施設研究ニュース
2023年2月号
列車前方画像を用いたレール締結装置の脱落検知手法
1.はじめに
木まくらぎ検査の効率化を図るために開発したDeep Learningを用いた木まくらぎ劣化度判定手法1)を応用して,線路巡視における検査項目の一つであるレール締結装置の脱落を検知する手法2)を検討したので,その概要やレール締結装置の脱落検知アルゴリズムの精度検証の結果について紹介します.
2.画像を用いたレール締結装置の脱落検知手法
(1)レール締結装置の脱落検知手法の概要
図1 に列車前方画像を用いたレール締結装置の脱落検知手法の概要を示します.本手法では,低コストな手法で撮影を行うため,市販の4K 解像度以上のビデオカメラと吸盤式の固定マウントを用いて列車前方の窓(車内)から軌道を撮影します.その後,事務所において撮影した画像(以下,列車前方画像という)に脱落検知アルゴリズムを適用してレール締結装置の検出とそのキロ程の推定を行い,その結果からデータ処理により脱落箇所を推定します.脱落箇所の推定結果を「要注意箇所のリスト」として出力するとともに,専用のビューアソフトにおいて「画像による確認」を行うことができます.
(2)脱落検知アルゴリズムの概要
本アルゴリズムは,①列車前方画像の床下画像化,②Deep Learningによるレール締結装置の検出③キロ程の推定で構成されます.
まず,「①列車前方画像の床下画像化」では,図2に示すように列車前方画像を床下画像の様に直上から俯瞰した画像(以下,疑似床下画像という.)に変換します.ここでは,台形の2次元画像を長方形に変換する手法として射影変換2)を用います.次に「②Deep Learning によるレール締結装置の検出」では,Deep Learning により構築した検出モデルを用います.検出モデルの構築に際しては,表1に示すように,3,994 枚の疑似床下画像から,主要なレール締結装置およびその他軌道部材を学習しました.図3 に,疑似床下画像から検出モデルを用いてレール締結装置を検出した結果の例を示します.
最後に「③キロ程の推定」では,図4に示すブロックマッチング法により,疑似床下画像内の各ブロックの撮影フレーム間での移動量をpixel単位で計測します.これにより,既知である列車の走行距離と計測したpixel 単位の累積移動量の比率から,各フレーム間におけるm単位の移動量を算出し,撮影した箇所のキロ程を推定します.
3.レール締結装置の脱落検知手法の精度
レール締結装置検出モデルの検出精度を検証するため,営業線において約2.8km 間の疑似床下画像(まくらぎ4000本分)を用いて検出率を算出した結果, レール締結装置の検出率は99.6%以上であることを確認しました.なお,検出率を算出する際は,図5に示すようにレール締結装置がバラストに埋まっている箇所やあらかじめ撤去されている箇所については「外的要因による未検出」,敷設されたレール締結装置を検知しなかったものを「未検出」として分類し,外的要因の数量は除外しました.図6に,検出したレール締結装置の位置を図示した例を示します.図6より,レール締結装置は概ね0.6m 間隔で並んでおり,1m以上の間隔がある箇所がレール締結装置の脱落箇所であると推定できます.この手法を用いて脱落箇所の推定を行い,図5に示した「外的要因による未検出」箇所を脱落箇所と仮定して疑似床下画像から目視で抽出した脱落箇所と比較することで,本手法の検知精度を検証しました.その結果,本手法は,目視で抽出した脱落箇所71 箇所を全て検知することができました.
4.おわりに
本稿では,列車前方画像を用いたレール締結装置の脱落検知手法について紹介しました.本手法は,レール締結装置の有無を高精度に自動で検出し,その結果をプロットすることで脱落箇所または未検出箇所を推定できるため,線路巡視の補完等に活用できると考えています.
参考文献
1) 糸井 謙介,坪川 洋友,長峯 望,合田 航:列車前方画像を用いた木まくらぎ劣化度判定手法の開発,新線路,2021.11
2) 糸井 謙介,長峯 望,合田 航,坪川 洋友,加藤 爽:列車前方画像を用いたレール締結装置脱落検知手法の開発,電気学会資料,TER21-069,2021
執筆者:軌道技術研究部 軌道管理研究室 加藤 爽
担当者:軌道技術研究部 軌道管理研究室 坪川洋友
情報通信技術研究部 画像解析研究室 長峯 望,合田 航,前田梨帆
鉄道構造物等設計標準・同解説(コンクリート構造物)の改訂
1.はじめに
2022年12月に,「鉄道構造物等設計標準(コンクリート構造物)」が通達されました.コンクリート構造物は,鋼材とコンクリートの特徴を組み合わせることで,優れた性能を発揮する構造物です.設計標準の改訂にあたり,2017年度より,4年度にわたり検討が重ねられました.そして,耐用期間にわたる構造物の性能変化を評価できる手法や,安全かつ災害後も早期復旧が可能な構造物の設計法等,コンクリート構造に関する最新の技術が導入されました.さらには,鉄道構造物の性能照査型設計を確実に実施するために,鉄道構造物に関する設計標準の体系化がなされています.本稿では,その改訂の概要について紹介します.
