施設研究ニュース

2023年4月号

レール頭頂面上に形成する落葉起因の黒色皮膜に対するクエン酸の除去効果

1.はじめに

 山間線区においては,車輪に踏まれた落葉が水分を含み,葉に含まれるタンニンと鉄が反応(タンニン鉄が生成)することで黒色皮膜が形成されます(図1).この黒色皮膜は,湿潤条件下では低粘着状態となり,列車の空転や滑走を引き起こすことが報告されています1).そこでレール頭頂面に形成した黒色皮膜を除去する対策として,クエン酸が持つタンニン鉄を生成させにくくする作用2)に着目し,摩擦試験により黒色皮膜の除去効果を検証しました.さらに,黒色皮膜が形成された営業線において,クエン酸水溶液の散布と回転ブラシやシート状の研磨材を組み合わせた黒色皮膜除去試験を実施しました.

2.クエン酸による黒色皮膜の除去効果の検証

 クエン酸は,キレート効果(複数の配位座を持つ配位子が金属イオンと結合し,分離しにくい)によりタンニンの代わりに鉄と化合物を生成するため,クエン酸水溶液をレールに散布することでタンニン鉄の生成阻害および分解の効果,ひいては黒色皮膜の形成抑制効果と除去効果が期待できます.そこで,クエン酸による除去効果の有無や濃度による効果の違いについて確認するため,車輪試験輪およびレール試験輪を用いて摩擦試験を実施しました.
 図2に摩擦試験の様子を示します.摩擦試験は,車輪試験輪とレール試験輪(ともにφ30 mmの円筒試験輪)の転動面同士を荷重450 N(最大接触圧力600 MPa)で接触させた状態で,回転数177 rpm,すべり率0.1 %(速度:車輪試験輪>レール試験輪)で転動させました.レール試験輪については,試験前にあらかじめタンニン酸水溶液に浸漬させ,黒色皮膜を形成させました.クエン酸水溶液は,試験開始から300秒間において図2の試験輪接触部に供給することとし,その濃度は0(蒸留水),1,3,5,10 %の5ケースとしました.
 図3に試験開始から30秒間の接線力係数(接線力/垂直荷重)の時系列変化を示します.蒸留水を供給した場合,接線力係数は低い値でほとんど一定でしたが,クエン酸水溶液を供給した場合,クエン酸の濃度が高いほど早期に接線力係数が増加しました.これはクエン酸の濃度が高いほど黒色皮膜がより早く除去され,車輪試験輪とレール試験輪の金属同士が接触したためであると考えられます.レール試験輪の外観についても,クエン酸濃度が高いほど黒色皮膜がより早く除去されていることを確認できました.
 図4にクエン酸水溶液の供給終了後も含めた接線力係数の時系列変化を示します.クエン酸水溶液の供給後の接線力係数は安定せず,ほとんどの時間で蒸留水供給後の値よりも低くなりました.これはクエン酸が残存することにより,錆が発生するなど表面の材料が変質したことが原因と推定されます.したがって,クエン酸水溶液による黒色皮膜除去後は,直ちに水で洗浄することにより,粘着力の改善が期待できると考えられます.

3.営業線における黒色皮膜除去試験

 営業線の黒色皮膜が形成している区間において,クエン酸水溶液を用いた黒色皮膜除去試験を実施しました.摩擦試験の結果を踏まえ,図5のようにクエン酸水溶液の散布,清掃,水散布という流れで試験を行いました.清掃には回転ブラシとシート状の研磨材を採用し,両者の黒色皮膜除去効果について比較しました.
 回転ブラシによる清掃では,図6のように黒色皮膜がある程度除去されることが確認できたものの,全体的に除去効果は不十分でした.考えられる原因として,回転ブラシの毛の開きにより荷重の伝達が不足していたことや,回転ブラシとレール頭頂面の接触面積が不足していたことが挙げられます.一方,シート状の研磨材による清掃では,図7のように回転ブラシに比べてより広い範囲で黒色皮膜が除去され,照り面が確認できました.これはレール頭頂面と研磨材が密着し十分なせん断力が黒色皮膜に作用したためと考えられます.

4.まとめ

 本研究では,落葉に起因するレール頭頂面上の黒色皮膜の対策としてクエン酸に着目し,車輪およびレールの試験輪を用いた摩擦試験により,クエン酸の黒色皮膜除去効果を確認しました.また営業線においてクエン酸水溶液の散布と回転ブラシやシート状の研磨材を組み合わせた黒色皮膜除去試験を行い,クエン酸および研磨材の有効性を確認しました.これらの結果を踏まえ,今後は軌道自動自転車のけん引による清掃装置を製作し,黒色皮膜除去の長距離施工を目指します.

