列車速度の違いによる強風時の安全性評価

1.はじめに

風速計で規制風速に達する風が観測された場合、鉄道事業者は速度規制や運転中止などの運転規制をおこないます(図1)。事業者ごとに異なりますが、運転規制として、例えば列車速度を25km/h以下に制限する速度規制がおこなわれます。これは、徐行(下の用語参照)によって車両の風に対する耐力を向上させることと、転覆が発生した場合の被害の「度合い」を小さくする効果があるためです。しかし、徐行により強風区間を通過する時間が長くなると、風の性質によっては例えば瞬間的に強烈な風が吹くなどといった可能性が高くなり、かえって危険な状況になることも考えられます。

用語:徐行とは、列車が安全確保のために速度をおとし、許容された速度以下で走行することです。

2.危険確率とリスク

鉄道において、安全の確保は最も優先される事項です。安全の定義は「許容できないリスクが存在しないこと」であり、リスクとは「被害の発生確率と被害の度合いの組合せ」と定義されています。そこで、「リスク」=「転覆限界風速(下の用語参照)を超過する確率(危険確率と呼ぶ)」×「転覆した場合の被害の度合い」として、列車速度ごとのリスクを試算しました。(※風速モデル:ブラウン運動、被害の度合い:列車速度の1.5乗として試算)図2、図3に仮想通勤型車両先頭車の危険確率、リスクの試算例を示します。

用語:転覆限界風速とは、横風による車両の転覆を考えるとき、車両が転覆を開始すると考えられる風速のことで、風上側の輪重がゼロになる風速のことです。転覆限界風速を詳細に計算するために、風洞試験で測定した空気力係数を用います(関連ページ参照)。

3.許容リスク

定義から、安全は許容できないリスク値(許容リスク値と呼ぶ)に依存することが分かります。あくまでも仮にですが、許容リスク値を図4の赤線に設定すると、赤線より下側は(許容リスク値よりもリスクが小さいので)「安全」であり、上側は(許容リスク値よりもリスクが大きいので)「安全でない」と言えます。このため、単線橋りょうでは列車速度70km/h程度まで、盛土では列車速度30km/h程度までは安全であることが分かります。このように、許容リスク値を設定することができれば、安全な列車速度を求めることができます。ただし、許容リスク値の設定には、専門家だけでなく社会全体を巻き込んだリスクコミュニケーションと合意形成が必要であり、非常に難しい課題です。

4.本手法の活用法

本手法を活用することにより、現行の速度規制と同等以上の安全性を期待できる列車速度を求めることができます。また、許容リスクを設定できれば、安全を担保しつつ、場合によっては輸送安定性(速達性)が高くなる列車速度を求めることができます。

関連ページ

参考文献

  1. 乙部達志:列車速度の違いによる強風時の転覆リスクを考える、運転協会誌、Vol.61、No.1、pp.10-13、2019.1
  2. 乙部達志、鎌谷研吾:走行速度の違いによる強風時の安全性を評価する、RRR、Vol.77、No.10、pp.24-27、2020.10