2.構成について
(1)鉄道構造物の設計標準の体系化
「鉄道構造物等設計標準」は,2021年にトンネルを含めて,すべて性能照査型設計に移行しました.鉄道システムにおいて,鉄道構造物が満足すべき機能的要求は,橋りょう,土構造物,トンネルといった構造物種別に関わらず共通です.そこで,鉄道構造物が鉄道システムとして機能するために,鉄道システムを構成するすべての構造物の設計の考え方,要求性能の設定,照査等の基礎的事項に統一性を図り,鉄道設計の基本方針を明確にしました.すなわち,橋りょう,土構造物,トンネル等の構造物の種別に関わらず共通の事項と,構造物や材料・構造特有の事項について,共通と各論に区分して,基本原則編,構造物・構造要素編,部位・部材編の3階層としています(図1).「基本原則編」では,鉄道システムを構成する全ての構造物の設計に対し,要求性能や設計耐用期間など,基本原則となる共通事項を制定しました.「構造物・構造要素編」では,構造物の種別ごとに具現化された設計の方法を,「部位・部材編」には,構造物・構造要素編の照査を行う際に必要となる構造特有の技術を制定しました.例えば,これまで橋りょうの設計に関して材料や部位ごとに参照する設計標準が複数ありましたが,今後は材料に関わらず「橋りょう編」に従い設計することになります.そして,材料や構造特有の事項は,「部位・部材編」により定めることになります.
(2)当面の構成
表1に「鉄道構造物等設計標準・同解説(コンクリート構造物)」の構成を示します.
「第Ⅰ編 基本原則」:要求性能や設計耐用期間等,鉄道構造物の設計に対し共通となる事項を規定.
「第Ⅱ編 橋りょう」:第Ⅰ編に基づき,橋りょうの構造計画や作用,構造解析,照査の方法等を規定.
「第Ⅲ編 コンクリート構造」:第Ⅰ編及び第Ⅱ編に基づき,コンクリート構造となる部位・部材ごとに適用要件,応答値,限界値等を規定.
「第Ⅳ編 支承構造」:第Ⅰ編及び第Ⅱ編に基づき,コンクリート橋に設置される支承構造の適用要件,応答値,限界値等を規定.鋼・合成橋の支承構造にも今後適用されることを想定.
2.(1)に示した通り,設計標準は3階層で構成されることになりますが,今後,全ての設計標準の見直しが完了するまでは,これまでと同様の材料,構造物ごとに通達が発出される予定です.「基準原則編」は各標準の第I編の取扱いとなります.一方で,全標準の見直しが完了後,「基本原則編」,「橋りょう編」は個別に通達されることになる予定で,名実ともに3階層に移行することになります.
3.「第I編 基本原則」の制定
(1)用語の定義
体系化に伴い,今後改訂される各設計標準に共通して用いられる用語を,次の通り定義しました.
鉄道システム:鉄道による旅客または貨物の運送を目的とする,施設および車両により構成するシステム
鉄道構造物:列車を支持する,もしくは列車の走行空間を確保するための工作物
設計:構造物の要求性能の設定,構造計画,調査,構造詳細の設定,照査で構成される行為
要求性能:鉄道システムとしての目的および構造物の機能に応じて,構造物に求められる性能
構造計画:建設地点の環境,構造,施工および維持管理等の条件を総合的に考慮し,構造の種別,形式,形状,主要寸法,および使用材料等を決定する行為
構造詳細:構造物の具体的な形状,寸法等
照査:構造物が,要求性能を満たしているか否かを適切な供試体による確認実験や,経験的かつ理論的確証のある解析による方法等により判定する行為
(2)社会との適合性
照査を満足する複数の設計解に対して,1つの設計解を選ぶ際の設計の妥当性の評価基準として,「社会との適合性」の概念を図2に示すように位置づけました.本標準では,「社会との適合性」については,照査の対象とはせず,「要求性能の設定」,「構造計画」において考慮し,設計の妥当性を評価する基準とするものとしています.鉄道は公共性が高く,機能の維持が社会に大きな影響を及ぼすため,「要求性能の水準」を適切に定める必要があります.一般には,使用性と復旧性について水準を設定するものとし,その水準は,社会との適合性のほか,構造物の供用期間と重要度等を考慮して定めます.「構造計画」は,構造物の建設地点の条件を考慮し,供用期間中の構造物の挙動の変化等,設計条件の変動や不確実性の影響に対応できるように,冗長性や頑健性を有する構造物を含む鉄道システムとする必要があります.