参考文献

1) 陳樺,古谷勇真,深貝晋也,嵯峨信一,村上浩一,伴巧:粘着力に対する落ち葉の影響,鉄道総研報告,31巻4号,pp. 29-34,2017
2) 安井萌,他:緑茶系飲料の投与がラットの鉄および亜鉛栄養状態に及ぼす影響,Trace Nutrients Research, 27,pp.60-63,2010

執筆者:鉄道力学研究部 軌道力学研究室 幸野真治
担当者:鉄道力学研究部 軌道力学研究室 辻江正裕
    材料技術研究部 潤滑材料研究室 鈴村淳一
    

凍害を受けたPCまくらぎの実態調査と維持管理法の提案

1.はじめに

 PCまくらぎは,過去にAE剤未使用のものも生産されており,その一部は凍害の危険度が高い地域にも敷設されてきました.そのようなPCまくらぎの一部には,図1に示すような凍害を受けたとみられるPCまくらぎ(以下,凍害PCまくらぎ)が散見されています.これらの一部では,鋼材が露出して耐荷力の低下が懸念されるものも存在し,凍害によるPCまくらぎ交換が増加しているケースが見られるため,凍害PCまくらぎの維持管理の効率化が求められています.そこで本稿では,凍害危険度の高い地域に敷設されたPCまくらぎを対象とした各種実態調査を実施し,その結果をもとに凍害PCまくらぎの定量的な健全度評価基準を提案しました1).本稿では,凍害PCまくらぎに対する実態調査結果の一部として,PCまくらぎの耐荷力の調査,耐凍害性の調査,外観調査の結果をご紹介します.

2.凍害PCまくらぎの実態調査手法

 図2に調査対象のPCまくらぎの形状を示します.本稿では,凍害危険度の高い4線区に敷設されていた,日本国有鉄道規格(JRS)規定のプレテンション式3号PCまくらぎ(3PR)を対象としました.このPCまくらぎは,直線区間および半径800m以上の曲線区間に使用されるもので,現行のJIS(JIS E 1201:2012)における同名(3PR)のPCまくらぎとほぼ同じ形状となっています.
 図3にJISに規定された曲げ試験を示します.耐荷力調査では,JISに規定された曲げ試験(レール位置正曲げ試験)を実施し,曲げ破壊荷重を調査しました.
耐凍害性の調査では,気泡間隔係数試験(ASTM C457-16によるリニアトラバース法)を実施しました.本調査は,比較のためにAE剤を使用した新品のPCまくらぎに対しても実施しました.
 図4に外観調査で作成した外観調査図の例を示します.外観調査では,まず,収集したPCまくらぎの表面状態(ひび割れ及びスケーリング(スケーリング)の発生状況)を外観調査図にスケッチしました.次に,図5に示すように,この外観調査図をスキャンし,歪みを取り除いた上でスケーリング部分を塗りつぶし,その部分の面積を算出することでスケーリングを定量化しました.また,スケーリングの発生位置の傾向についても把握するために,図6に示すようにPCまくらぎの各面でのスケーリング面積(各面の表面に対するスケーリングが生じた面積の割合)を調査しました.

3.凍害PCまくらぎの実態調査結果

 図7にレール位置での正曲げ試験時の曲げ破壊荷重と経年の関係を示します.JIS規格値を下回ったPCまくらぎは,全体にスケーリングが生じてPC鋼より線が露出しているような状態でした.また,経年と曲げ破壊荷重に明確な関係性は見られませんでした.これは,凍害による劣化が日射や気温等の敷設環境の影響を含まれているためと考えられます.
 図8に気泡間隔係数を示します.一般的に,硬化後のコンクリートの空気量を3%以上,気泡間隔係数を300μm以下とすれば優れた耐凍害性が期待できるとされていますが,調査対象のPCまくらぎはAE剤未使用であるため,いずれの値も満たしておらず,耐凍害性が著しく低いことを確認しました.
 図9にPCまくらぎの各面でのスケーリング面積を示します.図に示すように,スケーリングはバラストに埋まっている底面では比較的少なく,逆に目視確認が容易な上面で比較的多い傾向にあることから,凍害PCまくらぎの健全度を,上面スケーリングの目視確認のみである程度評価できる可能性が示されました.
 図10にPCまくらぎ上面のスケーリング面積と曲げ破壊荷重の関係を,表1に凍害PCまくらぎの健全度評価基準の例を示します.図に示すように,PCまくらぎ上面のスケーリング面積が増加するとともに曲げ破壊荷重が低下し,上面全体の50%程度までスケーリングが生じるとJIS規格値を下回る傾向が得られました.この傾向を参考として,表1に示すような基準を提案しました.これにより,上面の目視検査や画像解析手法等により上面スケーリング量を把握することで,凍害PCまくらぎの耐荷力に基づく健全度評価をより定量的に実施することが可能となります.

4.まとめ

 本稿では,凍害PCまくらぎの維持管理の効率化のために,各種実態調査を実施しました.そして,調査結果からPCまくらぎの上面のスケーリング面積と曲げ耐荷力との関係性を明らかにするとともに,それに基づく健全度評価基準を提案しました.

