スラブ軌道の凍結融解シミュレーションプログラム
1.スラブ軌道における凍害
凍害とは、コンクリートやCAモルタル内部の水分が、凍結融解とそれに伴う体積変化を繰り返すことで生じる劣化現象です。寒冷地、特に1980年代以前に敷設された一部のスラブ軌道では、軌道スラブ(コンクリート)やてん充層(CAモルタル)に凍害が発生しています。融解は日射(太陽が発する熱エネルギー)の影響を強く受けますので、新幹線など防音壁が連続して設置されるような条件下では、日陰のでき方によって凍結融解が異なることが予想されます。
2.スラブ軌道の温度解析モデル
(1) 解析プログラムの概要
図1に示すように、線路のGIS(Geographic Information System;地理情報システム)データに基づき防音壁の形状を定義して日陰を求め、さらにスラブ軌道断面を5mmメッシュで分割して熱伝導解析を行うプログラムを開発しました。これにより、冬季のスラブ軌道断面の温度変化をシミュレートし、気象条件や防音壁等と凍結融解の関係を定量的に示すことができます。
(2) 吸収熱の詳細なモデル化
スラブ軌道表面isが受ける熱流束として、図2(a)に示す(1)直達日射ID、(2)散乱日射IS、(3)地物表面の反射日射IR、(4)大気の放射熱RA、(5)地物の放射熱RG、(6)地物表面の反射放射熱Rrを考慮し、図2(b)に示す全球可視要素を用いて吸収熱を計算します。全球可視要素とは、isから見た視線の先にある要素(「可視要素」)を、方位角φ=0~2π、天頂角θ=0~πの全角領域に対して定義するものです。可視要素が空でかつ太陽がある方向からは(ID,IS,RA)、太陽がない方向からは(IS,RA)、可視要素が地物(レール、防音壁等を含む地上の物体と地形の総称)の方向からは(IR,RG,RA)の熱流束を受け、レール内部からの熱流束はゼロとします。このように、空以外の領域で直達日射と散乱日射をゼロとすることで、地物による日陰を再現しています。
図2 スラブ軌道表面の吸収熱モデル
上記のように、吸収熱の計算には特に緻密なモデル化手法を用いていますが、定式化や計算アルゴリズムの工夫、並列化を導入することで、計算負荷を極力小さくしました。後述の冬季の3か月間の凍結融解シミュレーションは、オフィス用のPC(プロセッサ:13th Gen Intel(R) Core(TM) i7-13700 2.10 GHz、実装RAM:16.0 GB)を用いて行い、計算時間はスラブ軌道1断面当たり33分でした。
3. 解析例と精度検証
2019年12月1日~翌年2月29日(3ヶ月)の気象データから、同期間のスラブ軌道断面の温度解析を行った結果を動画1、この温度変化により発生した断面内の凍結融解回数の分布を図3に示します。また、図4に温度解析結果と測定結果に比較を示しますが、両者はよく一致することが分かります。
※上記の動画は 外部の動画サイトの埋め込みリンク です。
4. 営業線の凍結融解シミュレーション
(1) 解析条件
図5に示すとおり、営業線の延長約255kmの上下線に対し、5km毎に温度解析を実施しました。解析日時は2019年12月1日~翌年2月29日の3ヶ月間です。気象データは位置毎に対応する気象メッシュのデータを用いました。防音壁以外の地形や樹木等の地物は考慮せず、全区間を明かり区間としました。
(2) 解析結果
図6(a)に凍結融解回数の分布の一例を、図6(b)に上下線、防音壁側と線間側の凍結融解回数の比較を示します。凍結融解回数はメッシュ毎に異なるため、メッシュ毎の凍結融解回数を左右の半断面で合計し、凍結融解回数と断面積の積で整理しました。図6(b)のとおり、上り線の線間側の凍結融解が最も多い結果となりました。上下線で条件が異なるのは防音壁と軌道の位置関係のみであり、防音壁による日陰と放射熱の差による凍結融解への影響を、開発したプログラムにより再現できました。
参考文献
- 浦川文寛,渡辺勉,木村成克:GISデータを使用した広域レール温度予測法,鉄道総研報告,Vol.34,No.4,pp.53-59,2020
- 浦川文寛,渡辺勉:地理・気象データを使用した鉄道用レール温度予測法,土木学会論文集A2,Vol.76,No.2,pp.I_553-I_564,2020 ※
- 浦川文寛,渡辺勉:GISデータを使用した夜間の鉄道用レール温度予測法の開発,AI・データサイエンス論文集,Vol.4,No.3,pp.425-434,2023 ※
- 浦川文寛:凍害予測のための日射を加味したスラブ軌道断面温度分布解析,第374回 鉄道総研月例発表会,2025
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