施設研究ニュース

2020年10月号

駅構内における歩行者OD交通量の推計方法

1.はじめに

 駅の改良・拡張等の計画の策定においては,必要に応じて,駅構内の旅客流動シミュレーションによる計画の妥当性の検証が行われます(図1).このシミュレーションを実施するには,「何処から何処へ,何人の人が移動するのか?」を示すOD(Origin-Destination,起終点)交通量データを準備する必要があります.
 OD交通量データは,一般的に,駅構内でのアンケート調査等によってサンプリングされた個人の歩行経路のデータ等によって推計されます.しかし,駅構内でのアンケート調査等には多くの手間や費用がかかるため,特定の日の特定の時間帯に調査が実施され,実際の旅客数に対するサンプリング率は数%にも満たない場合がほとんどです.もともと,駅構内の旅客流動は時々刻々と変動することが知られていますので,アンケート調査等による方法では適切にOD交通量を推計できていないケースがあると考えられます.一方で,特定箇所を通過する交通量は「断面交通量」と呼ばれ,ビデオカメラから得られる動画や自動改札機等により比較的長時間に亘ってデータを取得することが可能です.そこで本稿では,アンケート調査等を行わず,断面交通量データを用いてOD交通量を推計する方法をご紹介します.

2.駅構内におけるOD交通量の推計方法

 2つの出入口(北口,南口),1つの改札口,2つのホームを持つ橋上駅舎の歩行者ネットワークを例に,OD交通量の推計方法のイメージを図2に示します.出入口(地点1,2)とホームからの階段を登り切った地点(地点3,4)において,ビデオカメラ等を用いて方向別の断面交通量を計測します.また,改札口においては自動改札機で方向別の断面交通量データを取得します.これらの断面交通量データをOD交通量推計モデルに入力し,OD交通量を推計します.OD交通量推計モデルには「エントロピー最大化モデル」,「吸収マルコフ連鎖モデル」,「フレーター法」等のモデルがあり1), 2),3.に示す検証によって,対象となる駅の歩行者ネットワークに適したモデルを選択します.

3.数値実験によるOD交通量モデルの推計精度の検証方法

 数値実験によりOD交通量推計モデルの推計精度を検証する方法を図3に示します.①乱数により検証用ODデータを作成します.②検証用ODデータを地点毎に積算し,各地点の断面交通量を算出します.③算出した断面交通量をOD交通量推計モデルに入力し,OD交通量を推計します.④推計したOD交通量と検証用ODデータとを突き合わせ,推計精度を検証します.
 図4は,図2の歩行者ネットワークを対象としてエントロピー最大化モデルを用いてOD交通量の推計精度を検証した例です.同様の数値実験を計10回行った結果,相関係数の平均値は0.991,標準偏差は0.008となり,このケースでは安定的に高い推計精度を確保できることが確認されました.このような検証をモデル毎に行うことで,対象となる駅に適したモデルを選定することもできます.また③において,全地点の断面交通量を入力した場合と,一部地点の断面交通量を入力した場合の推計精度を比較することで,断面交通量を計測すべき地点の検討も可能です.

4.おわりに

 本稿では,駅構内におけるOD交通量を断面交通量から推計する方法について紹介しました.
 現在,OD交通量推計モデルの推計精度の向上を目指して計算アルゴリズムの改良を進めるとともに,AIを用いた画像解析3)による断面交通量計測の検討を行っています(図5).将来的には,これらを統合し,駅構内のOD交通量を自動的に推計できる手法の実現を目指します.

参考文献

  • 1) 柴田宗典,石突光隆,対馬銀河:断面交通量に基づくOD交通量推計モデルの比較分析 -駅構内におけるOD交通量自動推計の実現に向けて-,鉄道工学シンポジウム論文集,No.24,pp.57-64,2020.
  • 2) 柴田宗典,石突光隆,対馬銀河:鉄道駅構内におけるOD交通量自動推計手法の開発(その2)-OD交通量推計に対するフレーター法の適用性の検討-,日本建築学会2020年度大会学術講演梗概集,pp.1081-1082,2020.
  • 3) Zhe Cao, Tomas Simon, Shih-En Wei, Yaser Sheikh: Realtime Multi-Person 2D Pose Estimation using Part Affinity Fields, 2017 IEEE Conference on Computer Vision and Pattern Recognition, 2017.