(3)時間軸評価
式(1)に示す通り,応答値および限界値の経時的な変化を考慮して照査することを原則としました.時間の経過に伴って変化する構造物の性能の確認が可能であるため,設計から維持管理段階における連続的な性能確保ができる体系となっています(図1).
γi・t I Rd/t I Ld≦1.0 (1)
ここに,t I Rd:時間tにおける設計応答値,t I Ld:時間tにおける設計限界値,γi:構造物係数
4.「第II編 橋りょう」「第III編 コンクリート構造」「第IV編 支承構造」の制定
(1)橋りょうの構造計画の記載の充実
橋りょうの設計では,用途,機能を保証する要求性能を設定し,照査を行いますが,要求性能に対し,社会への適合性の概念に基づき,合理的な構造物を設計するために重要となる,調査,橋りょうの形式や諸元等を設定する構造計画の記載を充実しました.
(2)安全性等に関する照査法の高度化
安全かつ経済的なコンクリート橋りょうを設計するために,現行の照査法が適用できない複雑な構造物や作用に対しては,最新の手法が適用しやすい記載に配慮しました.
図3は,橋りょうを例に,構造物(橋りょう)を構成する,構造要素(桁,橋脚,橋台),部位・部材(梁,スラブ,基礎構造,支承部等)を示しています.鉄道構造物の設計は,構造物の要求性能を満足することを構造物や構造要素,あるいは部位・部材レベルで確認できる体系となります.従来,橋りょうに対する骨組解析を用いた照査では,一つの部材が限界状態に至った場合に,構造物としての限界状態と判断していました.一方,不静定構造物等では,一つの部材が限界状態に至った場合でも,構造物の構造安全性が確保される場合があるなど,複数の部材の状態を踏まえた,構造物として照査を実施することが有用です.
これを実現するために,構造物,構造要素の限界状態の設定(図4),ラーメン高架橋特有のせん断耐力算定法の見直し等,使用頻度の高い従来技術の更新のほか(図5),非線形有限要素解析による照査法を,2017年制定土木学会コンクリート標準示方書[設計編]に基づき導入しました(図6).手法の階層を充実させたことで,経験の多い構造物に対しては省力的に,新しい構造に対しては合理的な照査が可能であり,設計者の豊かな創造力に対して,柔軟な設計解を提示できます.
(3)地域の特異性,時間を考慮した長期挙動評価
コンクリート構造物は,建設地点の材料を用い施工されるほか,供用中に受ける気象の影響等に依存します.そこで,橋りょうの長期にわたる変形予測法や水の浸透に伴う鋼材腐食に関する検討を導入するなど,時間軸を意識した設計法や,耐久性に関する照査の見直しを実施しました.その結果,骨材状況に見合った混合セメントの使用等,環境保全に配慮した材料の導入を促す設計が可能となり,標準的な形式の構造物の設計だけでなく,地域の実状に応じた設計が実施可能です.
(4)施工にも配慮した設計法
高齢化社会や建設労務者の減少を背景とした最近の社会的要求である生産性向上は,コンクリート分野においても大きな課題となっています.そこで,プレキャスト構造や部材接合部の配筋量の適正化,高強度材料の活用等,確実な施工に資する技術の導入やそれを促す設計法,初期ひび割れの評価や施工工程を踏まえた構造物の長期挙動の評価等,施工条件に応じた設計法について示しました.
(5)復旧しやすいコンクリート構造物の設計法
東北地方太平洋沖地震や熊本地震における被害を踏まえ,橋りょう全体系を考慮した支承部の設計法(図7)や地震後の性能評価など,安全かつ早期復旧しやすい構造物,地震復旧後も性能を確保できるコンクリート構造物の設計法について示しました.
5.おわりに
「鉄道構造物等設計標準・同解説(コンクリート構造物)」は,2023年2月に発刊を予定しています.上記の他,付属資料には本文解説の内容を補足する事項が記載されています.その他,構造計算例や設計計算ツール等,関連する設計ツールについても順次発行します.今後,改訂の内容は,オンラインによる講習会(2023年6月頃の予定)の他,鉄道総研より発行している総研報告等でも報告します.
