列車衝突時のクロスシート着座乗客の被害推定と対策に向けた考察

1.はじめに

鉄道事故を防ぐためにさまざまな対策が実施されていますが、踏切事故や自然災害など、鉄道事業者だけでは防ぎきれない場面もあります。このことから、事故などにより鉄道車両に大きな衝撃が発生した際にも、乗客の被害を抑える研究に取り組んでいます。近年は、特急列車で用いられるクロスシートに着座した乗客をターゲットとして、数値解析を用いた被害推定と対策の検討を行っています。

2.クロスシート着座乗客の評価方法

国内には衝突時の安全性に関するオーサライズされた評価方法はありませんが、欧米ではクロスシート着座乗客を対象とした評価方法が確立されています。事故時に車内に生じる衝撃あるいは乗客の衝突による、車内設備の変形で乗客が内装品に挟まれるのを防ぐことを目的とした「占有空間」と、乗客の車内設備への衝突時の傷害発生リスクを抑えることを目的とした「傷害」の観点から評価されます。鉄道総研でもこれらの観点で評価を行っています。

3.数値解析による「占有空間」と「傷害」の評価

数値解析による評価は、図1に示すように、特急列車用のクロスシートをモデル化し、①乗客を模した人体モデルを着座させて、事故を模擬した様々な衝撃を入力することで行います。列車の衝突速度、着座位置・向きを条件とした評価結果を以下に述べます。
ダミーモデルは衝撃入力後に②前席背面に膝が衝突した後に③頭部が衝突する挙動がみられました。また、④シートモデルについてはダミーモデルの衝突後に前席が大きく回転する挙動が条件によってはみられ、前席乗客の占有空間が狭くなる可能性が示唆されました。
傷害評価については、自動車業界で用いられる頭部と大腿部の傷害指標から傷害値を算出し、指標毎に定められた基準値で割って比較することで、大腿部の傷害発生リスクが頭部と比較して高いこと、頭部傷害値は列車衝突速度に依存しないことがわかりました(図2)。
大腿部傷害値が大きくなった理由を分析するため、膝が前席に衝突した際の膝の衝突速度に対する左右の大腿部に発生する荷重の最大値を比較しました(図3)。左脚の方が右脚より大腿部荷重が大きく、膝衝突速度が同じでも左脚では特にばらつきが大きくなりました。そこで左膝が、前席背面の骨組箇所以外に衝突した条件の結果をグループ1、前席背面の骨組箇所に衝突した条件の結果をグループ2として分類したところ、グループ2の大腿部荷重が明らかに大きくなりました。以上のことから、膝が衝突した前席背面の硬さが大腿部の傷害発生リスクに大きな影響を与えていることがわかりました。

4.対策に向けた考察

数値解析の結果から、クロスシート設計の際、占有空間を確保するために、乗客の衝突による衝撃でシートが回転しない機構とする対策と、傷害発生リスクを抑えるために、脚の衝突が推測された付近に硬い部材を配置しない、衝撃を緩和させる構造を付加するといった対策が考えられます。ただし、回転しないことで衝突時の反力が大きくなり、傷害発生リスクが高まる可能性もあることから設計には工夫が必要であると考えています。

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参考文献

  1. 中井一馬,榎並祥太,沖野友洋:車両衝突時のクロスシート着座乗客の安全性を高める,RRR,Vol.76,No.6,pp.24-27,2019
  2. 榎並祥太,中井一馬,沖野友洋:FEM解析による列車衝突事故時の回転リクライニングシート乗客の傷害評価と対策の検討,日本機械学会 第31回バイオエンジニアリング講演会講演論文集,2018
  3. 沖野友洋,中井一馬,高野純一,榎並祥太,長尾裕,小川征輝:列車衝突事故時の回転リクライニングシート着座乗客の傷害評価,日本機械学会論文集,Vol.83,No.846,2017