執筆者:構造物技術研究部 建築研究室 柴田宗典
担当者:構造物技術研究部 建築研究室 石突光隆,対馬銀河

軌道保守管理データベースシステム「LABOCS」Ver.4.2リリースのお知らせ

1.はじめに

 軌道保守管理データベースシステム「LABOCS(ラボックス)」1)は,鉄道総研が開発し,(株)ジェイアール総研情報システム(以下,JRSI)が販売しており,図1に概要を示すように,軌道変位や車両動揺等の軌道に関する多様なデータを様々な角度から分析・加工できるソフトウェアです.JR旅客会社や一部の民鉄,さらには軌道保守会社や鉄道関連メーカー等に導入され,主に保線業務に活用されています.
 図2はLABOCSの系譜です.このように,LABOCSは,新たな機能を追加しながら成長を続けております.本稿では,LABOCSの代表的な機能を紹介するとともに,今回,最新版LABOCS Ver.4.2を開発しましたので紹介します.

2.LABOCSの代表的な機能の紹介

(1)軌道検測データへのキロ程付与機能

 軌道検測データの横軸はキロ程となっているのが一般的です.ただし,軌道検測時に測定された距離と地上のキロポストのキロ程とは,わずかに誤差があります.また,線路の長さは,線路改良等によって変化することがあるため,重キロ・断キロを挿入することで対応しています.これらより,地上のキロポストで示される線路のキロ程は,起点からの累積距離とは必ずしも一致しません.
 そこで,LABOCSでは,軌道検測データと同時に測定された地上子の検知信号を用いて地点対照を行うことで,軌道検測データにキロ程を付与しています.これにより,測定時期の異なる軌道検測データでも統一的にキロ程を付与できます.また,波形のパターンマッチングによる位置合わせ機能も実装しており,検測データ同士の高精度な位置合わせも可能です.

(2)チャート表示機能

 軌道検測データに代表される波形データは,それ単独では無機質であり,そこから軌道状態についての情報を読み取るのは熟練の技術者でないと困難です.
 これに対し,LABOCSでは,「軌道環境データ」と呼ばれる,各地点における曲線線形や勾配,構造物,レール継目,分岐器といった各種台帳情報を,データベースとして格納し,軌道検測データと同時に描画することが可能です.そのため,例えば,構造物境界で軌道変位が大きい等ということを,熟練技術者ではなくてもチャートから瞬時に読み取ることができます.
 また,列車動揺データのように時間軸の測定データを距離軸(キロ程)に変換する機能があるため,軌道変位と列車動揺を同時に描画することが可能です.
 さらに,測定日の異なる軌道検測データを重ね合わせて表示する機能があります.図3に,チャート表示例を示します.この機能を活用し,例えば今回と前回の検測データを重ね合わせることにより,軌道変位が進んだ箇所の把握や,軌道整備実施箇所の効果確認等を容易に行えます.

3.LABOCS Ver.4.2の主要な新機能の紹介

(1)浮きまくらぎの検出機能

 バラスト軌道における浮きまくらぎは,軌道状態の急速な悪化や,軌道の座屈安定性の低下等,様々な問題を引き起こす可能性があります.そのため,まくらぎを適正に支持することは,軌道状態を良好に維持するために重要ですが,これまでは,浮きまくらぎを定量的に把握するのは困難でした.これに対し,軌道検測車による動的な軌道検測データを用いて浮きまくらぎの範囲や量を算出する手法が提案されました2).その手法をLABOCSに実装し,浮きまくらぎを検出する機能を追加しました.この機能により,浮きまくらぎの発生箇所やまくらぎの浮き量を把握することで,より効果的な保守管理に活用できます.

(2)周期的水準変位の算出機能

 近年,軌道変位や車両寸法等がいずれも基準値内であるにも関わらず,極稀に脱線事故が発生しています.これは,車両のローリング固有振動数と共振するような周期的な水準変位によって,ロール振動が助長されて輪重が減少し,脱線に対する余裕が少なくなるという現象が発生していることが要因の一つと考えられます.そこで,車両の振動特性を考慮して,共振現象を助長するような周期的水準変位の管理手法が提案されました3).その手法をLABOCSに実装し,任意の波長の周期的な水準変位を算出する機能を追加しました.この機能により出力された周期的な水準変位の足し合わせデータに対する管理値を設定することで,車両の振動特性を考慮した周期的水準変位の管理を行うことができますので,走行安全性の向上に活用できます.

4.おわりに

 ここで紹介した以外にも,LABOCSには,保線業務に活用できる多様な機能があります.一例として,P値やσ値(標準偏差)等の算出,軌道変位の復元・弦長変換といった機能が挙げられます.さらに,現在も時々刻々と変化していくニーズにも対応できるように,新機能の開発を継続的に実施しております.併せて,LABOCSをベースとしてGUIを搭載した保線管理システム「LABOCS-MATE」4)を新たに開発しました.なお,LABOCSはポータルサイト5)を開設しております.LABOCSの機能等の詳細につきましては,ポータルサイトをご確認ください.

参考文献

※LABOCS/マイクロラボックスは鉄道総研の登録商標です.

