鉄道整備事業がもたらすオプション価値の定量的な推計手法

1. 概要

 鉄道整備事業の実施は、沿線全体に様々な価値をもたらします。しかし、現在の鉄道整備事業の評価手法(費用便益分析)は、定量的に価値を推計することが困難であるといった理由から、鉄道整備事業が非利用者を含む沿線全体にもたらす価値についてほとんど考慮せず、直接的な利用者の利便性向上価値(直接的な利用価値の向上)に焦点を当てるものとなっています。そこで本研究では、鉄道整備事業の評価においてこれまで評価対象外とされてきた価値の一つであるオプション価値に着目し、この価値を金銭換算値で推計する手法を開発しました。なお本研究では、地方都市圏における特急整備事業が、沿線の特急非利用者にもたらすオプション価値を、推計事例にしています。

2. 鉄道が沿線にもたらす各種価値について

 鉄道が沿線にもたらす総合的な価値は、図1で示したとおり、「利用価値」と「非利用価値」に大別され、本研究で分析対象としている「オプション価値」は、「利用価値」の一つとすることが一般的です。鉄道の「オプション価値」とは、急に自動車が使えなくなった時などに、代替交通手段として鉄道を利用できることの価値、いわば交通手段の保険として鉄道が存在していることの価値に相当します。この価値は、現在鉄道を利用していない人を含む沿線全体にもたらされるものであり、沿線での生活や各種経済活動の安定性・持続性の維持・向上に寄与するものと言えます。もう一つの「利用価値」である鉄道の「直接的な利用価値」とは、実際に鉄道を利用することの価値であり、現在鉄道を利用している人のみにもたらされます。現在の鉄道整備事業の評価は、この価値に焦点を当てたものとなっています。「非利用価値」については、「間接的な利用価値」、「利他価値」、「存在価値」の3項目に小別することが一般的です。

3. オプション価値の推計方法

 本研究で開発した手法は、鉄道整備事業に対する人々の意識や選好を基に、オプション価値を推計します。分析対象とした地方都市圏の特急路線沿線に居住する特急非利用者に対して、特急整備事業に関するアンケート調査を実施したところ、図2で示したとおり、特急非利用者も特急整備事業がもたらす価値として、オプション価値を重視していることが分かりました。また、図3で示したような仮想的な特急整備事業案に関する選択問題を回答者に提示して、オプション価値を推計するための選好データを収集しました。そして、収集した選好データにロジットモデルを適用し、推計された効用関数のパラメータを用いて、特急整備事業(高速化)が特急非利用者にもたらすオプション価値を推計したところ、表1で示したような結果が得られました。オプション価値は過去の実績データ等が存在しないため、実績値を比較して推計値の妥当性を検証することはできないものの、統計学的な観点や行動経済学の観点から、本推計値は妥当だと考えられます。

4. 手法の活用方法

 定性的な把握に止まっていた鉄道整備事業がもたらすオプション価値を、定量的に把握することができるようになり、より正確な鉄道整備事業の評価が実施可能となります。また、地域における鉄道の社会的な価値や位置づけの定量的な分析などでも、活用することができます。

参考文献