参考文献

1) 箕浦慎太郎,渡辺勉,飯島亨,石田哲也:凍害を受けたPCまくらぎの実態調査と健全度評価基準の検討,コンクリート工学年次論文集,Vol.42,No.1,pp.659-664,2020

執筆者:鉄道力学研究部 軌道力学研究室 箕浦慎太郎
担当者:鉄道力学研究部 軌道力学研究室 渡辺勉
    鉄道力学研究部 構造力学研究室 池田学,後藤恵一

簡易な地形量計算による土石流要注意渓流の抽出手法

1.はじめに

 近年数多く発生している土石流災害に対する取り組みとして,鉄道への影響度を考慮した土石流の要注意渓流の抽出手法について検討しています.既報1)では,鉄道沿線で土石流が発生した渓流の地形・地質の特徴について基礎的な検討を行った結果についてご紹介しました.その後,花崗岩類が分布する渓流において,簡易な地形量の計算により土石流の要注意渓流を抽出し,かつ,渓流から流出する可能性がある土砂量を推定する手法を提案しました2).本稿ではこれらの手法についてご紹介します.

2.要注意渓流の抽出手法(案)の概要

 提案した要注意渓流の抽出手法を図1に示します.本手法では,オープンデータである地理院地図(https://maps.gsi.go.jp/)と,その計測機能を利用します.
 まず,対象線区や駅間を決定し,対象範囲において線路と交差する渓流について,以下の地形量を計測します.ここで,計測対象とする流域は鉄道との交差部よりも上流方とします(図2).

・最低点高度(Hmin):流域内の最低標高点(鉄道と渓流の交点)の標高値
・最高点高度(Hmax):流域内の最高標高点の標高値
・最高点距離(Lh):最低点と最高点を結ぶ直線の水平面投影距離
・本流最高点高度(Hm):流域内で最長の流路(本流)の始点の標高値
・本流長(Lm):本流の流路の水平面投影距離

 次に,上述の地形量の計測値を以下の式(1),式(2)に代入し,流域比高(Rb)と平均渓床勾配(θm)を求めます.

Rb=Hmax - Hmin (1)
θm=tan - 1⁡((Hm - Hmin)/Lm) (2)

 流域比高と平均渓流床勾配が図1に示すしきい値以上であれば要注意渓流と判定し,当該渓流の最高点距離(Lb)を用いて上限値推定式(式(3))により推定流出土砂量(Ve)を算出します.

Ve=9.56Lb - 436.73 (3)

 以上により,沿線に分布する渓流を「要注意」と「要注意ではない」に区分し,「要注意」に区分された渓流については流出する可能性がある土砂量を算出することができます.要注意と判定された渓流において推定流出土砂量が少ない場合,渓流と鉄道との交差部が橋りょうであったり,線路近傍に容量の大きいポケットがあれば,土石流により鉄道が被災する危険性は低いと考えられます.よって,要注意渓流と判定された渓流のうち,推定流出土砂量の多寡と,渓流との交差部の構造や線路近傍のポケット容量等を比較することで,危険度を評価すべき渓流を絞り込むことが可能です.

3.抽出手法および流出土砂量推定の根拠

 要注意渓流の抽出手法については,花崗岩類が分布するモデル地区において,地区内に含まれるすべての渓流について様々な地形量を算出し,土石流の発生履歴がある渓流と履歴がない渓流との地形条件の差異を検討しました.そして,履歴がある渓流をすべて包含し,かつ,履歴がない渓流を最大限除外できる条件として,「平均渓床勾配11度以上かつ流域比高76m以上」を求めました(図3).なお,モデル地区以外の花崗岩類が分布する地域における鉄道の被災事例をプロットすると上述のしきい値以上の範囲に分布することから,今回検討した範囲内では本手法は一定の汎用性を有すると考えています.
 また,上限値推定式(式(3))は花崗岩類が分布する渓流での鉄道の被災事例から求めた経験式で,流出する可能性がある土砂量の最大値を推定できます(図4).直線回帰式に比べ安全側の推定値となる一方で,被災事例における流出土砂量の実績値との乖離が大きい場合があることが課題であり,精度向上に向けて検討中です.

4.今後の予定

 今後は本手法の検証や他の地質での適用性の検討を行い,汎用的な手法として提案する予定です.

参考文献

1)長谷川淳:鉄道が被災した事例に見る渓流災害箇所の地形と地質,施設研究ニュース,No.370,pp.7-8,2021
2)長谷川淳・西金佑一郎:推定流出土砂量を用いた土石流要注意渓流の抽出手法,鉄道総研報告,Vol.36,No.4,pp.23-30,2023

執筆者:防災技術研究部 地質研究室 長谷川 淳
担当者:防災技術研究部 地質研究室 西金佑一郎

発行者:中村 貴久 【(公財) 鉄道総合技術研究所 施設研究ニュース編集委員会 委員長】
編集者:石川 大輔 【元(公財) 鉄道総合技術研究所 構造物技術研究部 建築】