執筆者:軌道技術研究部 軌道管理研究室 吉田尚史
担当者:軌道技術研究部 軌道管理研究室 田中博文,西本正人

洗堀災害を受けた河川における合成合理式を用いた流量推定に関する一考察

1.はじめに

 豪雨時には河川の増水により洗掘災害が発生する場合がありますが,こうした災害から列車の安全を守るためには災害時を含む過去の流量や増水履歴を把握し,災害時の河川の状況を知ることが重要です.しかし,鉄道橋梁が渡河する河川では水文観測データが不足しているものが多く統計的な分析が難しい事例がほとんどです.そこで本研究では,洗掘災害発生時を含む過去の流量をアメダスで観測されている長期間の降雨データから簡易的に推定する手法について検討しましたので報告します.

2. 合成合理式による流量推定の概要

 降雨から河川流量を算出する方法は多数ありますが,ここでは,できるだけ少ないパラメータで流量算出可能な算定式として,合理式を発展させた合成合理式1),2)を使用します.合成合理式では,まず図1のように対象領域を小流域に分割し,各小流域の降雨データから式①の合理式を用いて各小流域の時々刻々の流量を算出し,各小流域の洪水到達時間を考慮して全ての小流域の流量を重ね合わせることで,対象領域全体の流量を算出します.ここで洪水到達時間(流域の最遠点の降雨が下流端に達するまでに要する時間)の算出は式②の土研式を用いました。式中の最遠水平距離は各小流域の河川流路の長さとし,平均勾配は各小流域の合流点から流域界の標高最高端の高さと最遠水平距離との比で算出しています(図2).流域面積,河川流路の長さおよび標高は国土地理院の数値地形データから取得しました.
 各小流域に入力する降雨は,アメダス観測点と河川全体流域との位置関係から各アメダス観測点が流域に占める支配面積とその割合を求め,その割合に応じて各アメダス観測点降雨量の加重平均を流域平均降雨量とするティーセン法により与えました.

3.推定結果の妥当性の検証

 2章で述べた手法により推定した流量と,実測流量とを比較して推定結果の妥当性を検証しました.検討対象とした河川(表1)は洗掘災害を受けた鉄道橋梁が架設された河川であり,図3は流域区分および少流域の接続図の例を示したものです.式①,式②の各パラメータは数値地形により一義的に定まる値であるため,推定流量の算出にあたっては流出係数を別途検討する必要があります.そこで,長期間の降雨データに対し流出係数を変化させたときの推定流量と実測流量とのRMSE(二乗平均平方根誤差)が最小となる流出係数を設定しました.RMSEの算出にあたっては,雨量観測データの最小単位である1時間ごとの経時変化について求めることが考えられます.しかし,多雨期の1洪水データを抽出して最適な流出係数を求めたとしても,それが多雨期以外の増水イベントでの最適値とならない可能性があり,その検証にも多大な労力を要します.そこで,実測値が存在しない時期の流量を過去の降雨データから簡易に推定するという目的から,各年における最大流量発生時の実測値と推定値のRMSEが最小となる流出係数を算出し,その値が流域全体において最適な流出係数であると仮定しました.
 図4に流出係数ごとの各河川におけるRMSE値を示しますが,いずれも流出係数が0.4付近でRMSEが最小となっています.流出係数を0.4としたときの具体的な計算結果の一例として,A河川における災害時の実測流量と推定流量との経時変化の比較を図5に示します.図から,水位の減水過程の挙動はやや異なるものの,流量のピークや立ち上がりはほぼ一致することが分かります.
 図6は,流出係数0.4で算出した年最大の実測流量と推定流量とを比較したものです.ばらつきはありますが,3河川全体での決定係数は約0.56となります.既往の研究事例においても,合成合理式を用いて実流量と整合する流出係数は0.4程度であることが報告されており3),4),それらとも矛盾しない結果となりました.この結果から,流量観測値が存在しない河川においてもアメダス観測データからある一定の精度で流量を推定できること,また,少なくとも年最大流量規模の出水を生じ得る降雨イベントを降雨観測データ中から抽出できる可能性が示唆されました.

4.おわりに

 洗掘災害歴を有する河川流域を対象に合成合理式により流量を推定し,年最大の実測流量と整合する流出係数について検討した結果,RMSEが最小となる0.4と設定することで実測流量と概ね整合する推定流量が得られることが分かりました.今後,他流域での事例を蓄積する予定です.

