ミリ波列車無線システム

1.はじめに

ミリ波帯(30GHz~300GHz)の電波は直進性が強く、伝送に使用できる帯域を広く確保することができます。そのため、以下のような近距離で大容量の情報を伝送する必要のある用途ですでに利用されています。

 ・ワンマン運転時にホームにおける乗降客の様子などの監視画像を運転士へ伝送するシステム
 ・車内広告情報を更新するためのシステム
 ・車両基地構内における入換作業を支援するための無線システム

しかし、走行中の列車と地上間で連続的に通信を行うシステムではまだ利用されていません。

鉄道総研では、40GHz帯と90GHz帯を対象に、ミリ波を用いて高速で走行する列車と地上間で連続的に通信を行う列車無線システムの実現を目指して研究を行っています。

2.ミリ波による列車無線システム

現在新幹線で利用しているLCX方式に代わり、ミリ波による空間波で構成する次世代列車無線システムを検討しています(図1)。検討している構成案では、無線信号をそのまま光ケーブルに重畳することができる光無線ファイバ(Redio Over Fiber : RoF)の技術を活用します。これにより、これまでの空間波による列車無線システムにおいて沿線に設置した無線機で行っていた機能の一部(変復調や周波数変換など)を拠点箇所へ集約し、沿線装置の機能をO/E・E/O変換、増幅、アンテナのみに限定できます。その結果、基地局機能の集約と沿線装置の小型化が実現でき、設置スペースの縮小やコストダウンが期待できます。

3.鉄道特有環境における電波伝搬特性の把握

3-1. 40GHz帯によるミリ波列車無線システム

(a) トンネル内伝搬特性のシミュレーション

これまでの研究によりミリ波の電波は、トンネル区間で特に良好な伝搬特性が得られることが分かっています。そこで、トンネル区間を対象とした電波伝搬のシミュレーション手法として、レイトレーシング法による計算の試行を行い、直線区間の減衰特性が良く再現できることを確認しました。

(b) 軌道面における反射減衰特性

鉄道特有の大地面形状である、スラブ軌道とバラスト軌道による反射減衰量の測定を行い、バラスト軌道はスラブ軌道より10dB程度反射減衰量が大きいことが分かりました(図2)。

(c) 着雪による透過減衰特性

降雪地域にアンテナを設置する場合、アンテナ表面への着雪が通信品質に影響を及ぼすことが想定されます。そこで、雪の厚さと含水率が、40GHz帯ミリ波の伝搬に与える影響(減衰量)を測定により把握しました(図3)。その結果、回線設計時のマージン設定に着雪の影響を考慮するとともに、アンテナ表面に着雪させない工夫が必要であることが分かりました。

(d) 高架区間における電波伝搬特性の把握

日本の鉄道における代表的な構造である、両側をコンクリートの側壁により囲まれた高架区間における40GHz帯電波の伝搬特性を測定により把握しました。その結果、自由空間における伝搬損よりも損失が小さいことが分かりました(図4、5)。

3-2. 90GHz帯によるミリ波列車無線システム

(a) 高架区間における電波伝搬特性の把握

40GHz帯と同様に、両側をコンクリートの側壁により囲まれた高架区間(図4参照)における90GHz帯電波の伝搬特性を測定により把握しました。その結果、自由空間よりも伝搬損が小さい傾向にあること、防音壁(高さ1,240mm)よりもアンテナ高が低い方が、伝搬損が小さいことが分かりました(図6)。

(b) トンネル区間における電波伝搬特性の把握

バラスト区間と、スラブ区間のトンネルにおいて、90GHz帯ミリ波の電波伝搬特性測定試験を実施しました。その結果、伝搬損がともに自由空間よりも小さい傾向であること、さらに、スラブ区間の方がバラスト区間よりも損失が小さいことが分かりました。

(c) プロトタイプシステムによる伝送特性試験

90GHz帯ミリ波と光ファイバ無線(Radio over Fiber : RoF)技術を組み合わせた対列車通信システムのプロトタイプ装置により実証実験を実施しました(図8)。 その結果、約240km/hで走行する列車の移動に合わせて基地局に接続された沿線局を光スイッチで高速で切り替えることにより、沿線局の切り替え時にも高いデータ伝送速度を維持しつつ、最大で約1.5Gbpsのデータ伝送が可能であることを実証しました(図9)。

※ 本研究の一部は、総務省における電波資源拡大のための研究開発「ミリ波帯による高速移動用バックホール技術の研究開発」により実施したものです。

4.今後の予定

引き続き、様々な環境におけるミリ波の電波伝搬特性の把握や無線伝送品質評価等を行い、ミリ波列車無線システムの導入を目指すとともに、導入時の設計支援に向けた研究開発を行っていきます。

参考文献

  1. 中村一城、岩澤永照、川﨑邦弘、吉田正太朗:40GHz帯ミリ波における着雪の影響、2015信学総大、B-1-11、2015
  2. 中村一城、川﨑邦弘、山口大介、川村智輝、服部鉄範、栗田明、吉田正太朗:鉄道軌道面におけるミリ波の反射損失に関する一検討、信学技報、Vol.115、No.53、MWP2015-8、pp.41-44、2015
  3. 川﨑邦弘、中村一城:ミリ波技術の鉄道応用に関する動向、鉄道総研報告、Vol.30、No.1、pp.51-54、2016.01
  4. 中村一城、岩澤永照、岩本功貴、河村裕介、山口大介、北野隆康、川﨑邦弘、吉田正太朗、高橋応明:鉄道環境におけるミリ波の電波伝搬特性、信学技報、Vol.121、No.370、AP2021-161、pp.16-19、2022