの提案

 分析結果から,浮きまくらぎ量推定値と20m弦高低変位の統計値を組み合わせた,保守方法選定フロー(図3)を提案しました.提案するフローのポイントは次の通りになります.
・浮きまくらぎ推定値を用いて,これまでに実際に保守が実施されてきた箇所の80%以上を保守対象箇所として抽出する.
・20m弦高低変位の標準偏差と最小値進みの最大値という2つの指標により,過去にグラウト圧入工法による保守を行った軌道変位の特徴と類似した箇所を選定し,グラウト圧入工法による保守対象箇所に選定する.
 今回の検討ではある線区の結果になるので,提案する保守方法選定フローにおいての各指標の閾値については,線区ごとの実績等を考慮して調整する必要があります.

5.おわりに

 既設線省力化軌道を対象として,保守対象箇所を効率的に抽出する方法および保守方法選定の考え方を紹介しました.保守実績を分析データとすることで,現場の実態を考慮した一定の精度を持つ保守方法選定フローを示すことができました.しかし,本検討は1線区のみ検証となったため,線区によっての実績等を考慮して閾値を調整する必要があります.今後は,対象線区を増やすことにより,実務での適用性の向上を進めたいと考えています.

参考文献

1) 楠田将之:浮きまくらぎ検出方法の開発,日本鉄道施設協会誌,57巻5号,2019
2) 杉山祐耶ほか:TC型省力化軌道区間に対する劣化箇所の検出手法の検討,第30回鉄道技術政策連合シンポジウム(J-RAIL2023),2023.12

執筆者:軌道技術研究部 軌道管理研究室 杉山祐耶
担当者:軌道技術研究部 軌道管理研究室 坪川洋友,斉藤大樹

発行者:後藤 恵一 【(公財) 鉄道総合技術研究所 施設研究ニュース編集委員会 委員長】
編集者:倉上 由貴 【(公財) 鉄道総合技術研究所 鉄道力学研究部 計算力学】