自動張力調整装置の伸縮量を増大させる現象とその要因

電気鉄道では、安定した集電を行うために極力トロリ線を平坦に保ち、かつ張力を一定の範囲内に保つことが不可欠です。そのため、電車線は電柱を中心として回転することが可能な可動ブラケットを用いて支持され、外気温変化や負荷電流による電車線の温度変化による伸縮を許容するとともに、端部には自動張力調整装置(以下、バランサ)を設け、電車線の温度伸縮を吸収する構造となっています(図1)。電車線の設計段階では,両端に設ける各々のバランサが受け持つ電車線の区間長と想定される温度範囲を考慮し,理論上可動限界に到達することのないバランサを選定しています。しかし,実際には可動限界に到達する恐れのある箇所が報告されています。なぜこのようなことが生じるか、その要因を検討しました。

バランサが可動限界に到達する場合、想定よりもバランサの伸縮量が大きくなっていると考えられます。バランサの伸縮量に影響を与える要因として、文献(1)には以下が挙げられています。
 ① 線路勾配箇所による重力の線路方向成分による両端張力差
 ② 曲線箇所における可動ブラケットの横張力の線路方向成分による両端張力差
 ③ 風向、風圧等の気象条件による線路方向成分の張力変動
 ④ 電車の走行によるしゅう動力の線路方向成分による張力変動
なお、②に示す「可動ブラケットの横張力」とは図1右下に示すように、トロリ線が軌道中心から大きく外れないように支持するために、トロリ線を引っ張る力であり、可動ブラケットが回転すると線路方向への力を生じます。
上記に示した要因のうち、①の要因に限り、バランサの伸縮量に与える影響が定量的に示されておりますが、その他の要因の影響は詳しくわかっておりません。ここで,①,③,④については電車線に与える外力であると考えられ,このうち①のみが電車線に定常的に加わる外力です。③,④の影響は実際には非定常な外力ですが,ここでは定常的な外力として仮定し,①,③,④をまとめた定常的な外力による影響と,②の要因による影響を検討しました。

上記で示した②の可動ブラケットの横張力の線路方向成分は、等価なばねとしてその影響を検討することができます。そこで、図2に示すように各支持点における可動ブラケットを等価なばねとしてモデル化し、(a)外力を与えた場合、(b)温度変化を与えた場合の両端のバランサ伸縮量を検討しました。その結果、電車線に外力を与えると、各可動ブラケットが同方向に同じ量移動することが分かりました。各可動ブラケットが同方向に移動する現象は一般的に“電車線流れ”と呼ばれています。また、図2(b)に示すように温度変化を与えると、可動ブラケットによる等価ばね定数の分布によっては、伸縮が片側に大きく偏ることが分かりました。この現象を“両端バランサの温度伸縮特性差”と呼ぶこととしました。

図3に電車線流れおよび両端バランサの温度伸縮特性差といった現象がバランサの伸縮量に与える影響の特徴を示します。電車線流れも両端バランサの温度伸縮特性差も生じていない場合、両端バランサの伸縮量は緑色の線のような温度伸縮特性が想定されます。電車線流れが生じると、左下図のように両端バランサの温度伸縮特性がそれぞれ逆方向にオフセットします。また、両端バランサの温度伸縮特性差が生じると、両端のバランサの温度伸縮特性の傾きに差が生じます。図に示すようにどちらの現象でもバランサの伸縮量が想定値から乖離し増大する状態が生じることがわかります。 以上、バランサの伸縮量が増大する2つの現象とそれぞれの現象を発生させる要因について述べました。今後はこれらの現象に対し、有効な対策の検討を進めていく予定です。

参考文献

  1. 日本鉄道電気技術協会:電車線[Ⅱ]、pp99~106、2008