参考文献

執筆者:防災技術研究部 地盤防災研究室 渡邉諭

運行情報を活用したコンクリート桁の累積疲労の推定法

1.はじめに

 鉄道構造物には古いものが多く,在来線では100年の供用を超えるものも多数存在します.また,新幹線においても,供用期間は50年を超えるものもあり,現在もなお高速化,増便を続けています.供用期間中の疲労の累積は評価・予想が難しく,既設構造物の疲労強度を評価するためには現状では鉄筋などの部材を取り出し疲労試験を行う等の方法のみで,非破壊かつ定量的な評価手法の確立が望まれています.鉄道では,一定期間毎に更新される標準ダイヤに基づき発車時刻,車両型式が規定されており,特に近年の新幹線においては乗車率等のデータベースも記録に残っています.本稿では,これらの運行情報を活用して構造物が経験した荷重履歴をモデル化する疲労強度の経年評価が可能なシミュレーション手法を開発し,既設新幹線構造物の疲労強度の経年変化を評価した事例を示します.

2.解析手法

 図1に,開発したシミュレーションシステム全体構成概要を示します.本システムでは,ある線区の列車の運行情報,さらに線区内の構造物の情報を入力することで,構造物の動的応答を評価し,内部鉄筋やPC鋼材の疲労強度を算定することができます.図1の通り複数のモジュールから構成され,CROSSモジュールにおいては,標準時刻表,標準ランカーブの情報を用いて,通過列車が単線載荷もしくは上下線のすれ違いにより発生する複線載荷を判定します.LOADモジュールでは,1日の標準時刻表の中からCROSSモジュールで判定された載荷状態に対し,実際の乗車率に基づき算出された軸重を用いて荷重列を作成します.この際,上下線駅の発車時刻および通過速度を正規分布による乱数でモデル化し,日々の運行のばらつきを考慮します.RESPONSEモジュールでは,算出された荷重列を有限要素解析に入力し構造物の動的応答を算出します.FATIGUEモジュールでは,桁の着目要素の応力波形をレインフロー法にて応力範囲に分解し,経験した累積疲労を考慮して換算した列車通過毎に定義される強度fsr(以下,単に「疲労強度fsr」)を評価します.

3.適用事例

 適用対象は,供用20年程度の既設新幹線の駅間18.42kmの線区とし,9.65kmに位置する支間29.2mのPRC桁を対象構造物としました.疲労の着目箇所は最下縁PC鋼材の応力度とし,疲労強度の算出においては設計値に基づき,PC鋼材の引張強度fpukは1900N/mm2,最小引張応力度σminは1100N/mm2,上下線の荷重分担率は7:3としました.列車の運行情報は,列車編成は供用期間に実際に適用された標準時刻表,標準ランカーブ,乗車率,車両種別を用いました.列車は上下各30~40本/1日,編成数は8,12両編成,乗車率は5~195%,列車の通過速度は20~260km/hとしました.供用期間である20年程度までは実際の運行情報を用い,それ以降は最終年のデータを繰り返して180年間のシミュレーションを実施しました.
 図2に,CROSSモジュールにより算出した上下線の列車の進入時間が一致する完全複線載荷の発生回数を示します.完全複線載荷とは,ここでは30m区間において上下列車がすれ違う現象をいい,図2は,現供用期間におけるその発生回数の総回数を示します.図から,20年間に完全複線載荷の回数は位置により明確に異なり0~400回程度,3~20回/年の間でばらつくことが分かります.例えば1000mの位置は供用初期に回数が多い一方,13000mの位置では近年に発生回数が多いです.これらの発生回数を上下線の総列車本数455636本にて除算した複線同時載荷確率に着目すると,低速度となる起終点側駅に近い箇所でも最大で0.5%程度であることが分かります.
 図3に,対象構造物について,RESPONSEモジュールにより算出されたPC鋼材の応力度の応答値と,FATIGUEモジュールにより算出された疲労強度の経年変化を示します.図から,複線載荷の発生回数や応力度の絶対値が一定の期間で変化することが分かります.これはダイヤ改正により,列車編成,列車本数,ランカーブおよびダイヤ上の交差箇所等が変化したことに起因すると考えられます.また,PC鋼材の応力度に着目すると,複線載荷による応力度が回数は少ないものの最も大きい値を示しており,単線載荷で載荷側,単線載荷で非載荷側となる場合に順に小さくなることが分かります.疲労強度fsrに着目すると,経過年数に応じて低下しており,本対象構造物では経年100年程度で複線載荷時にPC鋼材の応力度が疲労強度を超過することが分かります.

4.まとめ

 標準ダイヤ,ランカーブ,実乗車率,車両種別等の運行情報を活用して荷重履歴を再現することで,コンクリート桁の疲労強度の経年変化の予測が可能なシミュレーション手法を構築しました.この手法を用いることで,将来の補修の要否や時期の判断が可能となり,維持管理の効率化につながると考えられます.

執筆者:鉄道力学研究部 構造力学研究室 徳永宗正
担当者:鉄道力学研究部 構造力学研究室 池田 学

発行者:小林 裕介 【(公財) 鉄道総合技術研究所 施設研究ニュース編集委員会 委員長】
編集者:三島 健吾 【(公財) 鉄道総合技術研究所 軌道技術研究部 軌道管理】