松岡 弘大
-先輩職員インタビュー-
プロフィール
松岡 弘大
情報解析研究室 主任研究員、構造力学研究室 主任研究員
2013年入社
鉄道総研の充実した研究設備と
優秀な研究者との出会いが決め手
大学で橋やトンネルなどハード系の土木工学について学んだ後、大学院ではデータを活用した車両走行時の橋りょうの振動や点検データの統計的分析について研究しました。修士2年次からは鉄道総研と共同研究も行いました。橋りょうの振動は、高速鉄道の安全性、乗り心地、構造物の耐久性、運用効率の向上に直結しています。振動を制御するための適切な設計と保守・点検は、高速鉄道の持続的かつ安定した運行に不可欠な要素です。
博士号を取得して大学院を卒業する時に大学で研究者になることも考えましたが、鉄道総研の優秀な先輩研究者たちと接することで、鉄道総研で研究を続けたいと思うようになりました。また、鉄道総研は日本各地の鉄道で計測したデータを活用し、研究所内の線路で走行試験を実施するなど、研究設備がとても充実しています。学生時代とはスケールの違う、大規模な研究に取り組めることが入社の決め手になりました。
入社後は、橋りょうだけでなく鉄道設備全般のメンテナンスに関する複数のテーマに取り組んでいます。これまでに蓄積した膨大な点検データに基づく劣化予測とメンテナンスの最適化、振動の大きい橋りょうの補強法など幅広い分野を研究してきました。各分野の研究室には豊富な知見を持つ研究者が数多く在籍しており、何を聞いても詳しく教えてもらえます。また、新たな発見や仮説を、JRとの協力により現地で検証できることは、研究者として非常に魅力的です。JRの現場で技術的なアドバイスが必要な場合、鉄道総研に連絡が来ることも多く、現場のニーズを知ることができます。長い時間をかけて開発してきた新たな理論や高度な解析で得た仮説と、現場の実際の現象が合っていたときに「研究してきて良かった」と達成感があります。
走行中の車両から橋りょうを計測し
保守に関わる人的コストを大幅に削減する
入社後の研究テーマで特に印象深いものは、走行する車両上に設置したセンサによる橋りょうの検査法の確立です。これまで橋りょうの計測は、地上から一つひとつの橋りょうを調べる必要があり、膨大な時間と費用がかかっていました。それに対して、橋りょう上を通過する列車にセンサを設置し、地上からの計測と同じように橋りょうの性能を評価する指標を計測できれば、一度の列車走行で全ての橋りょうを検査することができます。現場で活用されれば、省人化や省コストに大きく寄与する技術です。
本テーマは、私が配属される10年以上前から断続的に研究が続けられてきました。そのなかで難しいとされていたことは、地上からではなく走行中の列車から見たときの新たなデータ分析の理論を構築することです。また、車両上の計測データには、橋りょうの揺れ以外にも、レールのゆがみや風、車両の振動など複数の要素が含まれますが、その中から橋りょうの振動成分だけをどのように分離させるのかも、頭を悩ませるポイントでした。研究が長らく停滞することもありましたが、先輩から言われた言葉が私を支えてくれました。「できたことは形に残るが、できなかったことは残らない。できなかったことを忘れず、問題意識を持ち続けることが大切」——その言葉を忘れず、粘り強く試行錯誤を重ねていった結果、2つ以上のセンサを組み合わせる画期的な方法を開発することができました。列車に設置した複数のセンサを同時に活用する技術は、その成果の一部が最近実用化されました。これにより橋りょうの性能のすべてではありませんが、列車通過時に大きく振動する橋りょうの性能を評価する指標を走行列車上のセンサにより検知できるようになりました。
今後は、車両上からのセンシングなどハード技術の開発だけではなく、地上設備のメンテナンスの省力化にも取り組み、橋りょうの検査における省人化や省コストをさらに進めたいと考えています。また、自分の強みでもある数理統計技術により、これまで蓄積してきた技術者の経験やノウハウを見える化し、鉄道システムの持続可能性を高めていきたいです。
コラム:海外出向について
●異文化に触れ、自分の価値観をアップデートする●
入社3年目には、イタリアのミラノ工科大学機械工学部に出向し、約1年間滞在しました。ミラノからトリノまでの高速列車の最高速度を320km/hから360 km/hに上げるプロジェクトに参加し、橋りょうの振動評価を担当しました。日本での知見を活かし、試験方法・評価方法の改良に取り組みましたが、日本と評価自体が異なる部分も多く、調整にはかなりの時間と忍耐が必要でした。プロジェクトに参加するなかで、各分野の垣根がなく、電気の分野から車両、軌道の振動、さらには構造物の耐力まで、機械工学部全体で協力しながら研究に取り組んでいると感じました。大学でありながらもイタリア鉄道と協力して走行試験を実施するなど、鉄道総研と似たような共同研究も行っていました。
イタリアの熱心な研究者たちと一緒に、さまざまな課題を乗り越えながら取り組んだ研究成果を、最終的には論文にまとめ、土木学会および欧州構造工学委員会から表彰していただきました。研究以外にも海外派遣で刺激を受けたことは多く、イタリアにおける仕事と育児の両立についての考え方は、特に印象的でした。私は一人目の子どもを海外派遣中に授かったのですが、ミラノではどんなに忙しいときでも子どもが最優先で、妻や子どもを気遣うよう強く言われました。ときには研究所から自宅へ強制的に帰らされることもあり、ワークライフバランスの大切さを改めて考えるきっかけになりました。鉄道総研に戻ってからも、二人目と三人目の子どもが生まれた時は育児休暇を取得し、また、現在も家事・育児は妻と分担しています。異文化に触れて自分の価値観をアップデートできることも、海外派遣の魅力だと思います。