執筆者:構造物技術研究部 コンクリート構造研究室 渡辺 健
担当者:構造物技術研究部 田所敏弥
鉄道力学研究部 構造力学研究室 池田 学
鉄道橋りょうの性能照査プログラムの改訂コンクリート標準への対応のお知らせ
1.はじめに
鉄道橋りょうの設計を目的として,断面照査等が可能なプログラム「VePP」,地震時の設計計算が可能なプログラム「JRSNAP」,「DARS」(DARSは(株)構造計画研究所との共同開発)を開発し,販売しています.JRSNAPでは一般的な橋りょうに適用可能な二次元静的解析法を,DARSでは複雑な挙動を示す橋りょうに対して必要な三次元動的解析法を行うことができます(図1).
本稿では,上記プログラムの2023年2月に発刊予定の改訂版「鉄道構造物等設計標準・同解説(コンクリート構造物)」(以下,改訂コンクリート標準)への対応について,お知らせします.
2.VePPの主な対応
VePPは,図2に示すように複数のプログラムで構成されます.表1に示すように,改訂コンクリート標準の内容を該当するプログラムに反映し,新規プログラム(VePP-Shoe,VePP-Foundation)を追加しました.以下に,VePPで対応した主な改訂内容について示します.
・要求性能・性能項目・限界状態への対応(RC/PRC)
改訂コンクリート標準で示された要求性能・性能項目・限界状態としました.
・鉄筋の適用範囲の拡大(RC/PRC)
2004年発刊のコンクリート標準では,SD390までの異形鉄筋に対して特別な検討をすることなく適用できましたが,改訂コンクリート標準に合わせて軸方向鉄筋ではSD685A,Bまで,横方向鉄筋ではSD1275相当まで適用範囲を拡大しました.
・両端固定支持の設計せん断耐力式(RC/PRC)
RC棒部材は,諸元や荷重・支持条件等によって耐荷機構やせん断耐力が異なります.2004年発刊のコンクリート標準では,単純支持を前提としたせん断耐力式が示されていましたが,ラーメン高架橋を想定した両端固定支持を対象としたせん断耐力式を追加しました(図3).
・鋼材の腐食に関する検討(RC/PRC,HS)
鋼材の腐食に関する検討として,ひび割れによる鋼材の腐食に関する検討,水の浸透に伴う鋼材の腐食に関する検討,塩化物イオンの侵入に伴う鋼材の腐食の検討を導入しました.これらは,混合セメント等を用いた場合でも適用できます.
・衝撃係数,たわみの算定法(I,Delta)
図4に示すように,コンクリートのひび割れおよび高欄や路盤コンクリート等の非構造部材が剛性へ及ぼす影響を考慮した衝撃係数,たわみの算出法を追加しました.
・VePP-Shoe,VePP-Foundationの新設
支承部(ゴム支承とストッパー)および基礎部材等(杭体,フーチング)の照査を行うことができる2つのプログラムを,VePPシリーズに新たに追加しました.
3.JRSNAP,DARSの主な対応
JRSNAP,DARSは骨組解析法により応答値を算定し,限界値と比較することにより,全ての部位・部材が所定の限界状態に至らないことを照査するプログラムです。入力した断面に基づいて,JRSNAP,DARSに内蔵されたVePPによって限界値等を算出し,応答値と比較することで照査を行っています.
内蔵されたVePPの改訂コンクリート標準への反映に加え,杭頭のせん断力に関する照査に用いる等価せん断スパン法を追加しました.杭部材のように,地中にあり地盤反力による分布荷重を受ける部材のせん断耐力は,コンクリート標準に示される設計せん断耐力式Vydよりも大きくなる傾向にあります.プログラムでは,杭頭に対して適用可能な等価せん断スパン法を自動で適用できるようにしました.
4.おわりに
VePP,JRSNAP,DARSは2023年6月頃に公開予定です.本プログラムが鉄道構造物の設計業務のお役に立てれば幸いです.
※VePP,JRSNAPに関するお問い合わせは(株)ジェイアール総研エンジニアリングへ,DARSに関するお問い合わせは(株)構造計画研究所へお願いいたします.
執筆者:構造物技術研究部 コンクリート構造研究室 鈴木瞭
担当者:構造物技術研究部 コンクリート構造研究室 渡辺健,中田裕喜,小西亮太
鉄道力学研究部 構造力学研究室 池田学,徳永宗正
発行者:中村 貴久 【(公財) 鉄道総合技術研究所 施設研究ニュース編集委員会 委員長】
編集者:大原 勇 【(公財) 鉄道総合技術研究所 構造物技術研究部 トンネル】